スペイン風邪(スペインインフルエンザ)は、第1次世界大戦の開戦から4年がたった1918年の春に猛威を振るった。当時の感染者は最終的に5億人を記録し、世界人口の約3分の1が感染したといわれている。学校や劇場、教会は全て閉鎖され、国民は家にいるよう指示された。ここでは米「WWD」のアーカイブから、小売業界に見られた新型コロナとスペイン風邪の奇妙な共通点を見てみよう。
スペイン風邪が大流行した当時のアメリカでは、営業時間の短縮や入店人数の管理を行ったり電話注文を勧めたりした店舗もあったものの、ニューヨーク州シラキュースからアイダホ州アイダホフォールズまで多くの店舗は休業した。店側は商品の交換や返品を極力控えたという。公共の場でのマスクの着用は保健当局によって推奨され、中には当時の物価では高額だった5ドルの罰金とともに義務付けられた地域もあった。18年10月28日号のサンフランシスコに関する記事は「営業を停止する中、大型店舗のスタッフはマスク製作に乗り出した」と書いている。ミズーリ州のカンザスシティーでは、アドラーズ社が販売員向けにガーゼの“インフルエンザ対策マスク”を製作し、1枚5セントで一般向けにも販売した。
そんな中、“インフルエンザ ベール”の販売も急増した。1918年10月16日号で当時ニューヨーク市の衛生局長であったロイヤル・S・コープランド(Royal S. Copeland)は、「街中でシフォンのベールをまとった女性を見かけることは素晴らしい。ニューヨーク市民の全員にこの新しい習慣を取り入れるよう要請するべきかもしれない。ベールは厚手で予防策としてほぼ完璧だ。この際スタイルは気にせず、この感染症に終止符を打とう」と語った。一方、同週の「WWD」には「帽子の色に合わせてベールを選んでいる」などスタイリングについても記されている。このほか、「スターン&スターン(STERN & STERN)」はメッシュ素材のベールの鼻と口の前に当たる部分をシフォンで切り替えにした“セーフティーファースト ベール”をデザインした。
そして18年秋までは、多くの母親が子どもを連れて買い物に行くことを恐れたため、子ども服や既製服、スーツの売り上げが落ちた一方で、ブランケットや掛け布団、冬物の下着類の売り上げは伸びた。これは、新型コロナ禍に見られる“在宅ファッション”の先駆けと言えるのかもしれない。また当時のベールへの関心の高まりも、個人防護具(PPE)の要素を取り入れた現在のアクセサリートレンドに通じる。
ファッション歴史研究家でFIDM ミュージアム&ギャラリー(FIDM Museum & Galleries)のキュレーターを務めるケビン・ジョーンズ(Kevin Jones)は、「ビクトリア朝やエドワード時代の大きなハットにはベール付きのものが多く、ベールをまとうことはファッショナブルだった。しかし、だんだんとハットのサイズが小さくなるにつれてベールはなくなり、第1次世界大戦中には全く見かけなくなった」とコメント。手袋の着用は依然、男女ともにエチケットだったことに触れつつ、「スペイン風邪を生き抜いた世代は、一度脱いだベールを顔を覆うことができるという完璧な口実とともにもう一度復活させた」と語る。