6月4日、ファッションやアートの分野で活躍する3人の黒人業界人による呼びかけで、ニューヨーク・マンハッタン北部(ハーレム)で抗議運動が平和的に行われた。これは5月25日に、米ミネソタ州ミネアポリスで黒人男性のジョージ・フロイド(George Floyd)氏が白人の警察官に首を押さえつけられて死亡した事件に対するものだが、一風変わっていたのは、参加者が全員スーツやネクタイなどを着て正装していたことだ。
子ども連れで参加した父親なども見られたこのデモを企画したのは、スタイリストのガブリエル・ガーモン(Gabriel M. Garmon)、デザイナーのブランドン・マーフィー(Brandon Murphy)、そしてアートキュレーターのハロルド・ジェームズ・アレクサンダー・ワイト(Harold James Alexander Waight)だ。当日は1000人以上が集まるなど好評だったことを受けて、彼らはジューンティーンス(Juneteenth)と呼ばれる米国の「奴隷解放記念日」の6月19日にも、同じようにスーツ姿で抗議運動を行っている。
なぜ“正装”でのデモを企画したのか、またファッション業界における構造的な人種差別や今後それをどう改善するべきなのかについて、米「WWD」が聞いた。
WWD:6月4日はミネアポリスでフロイド氏の葬儀が行われた日だが、ニューヨークでも抗議運動を実施しようと考えた理由は?
ガブリエル・ガーモン(以下、ガーモン):アトランタで行われていた抗議運動にインスピレーションを受けた。フロイド氏をはじめ、これまで命を奪われてきた同胞たちを追悼し、連帯を示す運動をニューヨークでもやりたいと思ったことがきっかけだ。
ブランドン・マーフィー(以下、マーフィー):スーツなどの正装で参加するように呼びかけたのは、黒人や有色人種に対する固定観念とは違うイメージをメディアで伝えたかったから。重苦しい社会情勢の中ではあったが、士気も上がったし、協力し合えば世の中を変えられると感じられてよかったと思う。
WWD:1960年代の公民権運動でも、活動家らはメディアでどう見えるかを意識してスーツを着用するなど、服装を武器の一つとして闘った。当時の写真には、完璧にドレスアップした黒人男性が白人の警察官に不当な暴力を受けている様子が多く残されているが、今回のデモはそうした歴史からも影響を受けているか。
マーフィー:公民権運動があった頃は、男性は三つぞろえのスーツを着て帽子をかぶっていたし、女性もドレスを着ているなど、今よりもドレスアップすることが当たり前だった。服装によって人の印象は変わるし、世論もそれによって変わってくるので、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(Martin Luther King Jr.)やマルコム・エックス(Malcolm X)といった当時の活動家からは多いに影響を受けている。今回の抗議運動は連帯を示すことはもちろん、インパクトのあるイメージを発信したいという意図もあったから。
ハロルド・ジェームズ・アレクサンダー・ワイト(以下、ワイト):正装することに関しては、「ドレスアップしなくてもいいのではないか」「スーツを着ないと尊重されないのはおかしい」という声もあった。しかしこれは、失われた命に対する私たちなりの敬意の表し方なのだ。表現方法は自由であるべきで、私たちの場合はそれがファッションだった。人は身なりで判断されることが多いが、今回は“スーツを着た人間”として見られ、真剣に受け止めてもらいたいと考えた。
ガーモン:正装しなくてもいいのではという意見は私も耳にしたが、私たちはファッションを愛しているので、自分を表現する手段として自然なものだ。またユニホームやそろいの服を身につけることで連帯が生まれるし、集団として効果的に意見を表明できる。
マーフィー:何か行動を起こすと、ポジティブな反応もあれば、ネガティブな反応もある。しかし信念を持って、自分が正しいと思うことを続けていくしかない。私たちは自分たちの声を社会に届け、変化を起こしたいと考えている。スーツを着ることで、これまでとは違う形でメディアに取り上げられるのであれば、それはいいことだと思う。今回のデモには高齢者や子どもも参加していたし、スーツやネクタイがない人のためにと余分に持参している参加者もいた。とても胸を打たれる光景で、こうして協力し合えばきっと変化を起こせると希望を持つことができた。
WWD:人種差別に対する闘いを支持すると表明しながらも、実際には黒人や有色人種の従業員がほぼいないなど、口先だけのファッションブランドやメディアが批判されているが、どのような変化が起きてほしいと思うか。
ワイト:企業は黒人や有色人種をもっと採用する、門戸をさらに開くと発表しているが、採用後の扱いが平等でないケースが多いことも問題だ。白人と同じ学歴や職歴があり、同じ職種に採用されたにもかかわらず、肌の色が違うというだけで給料が少ない。それが現実だ。企業やファッションブランドは、多様性を推進している体(てい)を装うために黒人を何人か採用してイメージアップを図るのではなく、真の意味で平等に扱う必要がある。
ガーモン:プライド月間(Pride Month、LGBTQ+の権利について啓発するイベントなどが開催される)に対する企業の態度がまさにそれだ。6月はレインボーフラッグ(LGBTQ+を象徴する旗)を掲げ、いかにも支持しているかのようだが、7月1日になった途端に旗を下ろして後は知らないふりを決め込む。企業は運動を継続し、本当の意味でのアライ(支援者)になることが重要だ。
マーフィー:ファッション業界では多数の有色人種が働いているのに、業界がそのことを認識していない。アシスタント・デザイナーやアシスタント・エディターなど、私たちはどれだけ頑張っても“アシスタント・何とか”な立場か、販売員にしかなれない。私がテーラリングのブランドで仕事をしていたときも、作業フロアにいる従業員の多くは黒人や有色人種なのに、上階のオフィスには白人しかいなかった。これではやる気を削がれるし、自分はファッション業界に受け入れられていないのではと疑問に感じてしまうので、経営側になったり、ブランドのオーナーになったりするための道筋が必要だ。これは公平性の問題で、人々の暮らしや人生がかかっている。ソーシャルメディアに「Black Lives Matter(黒人の命は大切)」と投稿するだけでは十分ではない。
ワイト:「Black Lives Matter」がトレンドになってほしいわけではなく、本当に変化が起きて、それが定着してほしいと思う。ファッション業界は黒人や有色人種のさまざまなカルチャーを取り入れて利益を上げているのに、なぜ私たちのことをまるで背景か下働きのように扱うのかをよく考えてほしい。また、私たちはほかの人種に対して抗議しているのではなく、人種差別に抗議しているのだということも明確にしておきたい。
WWD:希望を感じるものは?
ガーモン:若い世代。今回のデモでは、ネクタイの結び方を教えてもらっている子どもの姿を見かけたが、私たちは彼らのために闘っているのだと思った。変化は一晩で起きるものではないが、子どもや若者を見ると希望を感じる。
マーフィー:黒人のデザイナーやクリエイターが連帯し、互いにサポートしている様子に心を打たれた。本気なのかどうかに多少の疑念は残るものの、大企業も誠意のこもった支援策を発表しているし、社会でも対話が続けられていることをうれしく思っている。
ワイト:未来に希望を感じる。過去は変えられないが、現在の行動で未来が変わるのだと思うと勇気が湧いてくる。またデモに参加できない人も、人種差別に反対する絵画や詩を発表したり、曲を作ったりして、みんな自分なりに行動している。そうした姿を見て、私は未来に対する希望を感じているのだと思う。