米シアトル発のライフスタイル型ホテル「エースホテル(ACE HOTEL)」が日本上陸を果たした。1号店は京都・烏丸御池に建て替えオープンした複合施設「新風館」内に6月11日、ソフトオープン。エースホテルはアーティストやクリエーターからの評価が高く、地域コミュニティとの交流や地域性を取り入れた内装デザインなど独自のスタイルで世界中のファンを魅了してきた。そのビジネスの真髄に触れるため、早速、宿泊を体験してきた。
京都市営地下鉄烏丸御池駅を下りてすぐ。駅改札に直結した新風館の地下2階から地上1階のホテルロビーに入ると、骨太の杉の木組みに細いスチールパイプの照明デザインが組み合わされた大きな吹き抜け空間が広がっている。建築家・隈研吾氏が監修したダイナミックな建築デザインと、エースホテルではおなじみの米コミューンデザインによる洗練された内装デザインを間近で見られるのも醍醐味のひとつだ。
正面玄関を入ったところには、銅を叩いて仕上げた円形のレセプションカウンターと、オリジナルグッズのショップ。反対側にはラウンジがあり、木製のロングテーブルとチェア、座り心地の良いソファーが配置されている。その奥には米ポートランド発コーヒーショップ「スタンプタウン・コーヒー・ロースターズ(STUMPTOWN COFFEE ROASTERS )」の日本1号店がある。店内にもイートインスペースはあるが、ホテルラウンジのテーブルやソファーで飲んでいる人の方が多い。ノートパソコンで仕事をする人、数人で会話を楽しむ人、仕事の打ち合わせらしきグループ――。エースホテルのロビーには多種多様な人が集い、堅苦しいルールに縛られることなく自由に過ごしている。
エースホテル京都の飯田雄介上席総支配人は「必要なければコーヒーを購入しなくてもいいし、時間制限もない。電源も完備されているので自由に使ってほしい。どんなお客さまもロビーから排除しないのがエースホテルの考えです」と話す。なぜなら「ロビーはホテルとゲスト、地域コミュニティーをつなぐ交流拠点」に位置付けているから。週末には音楽ライブやアートイベントも開催する。ロビーフロアこそが、エースホテルの理念を体現する場であり、他のホテルとの違いを最も感じられる場なのだ。
ただ、午前や夕方、夜間はほとんど人がいない。24時間開放していることが認知されていないためで、PR担当者は「近隣の方も含めていつでも自由に利用してほしい」と話している。
リーズナブルプライスでラグジュアリーホテル並みの客室
コロナ禍の対策で透明シールドが設けられたレセプションカウンターでチェックインした後、新築棟5階の客室に入る。予約したのはスタンダードキングタイプで、通常料金は1泊あたり3万円(サービス料・税金除く、時期によって価格は変動)。ちなみに米本国のエースホテルは、古い建築をリノベーションしているため、2人宿泊可能な169ドルのシングルルームや160ドルで4人までシェアできるスタンダードダブルなど手頃な価格の客室もある。京都の客室は全213室。旧京都中央電話局を保存・改修した保存棟に26室、新築棟に187室の客室が用意されている。大正時代の窓枠や外壁が残る保存棟に宿泊するならヒストリックツインかヒストリックキングがおすすめだ。
私が宿泊したスタンダードキングは一番狭いタイプだが、それでも30平方メートルと広さは十分だった。ワークデスクも大きめで出張のビジネスマンにも使い勝手がいい。ベッドは米国の「スイートスリープ(SUITE SLEEP)」社製。同社のホームページを見ると、エースホテルオリジナルマットレスとして一般販売もされている。実際に一晩使用したが、包み込まれるような感覚があり、朝までぐっすり眠ることができた。
エースホテルのファンがその魅力を語るとき開口一番にあげるのが、デザイン性の高さだ。ロビーなどパブリックスペースはもちろん、客室やレストランでもそのデザイン力を体感することができる。内装はデザインスタジオの「コミューンデザイン(COMMUNE DESIGN)」が担当。京都は「イースト ミーツ ウエスト」をコンセプトに日米のアーティストと職人技を結集した和洋折衷のデザインが印象的だ。
例えば、スタンダードキングには90代の現役染色家・柚木沙弥郎氏によるアートが壁面に飾られている。カーテンと照明には「ミナ ペルホネン」(MINA PERHONEN)のテキスタイル、ベッドのブランケットは米「ペンドルトン(PENDLETON)」を採用(現在はコロナ感染を防ぐため撤去中)。スイートルームには、テキスタイル作家の清原遙氏によるアート照明、イサムノグチのランプシェード、フィンランドの「アルテック(ARTEK)」のルームライト、ニューヨークのカーペットメーカー「エドワード・フィールズ(EDWARD FIELDS)」のラグなどセンスのいい家具と現代アートがさりげなく配置されている。客室に備え付けのティーカップは、笠間焼の陶芸家・額賀章夫氏の作品で、1階のギフトショップでも購入可能だ。
インテリアの一部としてギターとレコードプレーヤーがあるのも、音楽とアートを愛するエースホテルならでは。オーディオマニアにはうれしい「チボリ(TIVOLI)」のラジオと「ティアック(TEAC)」のターンテーブル、「エピフォン(EPIPHONE)」のギターといった世界の名機を体験できるのはマニアでなくとも楽しい。部屋にはLPレコードが5枚用意されていたが、フロントに電話をしてユーミンと松田聖子に変えてもらった。レコードに触れるのは数十年ぶりで、その感触と針がずれたときのぷつぷつというノイズにすっかり癒されてしまう。最近は、レコードを知らない若者世代にアナログレコードが人気だとか。デジタル機器に囲まれた生活の中で体験するアナログ機器のスローで温もりのある感覚とわずかなノイズの心地よさが新鮮に映るのだろう。もちろんオーディオはブルーツゥース対応機種なので、iPhoneからお気に入りの音楽を聴くことも可能だ。
アメニティには、日本のサロン発ホームケアブランド「ウカ(UKA)」と、米ポートランド発の高級ソープブランド「パールプラス(PEARL+)」を採用。歯ブラシは、プラスチックゴミの削減に考慮して竹製のおしゃれなものが用意されていた。また、バスローブはカナダのメンズウェアブランド「ウイングス・アンド・ホーンズ(WINGS +HORMS)」の別注品。オーガニックコットンを使用した裏毛のジャージー素材が柔らかで肌触りがいいので、部屋にいるときはずっと着用していた。
夕食と朝食は、3階のアメリカ風イタリアン料理店「ミスターモーリスズ イタリアン(MR.MAURICES ITALIAN)」で食べた。2階にあるバー&タコスラウンジ「ピオピコ(PIO PIKO)」と迷ったが、薪窯で焼くピザが絶品と聞き、イタリアンに決めた。店内には、京都の金網つじが手掛けたランプシェードが吊るされ、金網から広がるランプの光が幻想的な雰囲気を漂わせていた。タイル床とパネルにはカリフォルニアのアーティスト、アレクサンダー・コリ・ジラード氏の幾何学デザインが生かされている。気候のいい季節には、中庭を望めるルーフトップバーでの食事がおすすめだ。
夕食に選んだのは、イタリアのベルガモ地方の定番ピザ「ベルガモ」。3日間かけて作ったというピザはややもっちりした食感なのにクリスピー感もある。塩のきいたイタリアの生ソーセージ、サルシッチャと半熟卵、モッツァレラチーズの組み合わせが絶妙でクセになる味だった。朝食はインスタ映えを狙って、アボカドトーストにポーチドエッグを載せたブレックファーストセット「カリフォルニア」を注文。こちらも非の打ち所がない感動的な味わいで、朝食だけでも利用する価値あり。ちなみにいまのところ、レストランは地元客を中心に連日にぎわっているため、日程が決まっているならぜひ予約しておきたい。
ラグジュアリーホテル並みの客室と絶品の料理、デザイン性の高い空間に加えてエースホテルの魅力といえるのが、ホテルスタッフのフレンドリーな応対だ。レストランやレセプションでは「そのマスクお似合いですね」と褒められ、「今日も楽しい1日をお過ごしください」「他にお手伝いできることはありませんか?」と、優しく笑顔で返してくれた。エースホテルではメイクもユニフォームの着こなしも自由だそうで、笑顔をたやさず、楽しそうに働く姿が印象的だった。
気になる新型コロナ感染防止対策は、エントランスから客室、レストランまでホテルの隅々で徹底されていた。ガーディアンズという専門チームを立ち上げたほか、レセプションカウンターには飛沫感染防止用の透明シールドを設置。ロビーやエレベーターには、ソーシャルディスタンスを徹底するため、数字の2を強調したアートなサイネージが貼られていた。客室はチェックアウト後、除菌、乾燥、清掃を行い、最低24時間は密閉状態にしているという。レストランは通常の席数の半分に制限し、メニューはQRコードで読み取るか使い捨てのものが用意されている。
新型コロナ禍で想定外の厳しい幕開けとなったが、「安心安全対策を徹底したうえでエースホテルらしく空間を楽しんでもらうことが、コロナ禍との戦い方」と飯田氏。ウイズコロナ時代には安心安全が最優先されることから、ホテルのあり方や選択するときの基準も大きく変わってくるだろう。そのうえでいかに快適な空間とサービス、ユニークで感動的な体験を提供できるかでホテルの評価が決まってくる。これまでデザイン力や地域との関わり方で注目されてきたエースホテルだが、今後はゲストとスタッフの健康やサステナブルにも配慮したホテルとして、日本でも人気を集めることだろう。そのことを確信した2日間だった。
橋長初代(はしなが・はつよ)/流通ライター:同志社女子大学卒。ファッション専門誌の編集を経てフリーランスのライターに。関西を拠点に商業施設、百貨店、専門店、アパレル、消費トレンド、ホテル、海外進出などの動向を「WWD JAPAN.com」「日経クロストレンド」などに寄稿。取材では現場での直感と消費者目線を大事にしている。最近の関心事は“台湾”と“野菜づくり”と“コロナ後のファッションビジネス”。「リモート取材が浸透すれば、もっと取材先を広げていきたい」