BLM運動で世界で人種差別への意識が高まり、くわえて6月がLGBTQ+の「プライド月間(Pride Month)」であることから、欧米では人種的にもマイノリティーであるゲイのアジア人への注目が集まっている。彼らは“ゲイ(Gay)”と“エイジャン(Asian、アジア人)”をミックスした“ゲイジャン(Gaysian)”という白人目線の造語でひとくくりにされ、同じゲイコミュニティーからも“男らしくない”というレッテルを貼られてきた。ファッション業界のゲイのアジア人を中心に、白人中心的な“男らしさ”の定義をより多様にしようという動きが強まっている。
ニューヨーク発のブランド「プライベート ポリシー(PRIVATE POLICY)」の共同創業者ハオラン・リー(Haoran Li)は、ゲイだけではなく、メディアでのアジア人男性全体の扱いがステレオタイプを生んでいると考える。映画「ティファニーで朝食を(Breakfast at Tiffany's)」で日系人男性ユニオシ(Yunioshi)を白人俳優ミッキー・ルーニー(Mickey Rooney)が軽蔑的に演じたように、欧米はアジア人男性をネガティブに描いてきた。差別を受けているLGBTQ+であることにくわえ、このようなネガティブなアジア人男性のステレオタイプが“ゲイジャン”という言葉には隠れている。
新たな男性性を追求する香港拠点のブランド「ポンダラー(PONDER.ER)」の共同創業者アレックス・ポー(Alex Po)は「男くさいスポーツマンだけが男性ではない。繊細で傷つきやすいから女性的なわけでもない」とコメントした。アジア人は物腰が柔らかだというステレオタイプがあるが、それを女性的だと決めつけてはいけない。もう一人の創業者であるデレック・チェン(Derek Cheng)は「周りに比べソフトで繊細な男の子といわれた僕たち2人をイメージして服をデザインしている」と言い、欧米社会の男性性の定義とは違うソフトな“男らしさ”をデザインで表現している。「ピンクを着ているとゲイって思われそうだから着られない?そっちの方が“男らしくない”よね」と自分らしくいられることが一番の“男らしさ”だと語った。彼らは世界中の男性や男の子のためにも男性性の定義を広げる必要があると考える。
ファッションジャーナリストの益井祐は、そもそも歴史的にアジアにおける“男らしさ”は西洋に比べ柔軟だったと語る。ジェンダーの定義も多様で、アジアではヒゲや筋肉は西洋のように必ずしも男性であるために必要とされていない。益井自身もジェンダーにとらわれないストリートスタイルで知られるが、1990年代の日本のファッションでは中性的な“フェミ男”が登場し、体にピチッとフィットしたTシャツや長めのヘアスタイルがはやっていた。そして最近でも韓国や中国の男性アイドルは中性的な顔立ちで、ヒゲをそっているのが主流だ。「だから、アジア出身のデザイナーや服飾の学生はジェンダーレスなコンセプトをデザインに難なく取り込めるのではないか」とコメントし、「ザンダー ゾウ(XANDER ZHOU)」が2019年春夏コレクションで男性モデルにシリコーン製の腹部を着けて妊娠しているように見せた例を挙げた。
プーマ ジャパン(PUMA JAPAN)のクリエイティブ・アンド・デザイン部で部長を務める市川穣嗣は、そもそも“ゲイジャン”という言葉でひとくくりにされ、個々の多様性が可視化されていないことが問題だと考える。日本のゲイ男性向けのミスターコンテスト「ミスター・ゲイ・ジャパン(MR GAY JAPAN)」のクリエイティブ・ディレクターも務める市川は、「この国のゲイの人々にも表に出て声を上げる機会を持ってほしかった」とコメントした。東京でも開催されたBLM運動の行進に言及し、「50年前に黒人トランス女性のマーシャ・P・ジョンソン(Marsha P. Johnson)がストーンウオールの反乱(Stonewall Riots)をリードしなければ現在のLGBTQ+の権利は存在しなかった」と声を上げることの重要性を強調した。今まで、存在を無視されてきたゲイのアジア人たちがきちんと声を上げ、可視化されることが、白人中心だった“男らしさ”の定義を広げることにつながるのだ。