下着業界はファッション業界に比べるとメディア露出が少なく、またサイズの展開が多いため、在庫管理が複雑、生産工程で使用する資材が多い、生産ロットが大きいなどの理由から新規参入が難しいといわれてきた。大手の下着メーカーおよびアパレルメーカーによる市場の寡占によって、なかなか新陳代謝が進まない印象だったが、ここ数年D2Cブランドが増加している。また、異業職種からのデザイナー転身やSNSを通じたコミュニティーの活性化など、下着業界では30代の女性を中心に新たなムーブメントが起こっている。下着業界に新風を吹き込むゲームチェンジャーらにインタビューし、業界の今、そして今後の行方を探る。
連載の第1回に登場するのは北菜月「イルフェリーノ(IL FELINO.)」ジェネラルマネジャー(GM)だ。ランジェリーのセレクトショップを運営する一方で、自身がモデルとなってSNSで情報を発信しながら、新たなランジェリーカルチャーをリードする存在になっている。ランジェリーをファッションとして捉えるセレクトやスタイリングは同世代の女性を中心に共感を呼び、機能性重視のアプローチに満足できなかった層の取り込みに成功している。
――ランジェリー業界に携わるようになったきっかけは?
北菜月「イルフェリーノ」ジェネラルマネジャー(以下、北): 文化服装学院を卒業してアパレルブランドで販売員として約3年勤務しました。ただ、そこで新しいことができないと思い、子どもの頃から憧れていたランジェリーと物作りに携わる仕事をするために、オリジナルの下着を製作している下着専門店を探して転職しました。約3年後の16年に下着専門店の同僚と共に「イルフェリーノ」を設立し、原宿に店舗をオープンして、19年11月にキャットストリート裏に移転しました。今は同店舗のGMとして、買い付けや海外ブランドとの渉外、SNSを通じた情報発信などをしています。
――なぜランジェリーに興味を持つようになったのか?
北:子どものころからマンガや人形、グラビアアイドルのボディーの曲線にすごく興味があり、自分の体はいつそのようになるのだろうと思っていたのですが、なかなかならなくて(笑)。でも初めてブラジャーを着けたときに「自分は女だ」と実感したのを鮮明に覚えています。それから、ベビードールをコーディネートに取り入れたりして、少年のような体形でセクシーな着こなしを楽しむのが好きでした。高校生のときに初めてタンガ(Tバック)をはいて学校に行ったときのドキドキ感は新しい服を買って着たときのようで、その感覚は今も同じ。私にとって、ランジェリーとファッションの境界線はありません。
――自身がモデルとなってSNSで発信するようになったのはいつ頃から?
北:14年ごろから自分のインスタグラムで発信するようになりました。それまで下着の情報は機能性に関わることばかりで、インポートランジェリーなどのおしゃれを楽しむのはお金持ちのマダムという印象を持っていました。モデルもスタイル抜群の外国人ばかり。それでは自分ごとにならないと思い、販売員だった私が自ら着てその魅力を伝えたいと思ったのがきっかけです。当時は“下着姿=エロい”という観念が強くてモデル探しも苦労しましたが、女性目線の表現に賛同してくれる仲間がだんだん増え、今「イルフェリーノ」のSNSではさまざまな体形のお客さまやスタッフがモデルとして登場してくれています。
――その仲間たちと「同人誌」も制作しているが?
北:アートディレクターでランジェリーブランド「ジェミニテール(GEMINITALE)」のデザイナーである恩田綾さんと私を中心に、アーティストやデザイナーなどを巻き込んでランジェリーカルチャーを発信していくユニットの「チームランジェリー(TEAM LANJERI-)」で制作しました。1号は16年5月に発刊したのですが、それをきっかけに「チームランジェリー」がランジェリーブランドのキュレーションをし、伊勢丹新宿本店や三越銀座店、名古屋のSCラシックなどでポップアップストアを開催しました。現在大きな活動はしていませんが、今後イベントなどを計画しています。
コロナ禍の休業を経て、
実店舗からECへ移行する決断
――「イルフェリーノ」は新たなステージに移行するそうだが?
北:現在の実店舗は3月末で休業し、6月以降は期間限定予約制で開けることにしました。今後はECを中心に運営し、お客様さまとの接点はポップアップストアで継続していきます。4~5月は新型コロナウイルス感染予防のため休業したのですが、皆さんECを活用してくださり、5月はECだけで実店舗の売り上げをカバーし、前年比10%増となりました。ECはインスタライブや新製品への反応も非常に早いです。これまで、コンセプトを変えて多店舗展開することを目標にしていましたが、4~5月の経験を経て、オンラインでコミュニケーションする環境を整え、信頼を築いていくことに注力したいと考えるようになりました。11月にはアパレル会社の傘下になる予定で、その戦略もしっかり組んでいけるようになるでしょう。
――今後の目標は?
北:ブラジャーでバストメイクすることだけが下着の役割ではないし、どんな体形の人でもランジェリーのおしゃれは楽しめます。私は、商品もランジェリーの捉え方ももっと多様化してほしいと思うし、そうなるようなカルチャーを発信していきたいと思います。そして、ランジェリーはセクシーさと切り離せないと思っているので、アダルトコンテンツとも関わっていきたいです。
川原好恵:ビブレで販売促進、広報、店舗開発などを経て現在フリーランスのエディター・ライター。ランジェリー分野では、海外のランジェリー市場について15年以上定期的に取材を行っており、最新情報をファッション誌や専門誌などに寄稿。ビューティ&ヘルス分野ではアロマテラピーなどの自然療法やネイルファッションに関する実用書をライターとして数多く担当。日本メディカルハーブ協会認定メディカルハーブコーディネーター、日本アロマ環境協会認定アロマテラピーアドバイザー。文化服装学院ファッションマーチャンダイジング科出身