ファッション業界の御意見番であるコンサルタントの小島健輔氏が、日々のニュースの裏側を解説する。新型コロナウイルスで小売業が多大な打撃を受ける中、出店先であるショッピングセンターを運営するデベロッパーとの関係にあらためて注目が集まっている。
緊急事態宣言下の長期休業や客数激減では最低保証家賃の減免が求められ、イオンモールや丸井、三井不動産、イトーヨーカ堂など大半の大手デベロッパーは休業中の最低保証賃料を全額免除し、他のデベロッパーも部分的な減免や個別対応を行ったが、根本的な課題に踏み込んだわけではない。コロナ休業という緊急事態に特別対応しただけで、デベロッパーとテナントの共存共栄という建前に隠された課題は残されたままだ。
建前に隠された4つの課題
テナント事業者にとっては、独立した路面に出店するか、集客や管理が期待できる商業施設に出店するか、という二択になるが、テナント出店はメリットとデメリットを熟慮する必要がある。
メリット(1)安定した集客が期待できる
メリット(2)保守管理の手間とリスクが省ける
デメリット(1)家賃と管理費・共益費など賃料負担が重い
デメリット(2)売上金預り制のため日銭が入らない
デメリット(3)営業時間や休日、陳列やセール時期などが規制される
デメリット(4)営業の継続が保証されない
こうして見るとメリットよりデメリットの方が多いが、「安定した集客が期待できる」という必須命題と天秤にかければ、いくつデメリットがあってもやむを得ないと考えるテナント企業が多数派だ。
路面の独立店舗を構えれば独自に集客しなければならないし、保守管理から金銭出納まで自ら行うか専門業者に委託する必要がある。逆にいえば、独自に集客できるなら高い家賃や管理費・共益費を払ってまで商業施設に入居する必要はない。ディスカウントストアやカテゴリーキラーなど大型店は独自に店舗を構えるのが当たり前で、商業施設に入居する場合もデメリット項目のほとんどを回避している。
テナント出店のデメリットを検証し、その圧縮や回避の方策を考えてみよう。
商業施設の賃料はなぜ高いのか
商業施設の賃料は家賃に加え、管理費や共同販促費から駐車場協力金まで多岐にわたる共益費があり、施設によっては共益費が結構な額になる。
商業施設の賃料は、家賃と共益費を分けて徴収する「個別徴収」と、一括で徴収する「総合賃料」がある。日本ショッピングセンター協会(以下、SC協会)が毎年刊行している「SC白書」の最新版(2019年を集計した20年版)によれば、テナント売り上げ対比の平均賃料負担は、個別徴収の家賃が物販10.1%/飲食10.5%、共益費が2.2%、合わせると物販12.3%/飲食12.7%、総合賃料では物販11.9%/飲食12.5%だった。ざっくりとした水準は物販店で家賃が10%、共益費が2%ほどだが、テナント側のデータを見ると賃料負担はこれらの数字より一回り重い。
アパレルテナントの家賃負担率は、立地タイプにもよるが18年の集計で14.1〜15.7%、共益費負担率は2.5〜3.1%、合計では16.6〜17.5%にも及ぶ。SC協会の統計値と差が出るのは、アパレルテナントは好立地の高コストな商業施設に出店が偏っているためと思われるが、SC協会の統計は契約値回答を集計したものかもしれない。
テナント出店では最低保証付き歩合家賃が主流で、契約上は売り上げの10%でも、売り上げが落ち込む月の家賃負担は最低保障に引っかかって20%にもなることがある。結果として、年間の売り上げに対する家賃負担は10%を大きく超えてしまう。コロナ休業中は売り上げがゼロになり、その前後も大きく売り上げを落とすテナントが多かったが、激減した売り上げから最低保証家賃を徴収されてはほとんど残らずマイナスになるケースもあり、減免を求める声が広がった。多くのデベロッパーは休業中と前後の売り上げ激減期間の最低保証家賃を減免したが、コロナがなくてもテナントには大きな負担になっていたから、この機会に最低保証家賃の見直しを求めるテナントが増えている。
管理費についても過剰な保守管理や警備、後方サービスが必要かどうか、共益費・共同販促費についても有効に使われているか批判もある。商業施設のLCC(格安航空会社)ともいうべきオープンモール型の低コスト商業施設などは家賃も管理費・共益費も安いから、デベロッパー側もフルサービスか限定サービスか、管理費・共益費のあり方を再検討するべきだろう。
賃料負担の不平等も高止まりの要因
同じ商業施設に出ているテナントでも、単位面積(坪)あたりの賃料は数倍、施設によっては10倍も違う。月坪10万円を負担しているテナントもあれば、同1万円を切るテナントもあるとしたら、不公平に過ぎよう。それが販売効率にスライドするものなら当然だが、現実はそうとは限らない。
ダウンタウンの商業施設では上層階ほど客数が減るから加速度的に単位賃料は安くなるが、郊外のモール型商業施設では奥行きが深いほど同じくらい加速度的に単位賃料が安くなる。モールに接したブロックしか使わないテナントには定価を適用するが、2番目、3番目、ユニクロのように4番目のブロックまで奥深く使ってくれるテナントには単位家賃を大きく割り引いても採算が取れる。奥のブロックは倉庫ぐらいしか使えず、他に借り手がないからだ。よって核店舗やカテゴリーキラーは一般の小型テナントの何分の1かの賃料で出店できるし、人気の大型ファッション店もそれに次いで優遇されている。
それは合理性のあることだが、そんな大型店舗の面積比率が高すぎると、さすがに一般テナントの賃料が割高になり過ぎ、専門店のバラエティも限定されて集客力もかえって落ちる。
問題は合理性の怪しい格差で、その時々の「人気相場」や開業スケジュールに追われての駆け引きで異常な賃料レートが決まったりする。外資系の著名テナントなどユニクロの3掛け、4掛けの販売効率なのに、ユニクロより優遇されているケースが少なくない。
導入当初は人気で集客しても、販売効率がテナント平均の半分にも届かないとしたら、本当に人気があったといえるのだろうか。そんな外資系テナントに限って突然、日本から撤退したりする。業界の“空気”に流されて真価を見誤り、他のテナントとの不公平を招いたという誹りは免れない。
外資系ブランドの優遇は百貨店でも再三言われてきたことだが、長期の推移を見ていると、人気(=販売効率)の消長で歩率レートは結構変動しており、今世紀に入って10ポイントも動いたブランドもある。百貨店は坪あたりの歩率賃料収入でバランスをとっているが、商業施設では人気と賃料が長期に乖離する傾向が指摘される。そんな不公平のしわ寄せが一般テナントに及んでいるとしたら、是正されるべきだろう。
ほぼ一律適用している大手駅ビルを除けば、賃料レートは人気や交渉で大きく動く水もので、定価などあって無いのが実情だが、それでは不公平が広がってしまう。一時の風評に流されることなく、販売効率で平等に評価する基準を堅持するべきだろう。
売上金預かり制はデフォルトではない
コロナ危機では休業期間が長引いて売り上げが激減し、資金繰りに窮するテナントも少なくなかったが、地方や郊外の低コスト商業施設やロードサイドの独立店舗が多かったチェーンは資金繰りに窮することがなかった。営業を継続できた店舗が多かったことに加え、毎日の売り上げが日銭となって入ったからだ。対して都心の商業施設や郊外でもモール型の大型商業施設中心に出店していたチェーンは大半の店舗が長期間休業したことに加え、日銭が入らず売上金の回収が遅れて資金繰りを圧迫した。
商業施設では月の前半の売り上げから固定賃料や固定共益費を差し引いて月末に、月の後半の売り上げから歩合家賃や変動手数料などを差し引いて翌月15日にテナントに振り込むケースが多く、平均22.5日、回収が遅れる。月末締めの百貨店では倍の平均45日も遅れるから、資金繰りはさらに圧迫される。
商業施設の売上金預かり制はデフォルトだと思われているが、欧米の大手チェーンは商業施設出店でも売上金を直接収納しており、売上金の回収期間は1週間から2週間程度に収まっている(キャッシュレス決済比率による)。米ギャップ(GAP)がコロナ休業に際して大手デベロッパーに対する家賃の支払いをストップできたのも、直接収納だからだ(当然に告訴されているが)。わが国でもファーストリテイリングの売上金回収期間は10日に満たないから、海外のみならず国内でも直接収納している店舗が大半だと推察される。
商業施設でも核店舗やスーパーマーケットは直接収納であり、カテゴリーキラーや人気の大型アパレル店も直接収納しているケースが少なくないと推察される。売上金預かり制はデフォルトではなく、預かり期間やキャッシュレス決済手数料の上乗せも含め、コロナ危機を契機に見直されるべきだろう。
定期借家契約の不平等
デメリットの最後に「営業の継続が保証されない」を挙げたが、その背景には00年3月に導入された定期借家契約がある。
定期借家契約導入によって、当時の普通借家契約では基準家賃の50カ月分といわれた差し入れ保証金は10カ月分の敷金に減額されたが、定借期間が終了すれば退店を求められても止むを得ず、その一方で定借期間内にテナント側の意思で退店すれば少なからぬペナルティー(敷金の全額没収や1年分の基準家賃徴収)を要求されるという不平等が指摘されてきた。
定借期間も郊外商業施設では5年または6年、ターミナルの駅ビルなどでは3年または4年と短く、定借期間満了で退店を求められては内装投資の償却もできない。定借契約が更新されても、更新後の契約期間は半分程度に短縮されるケースも少なくない。
アパレル店の場合、退店事例の半分前後が定借期間満了によるもので、うち3分の1は売り上げ不振や収益低迷でないのに退店を強いられている。逆に定借期間内に退店した場合、ほぼ6割のケースでペナルティーが要求されており、踏んだり蹴ったりと言いたくなるほどテナントにとって過酷なのが定期借家契約の実態だ。
定期借家契約になってテナントに有利になったのは差し入れ保証金(敷金)が5分の1になったことぐらいで、売り上げ対比の実質家賃負担率は定借導入後4.5ポイントも上昇した。デベロッパー側はイニシャルコストの切り下げをランニングコストで回収したわけだ。
定期借家契約はテナント側には厳しいが、デベロッパーにとっては新陳代謝を促して新鮮なテナントに入れ替えていく打ち出の小づちでもある。そんなデベロッパー側のメリットと、内装投資の償却もできないで追い出されるテナントの不利益のバランスに配慮が必要ではないか。
共存共栄のサステナビリティを問う
コロナ危機で痛感したと思うが、商業施設の現状はテナントにとって安心して営業できるものとは言い難く、路面の独立店舗や郊外のLCC型商業施設へのシフトを検討する契機となったアパレルも少なくないと思われる。
デベロッパーにとっても過剰なテナント交代は一時的な費用がかさむだけでなく、売り上げや家賃収入を不安定化することもある。アパレルの出店意欲が高かった時代はともかく、コスト倒れで出店意欲がしぼみ、既存テナントの退店でECに顧客が流れていけば、館の集客力も陰っていく。
多産多死のアパレル業界は値引きや売れ残りのコストを価格に転嫁し、百貨店や商業施設はテナント入れ替えや運営のコストを実質賃料に転嫁し、双方のコスト転嫁が商品を割高にして顧客を遠ざけてきた。顧客とて新しい店ばかり期待するわけではなく、慣れ親しんだ店とのサスティナブルな関係も求め、近場の店舗がなくなればECに流れる。地方や郊外の百貨店が雪崩打つように閉店して“ブランド難民”となった顧客がECに流れていく様を見れば、リアル店舗の過剰な流動化が店舗からECへのシフトを加速させているという指摘も無視できない。
過剰に供給して値引きや廃棄を肥大させ、過剰に入れ替えてブランドや店舗も廃棄していく多産多死の流動化は業界コストも社会コストも浪費する。コロナクライシスで現代文明が壁に当たったのを機会に、商業施設とテナントの関係もサスティナブルな在り方を模索すべきではないか。
小島健輔(こじま・けんすけ):慶應義塾大学卒。大手婦人服専門店チェーンに勤務した後、小島ファッションマーケティングを設立。マーケティング&マーチャンダイジングからサプライチェーン&ロジスティクスまで店舗とネットを一体にC&Cやウェブルーミングストアを提唱。近著は店舗販売とECの明日を検証した「店は生き残れるか」(商業界)