ファッション業界の御意見番であるコンサルタントの小島健輔氏が、日々のニュースの裏側を解説する。新型コロナウイルスを機に、アパレルの過剰供給を見直す機運が高まっている。そもそも、なぜ作り過ぎてしまうのか。
過半が売れ残るアパレルの過剰供給もコロナ危機を契機に多少は抑制されると思われるが、それを招いた業界体質が解消されない限り、根本的な解決には至らない。過剰供給と原価率切り下げの悪循環を検証し、それを招いた3つの業界体質を指摘したい。
過半が売れ残る過剰供給が常態化
アパレル製品は需要に倍する過剰供給が止まらず、1999年以降は業界供給量の半分前後が売れ残る異常事態が常態化している。直近2019年は28億4600万点を供給しても13億7300万点しか売れず、14億7300万点(51.8%)が売れ残った。供給量の過半が売れ残っても、川下(小売業やアパレルメーカーなど流通段階)と川中(商社やOEM業者など製品化段階)でロスと在庫を分担して翌年に持ち越すから、実態はつかみ難い。
衣料消費が回復局面にあった18年当時で、平均的な消化歩留まり率(全て正価で売れた場合を100とする)は小売りチェーンで65〜75%、直販型のアパレルメーカーで60〜70%だった。正価で半分売れて半分を50%オフで売り切った時の歩留まり率が75%だから最良でもそんなもので、近年は過剰供給が深刻化して正価販売率が落ち、店舗やECで値引き販売を繰り返しても小売りチェーンで10%弱、直販型のアパレルメーカーで15%前後、紳士既製服では30%前後も残る。
川下の平均的残品率を20%と見ても、過半が売れ残る計算とは乖離があり、川中が少なからず抱えて翌年に販売したり、二次流通業者に放出して処分していると推察される。
販売コスト増を調達原価率に転嫁
商品を販売するには商業施設の家賃、あるいは百貨店やECモールの販売手数料がかかるが、アパレル事業者は商業施設で売り上げの16.6〜17.5%、百貨店やECモールで25〜35%を負担している。これに商業施設店舗では内装投資の償却やキャッシュレス売り上げの決済手数料(最近はこの負担が重い)、販売スタッフの人件費などが加わり、売り上げの36〜38%に達する。百貨店ではキャッシュレス決済の手数料負担はないが(百貨店側が負担する)、派遣店員の人件費などを加えると売り上げの48〜50%にもなるから、駅ビルやSC(ショッピングセンター)に比べると倍近い価格を付けないと採算が取れない。
90年代初期に比べれば、百貨店の販売コストは10〜12ポイント、商業施設の販売コストも5〜6ポイント上昇しており、その分、アパレル商品の調達原価率が切り下げられた。
歩留まり率(換金率とも言う)は投入正価総額に対する実現売上率だから、実現売り上げに対する販売経費率を投入正価総額対比に換算(歩留まり率を掛ける)して差し引くと、商業施設に出店している小売りチェーンで投入正価総額対比43〜45%、百貨店に出店しているアパレルメーカーでは同32〜34%しか残らない。本部経費を考えれば、正価に対する調達原価率はSPA型の小売りチェーンで31〜33%、百貨店アパレルでは20%前後に抑えないと利益が残らない。
90年代初期は小売りチェーンのSPA型調達で38〜40%、百貨店ブランドでは32〜33%だったと記憶しているから、ずいぶんと切り下げられたものだ。その分、お値打ち感が損なわれて消化歩留まりが下がり、それを埋めようとしてさらに原価率が切り下げられ、それがまた消化歩留まりを下げるという悪循環に陥って久しい。
悪循環を招いた3つの狂気
こんな悪循環を招いた背景には3つの業界体質があったのではないか。
(1)コスト優先で過大ロット調達
アパレルの調達コストはロットを増やすほど、工場の閑散期に合わせるほど下がるが、それに連れてリスクも増大する。ロットを増やし工場の閑散期に合わせると発注から販売までのリードタイムが長くなり、半年あるいは1年にも及ぶ。その間にトレンドは変わるし、ライバルが類似品を生産して過剰供給になるやもしれない。実際、大量に残るのは確実と見込んで大量生産した商品だ。
アパレルのリスクはロットとリードタイムに比例して大きくなるから、コストを切り下げた以上に値引きや残品のロスがかさむことも少なくない。販売力以上のロットで作れば、当然に売れ残る確率は高くなる。
一般に国内生産のロットは数十〜数百点、中国沿海部生産のロットは数百〜数千点、ベトナムやバングラデシュなど東南・南アジア生産のロットは数万〜数十万点とケタ違いに大きくなりコストも格段に下がるが、リードタイムも1〜2週間、4〜8週間、16〜32週間と倍々どころではなく長くなる。駅ビルなどに2〜4ダース(24〜48)の店舗を展開するアパレルチェーンの適正ロットは数百点、売れ筋になっても3000〜4000点だが、そんなアパレルさえ安く作るため無理して万に近いロットで発注することもある。近年はそんなギャンブルが珍しくなくなっていた。
逆に数百〜数千店を擁していても、速やかな販売消化を期して発注ロットを小さく抑え、短サイクル生産に徹するアパレルチェーンもある。インディテックス(INDITEX)の「ザラ(ZARA)」は20年4月末で2138店舗も展開しているが、その1型あたり生産ロットはデザイン商品1万点/ベーシック商品3万〜4万点と小さく、4492店舗(19年11月末)を展開する「H&M」の10分の1程度と推計される。
ロットを無理に増やしても調達コストを落とすのか、ロットを抑えた短サイクル調達で消化歩留まりを高めるのか、顧客の価格信頼感という点でもサステナビリティという視点からも後者が正解だと思うが、近年のアパレル業界は逆方向に突っ走っていた。
(2)売り上げ確保にロスと残品を予約
過剰供給の起点はコスト切り下げでも、値引きや残品を抑制できず、調達量が増えてしまうのは業界の悪習にも起因している。翌年の予算を組み立てるとき、前年の売り上げ、値引き、残品の結果から数字を積み上げ、前年同様の値引きと残品を“予約”してしまうのだ。
例えば、1億円の売り上げを稼ぐのに2000万円の値引きと1000万円の残品が発生したとすれば正価で1億3000万円の商品が投入されたわけで(それでも消化歩留まり率77%の好調事例)、翌年も同じように1億円を売ろうとすれば1億3000万円の商品を調達する予算になってしまう。これが繰り返される限り過剰供給を解消することは不可能で、値引きと残品を減らすには売上予算も調達予算も抑制して新たなバランスで出直す必要がある。
値引きも残品も半分にすることを前提に、1億1500万円(1500万円減)しか調達しない予算を組んでも、売り上げは調達予算を落とした半分も下がらず、粗利益額はかえって増える(原価率30%なら1000万円以上)。売り上げが多少減っても儲けは増え、値引き販売が抑制されるから顧客の価格信頼感も回復し、継続するともとの売り上げを超える可能性が高い。
調達量を抑制しても売り上げの減少を最小限に抑えるには、シーズンバランスを組み直して売上予算の山谷を抑え、実需期に引きつけて短サイクルに投入し、売上月指数の平準化を図るのが鉄則だ。ピークを抑えて売り上げを平準化すれば値引きや残品のロスが激減して粗利益率が上向き、2月や8月など谷月で最低保証売り上げを割り込んで法外な家賃負担に絶句することも避けられるから、収益の改善効果は粗利益以上に大きい。
小学生の算数レベルの話だが、売り上げ至上の組織では視野狭窄に陥り、利益を削る過剰調達を繰り返してしまうのだ。
(3)POSを過信して値引きに依存
バーコードかRFID(無線電子タグ)かはともかく、近年のアパレル販売はPOS(販売時点情報管理)をベースにアルゴリズムやAI(人工知能)で販売消化を予測する仕組みが定着しており、本部のコントローラーやディストリビューター(在庫運用担当)が売り場を見ないで値引きや移動を指示している。
それはそれで合理的だが、商品が売れる勢いは売り場内やECサイト内の位置、陳列表現やささげ(撮影・採寸・説明原稿)表現によって大きく異なる。売れない商品も目立つ位置に目を引く陳列やPOP表示、インパクトあるささげ表現でSNS誘導すれば、息を吹き返して動き出すことが多い。
POSが定着する以前の前世紀には、店舗の販売責任者が消化進行を見ながらグルーピングや陳列配置、陳列形状や色組み、コーディネートを替えて消化促進を図る編集運用スキルが存在したが、POSによる消化予測が普及するにつれ店舗から失われて行った。今やECサイトのささげ表現やSNS誘導の方が人海戦術で機動的に運用されており、店舗スタッフの編集運用スキルは退化する一途だ。
とはいえ、今や米国では百貨店を抜いて売り上げが伸び続けるオフプライスストア業界首位のTJXは800坪の店舗を4529店(20年1月期末)も展開しているが、運営の要となるスキルは週サイクルの編集運用と店間移動だ。IT最先端の米国で人海戦術の在庫編集スキルが巨大チェーンの売り上げと利益を左右しているという現実を知ってほしい。
消化が進まない商品は、抱えた在庫の量(消化に何週かかるか)にもよるが、一度は編集運用で消化に努めた上で値引きを決断すべきだ。編集運用を週サイクルで駆使すれば、私のクライアント平均では消化歩留まりが5ポイント以上、それに店間移動によるSKU(商品の最小管理単位)別値引き(消化不振の色・サイズだけ店間移動して値引きする)を組み合わせると10ポイント以上も改善された。
それだけ消化歩留まりが上向けば原価率を切り上げられるから顧客にお値打ちな商品を提供でき、消化歩留まりの低下と原価率の切り下げという悪循環も断ち切れる。在庫編集運用は経験を積んだ人的スキルに頼る面は否めないが、組織的な実習とマニュアルを積み上げれば販売消化力を確実にかさ上げできる。デジタル一辺倒の時流だが、商品をひとつひとつ大切に売り切って値引きと廃棄を最小化するという編集陳列スキルは、機械的に値引き処理するITより遥かにサステナブルなのではないか。
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テクノロジーの進化は必ずしも企業や業界の進化に直結するわけではない。むしろ、AIやシステムに依存して人的スキルが退化してしまう弊害も指摘される。規制緩和などの制度改革も同様で、新陳代謝を加速し仮需を拡大する効果はあっても、かえって流通のロスとコストを肥大させ、顧客の離反を招くことがある。進化がホントに進化なのか、かえって退化や過剰な廃棄や淘汰を引き起こしたりしないか、鳥瞰して冷静に見極めるべきだろう。
小島健輔(こじま・けんすけ):慶應義塾大学卒。大手婦人服専門店チェーンに勤務した後、小島ファッションマーケティングを設立。マーケティング&マーチャンダイジングからサプライチェーン&ロジスティクスまで店舗とネットを一体にC&Cやウェブルーミングストアを提唱。近著は店舗販売とECの明日を検証した「店は生き残れるか」(商業界)