「WWDジャパン」6月29日号では、凄腕の販売員15人を特集した。その中の1人、「マウジー」ルミネ立川店の販売員“なとりか”こと、田中梨花さんはブランドの顔である “オフィシャルスタッフ”。“オフィシャルスタッフ”はわずか5人のみが持つ称号で、元祖カリスマ販売員の一人森本容子が立ち上げた「マウジー」の、いわば“現代版カリスマ販売員”の一人だ。
かつてカリスマ販売員といえば、渋谷109やルミネ新宿といった都心の有力ファッションビルの店舗に配属され、ブランドと店舗に並外れたパワーと売り上げをもたらした。現代版のカリスマ販売員は、ちょっと違う。都心から少し離れたルミネ立川店に勤務しながら、インスタグラム(@natorika)を平日に1日1回更新する。フォロワーが3万人もいるのでDMも少なくはないが、会社の確認が必要なので、コメントに必ず答えるようにしている。「販売員は、“憧れだけど向き合ってくれる存在”。そこがモデルとは違う。返すコメントが一言だったとしても、知らない人であれば必ずアカウントを見てどういった人なのか、どういったアドバイスを求めているのかを考えます。接客するときと同じです。店舗だと顔も服も見えるけど、SNSだと見えないので」。
こう語るなとりかにとって、実はインスタは単なるコミュニケーションツールではない。実際に売り上げを立てる強力な武器なのだ。販売員のECアプリ「スタッフスタート」を使うなとりかのインスタ投稿は「マウジー」の公式通販サイトと連動していて、投稿写真のすぐ横にはアイテム写真と購入ボタンが並び、サイトの閲覧者がなとりかの着こなしを見て購入すると、その売り上げが「マウジー」ルミネ立川店の評価にも組み込まれる。売上金額は月平均で約150万円だが、広告効果などを含めるとその数倍から10数倍にまで膨れ上がる。「マウジー」の運営母体であるバロックジャパンリミテッドも販売員を後押しするため、こうしたネット通販売り上げの一部をインセンティブ(奨励金)としてなとりかにフィードバックしている。子どもとの時間を重視するなとりかは、平日の10時〜17時、土日は休みという勤務で、実は時給制のアルバイトだ。「それでも“オフィシャルスタッフ”の手当もつくし、インセンティブもある。すごく恵まれている実感があります」。
なとりかの1日の仕事は、インスタ投稿の準備から始まる。子どもを学校に送り出す前までに掃除や洗濯などの家事、そしてヘアとメークなどの準備をほとんど済ませると、20〜30分の通勤電車の中でインスタのコメント返信や投稿の下書きなどを行う。店ではなるべく接客に集中する。緊急事態宣言解除後、6月3日に約2カ月ぶりに再開した「マウジー」ルミネ立川店には、三密を避けるため事前のSNS露出や店頭に出るスタッフの数を減らしていたにもかかわらず、顧客が殺到した。「てんてこ舞いだったけど、うれしかった。こんなにも待ってくれてたんだって」。接客時には、客の服装や持っているアイテム、キャラクターなどを踏まえてきめ細かくアドバイスする。「人によって求めていることは違う。重視しているのは、着こなしや着用するシーンとか、悩んでいることにきちんと答えてあげること」。17時に店を出ると、再びインスタの投稿やコメント返信を行いながら、遅くても18時までには子どもを学童に迎えにいく。
なとりか自身が中学生のときから『マウジー』ファン。高校を卒業後にアルバイトで販売員の仕事に就き、出産で一時期中断したものの、ずっと「マウジー」の販売員を務めてきた。インスタを接客にも活用することになったのは偶然だった。鍵付きで使っていたアカウントを、あるときに顧客に着こなしを見せるために公開したところ、翌日そのアイテムが店頭で売り切れた。「それから本社にも運用を相談するようになってぐんぐん伸びていった」という。バロック自体が販売員のインスタ活用に積極的で、今では週に1度、本社に集まって投稿用の撮影会を行っている。
小学生の子どもがいるなとりかは、仕事に使える時間が限られている。「基本的に家にいるときにはインスタ、というよりスマホをほとんど見ません。できる限り子どもの顔を見て、向き合っていたいんです」。インスタ投稿には、ときに子どもも入れる。バックグラウンドも含め自分のキャラクターを出すことが、顧客の共感にもつながるからだ。「結果としてインスタ投稿がインセンティブを得ることにつながっていますが、お金のためだったら続いていない。実は少し前、販売員をこのまま続けていけるのか悩んだこともあったんです。持ち直せたのは、販売員の多くがそうだと思うのですが、お客さまが喜ぶ姿をダイレクトに感じられるから。インスタも、お客さんとのコミュニケーションツールとして使っているから続けていけるんです」。