「新しい日常」が始まり、徐々に外食の機会も増えてきた。今までと違うのは風通しのいいテラス席が目立ち、席数を減らすなどソーシャル・ディスタンシングを保つ工夫がみられること。換気が悪そうな雑居ビルや地下の人気店を避けるなど、自分自身の意識もポストコロナで変わったようだ。日常生活に一番近い“幸せ産業”である外食事情は今、明らかに変化している。新たなる外食産業を表すキーワードは、顧客とのつながりを深め、広がるさまざまな“連携”なのではないかと感じている。
ピクトグラムを無償で提供し、業界全体の回復を目指したヒラマツ
自粛要請が解除されつつある5月下旬に「HIRAMATSUスタンダード」なる独自の基準を掲げたのがヒラマツグループだ。「ポール・ボキューズ(PAUL BOCUSE)」などのミシュランスターレストランをはじめ、全国に33軒、パリに1軒のレストラン、賢島、熱海、沖縄、京都にオーベルジュ的なホテルを開業し、レストランウェディングを展開するなどして、業界をリードしてきた。「衛生管理」「ソーシャル・ディスタンシング」「換気」の観点から、ポストコロナに対応する環境やスタッフの態勢を徹底的に見直した基準だ。
また、ソーシャル・ディスタンシングを保つ配席や消毒の徹底など、店としての対応を示すアイコン=ピクトグラムをほかの飲食店にも提供。飲食・サービス業の9つの安全対策の指針を示したポスターや、個々のピクトグラムを無料でダウンロードできるようにし、6月初旬には英語版も公開した。コロナ対策を明確に示すことで、業界全体が活性化することを目指している。
屋上開放、ドライブスルー導入など、連携することで促進
昨年11月22日にグランドオープンした渋谷パルコ(PARCO)では10階屋上のROOFTOP PARKをイートインスペースとして開放した。全29店舗がテイクアウトメニューを用意し、寿司、タイ料理、ドイツ料理、串カツなどバラエティーに富んだラインアップで、顧客の好みに対応する。例えば「居酒屋 真さか」は、唐揚げや餃子も大豆ミートで作ったビーガン向け中華弁当を販売。「米とサーカス」では滋養のあるジビエ料理や昆虫食など、話題性のあるメニューも。今まで店内でしか食べられなかった讃岐うどんの名店「おにやんま」のカレーうどんなど限定メニューも多く、選択肢が広がった。館内で一定以上の買い物をすると飲食店の割引クーポンを配布するなど、施設全体の集客にも貢献している。
横浜中華街ではドライブスルーを導入。事前予約することで、一定の時間帯に、観光バス用の駐車エリアを一般車両に開放し、各飲食店がそこまで届けるという仕組みだ。300店舗の情報をまとめたサイトに情報を順次アップし、現在は30軒以上の飲食店がドライブスルーに対応している。
また「恵比寿新聞」と飲食店が企画し、こども弁当を300円で販売するプロジェクトもユニークだ。支援したい飲食店に一口3000円の寄付をすることで、間接的に休校中の子どもたちや子育て世帯をサポートできる仕組みを実現させた。当初10店舗だった参加店舗はエリアも拡大し、現在は「シブヤこどもごはんプロジェクト」として26店舗が賛同している。いずれも個の力だけではなく、連携することで施設や地域を活性化させた例といえるだろう。
居酒屋や中華 意外性のある業態で絆を深め、新たなファンも獲得
中には業態をがらりと変え、結果、新たなファン層を得た飲食店もある。肉料理が評判のイタリアンバル「あつあつ リ・カーリカ」は6月末までランチ限定でカレー店として営業。メニューがないおまかせのみの渋谷の隠れ家イタリアンとして知られる「Konel」は「中華屋Konel軒」として期間限定のイベント営業で、常連客を楽しませた。現在は16時から18時まで早めの限定コースなどのニーズにも対応している。
最高峰のハイボールを提供するバー「銀座 ロックフィッシュ」の店主、間口一就はレシピ本の著書も出し、メディアでの露出も多い。2月末ごろからハイボール列車などイベントも次々にキャンセル。テイクアウトメニューを強化し、フードメニューの片面が390円均一の居酒屋営業に切り替えるなど、瞬時に対応した。クラウドファンディングを立ち上げ、空間除菌脱臭機ジアイ―ノを設置、今まで通りに交流できるようアクリル板でカウンターを完全に仕切るなど、営業再開に先駆け、設備投資した。ランチ営業により、近隣のオフィスワーカーが立ち寄る機会を増やした。「試練に負けず進化し続けたい。『美味しいは経済をまわす』が信条です」と間口氏は語る。
6月19日にオープンした「春水堂(チュンスイタン)渋谷マークシティ店」では鉄観音スパークリング、タピオカカルーアミルクティーなど台湾本場の茶葉の旨味を生かしたカクテルを開発。ティーカクテル1種とおまかせ前菜3種をほろよい茶酒セットとして、16時以降、1000円で提供する。タピオカミルクティー発祥の店だけに、女子高生など若年層が圧倒的だったが、オフィスビルが次々にできた今、渋谷は成熟した街となった。「オフィス内でランチをとる方が多いのか、テイクアウトの一括注文も増えています」と広報の工藤芽生氏は語る。駅構内にあり、帰宅時の立ち寄りスポットとしての需要に応える。
すでに定着しているファンの心をとらえつつ、意外性のある新形態、新メニューで新たな顧客とのタッチポイントを増やす。そんな取り組みに挑んだ飲食業がこれからさらに進化していく。そう、1ファンとして信じたい。