米ブルックス ブラザーズ(BROOKS BROTHERS)は7月8日、日本の民事再生法に当たる米連邦破産法第11条の適用をデラウェア州の破産裁判所に申請した。破産手続きの対象となるのは米国事業のみで、国外事業やジョイントベンチャーはこれまで通りに営業を続ける。日本法人であるブルックス ブラザーズ ジャパンは米本社が株式の60%を保有するが、同社はダイドーリミテッドとの合弁会社であり、広報担当によれば「単独の法人として運営されており、米国法人から財務的にも独立している。融資等の支援も受けておらず、米国法人に対して未回収の債権もない。よって重大な影響を受けることはない」という。日本国内には現在アウトレットを含む82の店舗があるが、これらも営業を継続する。9月4日に開店予定の表参道店も予定通りオープンする。
破産裁判所に提出された資料によれば、同社の資産および負債額はともに5億〜10億ドル(約535億〜1070億円)。最大の債権者はスイス・ガーメント・カンパニー(SWISS GARMENTS COMPANY)で、520万ドル(約5億5600万円)が未回収となっている。
「ブルックス ブラザーズ」は1818年にニューヨークで誕生し、2018年に200周年を迎えたアメリカを代表するブランドの一つだ。01年にイタリアの実業家クラウディオ・デル・ヴェッキオ(Claudio Del Vecchio)が2億2500万ドル(約240億円)で買収し、会長兼最高経営責任者(CEO)に就任。同ブランドはビジネス用のスーツやシャツ、ネクタイを主力としており、品のある“アメリカントラッド”が持ち味だ。しかし近年はオフィスファッションのカジュアル化によるスーツ離れを背景に、売上高は10億ドル(約1070億円)前後と低迷していた。デル・ヴェッキオ会長兼CEOは数年前から事業売却を視野に入れて戦略的パートナーを探していたが見つからず、今年に入ってからは新型コロナウイルスの影響による打撃を受け、経営破綻に追い込まれた。
同氏は、「客足が落ちているなどの問題を抱えているのは米国だけで、国外事業やECは成長していたため、米国内にある店舗の家主らと不採算店を閉じることを含めてさまざまな交渉をしていた。これで乗り切れるかもしれないと思っていた矢先に、新型コロナウイルスのパンデミックが発生した。まずは中国、日本、韓国などのアジア地域で、そしてやがて欧州や米国へと感染が拡大していったので、世界中で事業を展開している当ブランドは次々に店を休業せざるを得なかった」と語った。
同ブランドは米国でおよそ250店を運営しているが、破産法の適用を申請する以前に、そのうち51店を閉じることを決定していた。米国内の3工場も8月15日をもって閉鎖することが決まっており、すでにその処理が進められている。なお16年に傘下に収めたニューヨークのジュエリーブランド「アレクシス・ビタール(ALEXIS BITTAR)」も破産手続きの対象となっているが、「ブルックス ブラザーズ」とは別に売却されるものとみられている。
デル・ヴェッキオ会長兼CEOは、「『ブルックス ブラザーズ』を心から愛し、このブランドらしさを維持してくれる買い手が新たなオーナーとなることを願っている。ここ数年、私と共に尽力してくれたチームをとても誇らしく思っているし、できる限りの手を尽くしたと自負している。破産法の適用を申請したことで、事業を再建して将来的に再び成長する道が開けた。売却後、私がブルックス ブラザーズの運営に携わることはないと思うが、関連するプロジェクトなどで声が掛かれば検討する」と述べた。なお、同氏は「ブルックス ブラザーズ」マディソンアベニュー旗艦店の家主でもあるが、同店の存続については新たなオーナーの意向に任せるとしている。
買い手候補としては、米ブランド管理会社オーセンティック・ブランズ・グループ(AUTHENTIC BRANDS GROUP以下、ABG)と、米不動産投資信託会社のサイモン・プロパティー・グループ(SIMON PROPERTY GROUP)、そして同じくブルックフィールド・プロパティー・パートナーズ(BROOKFIELD PROPERTY PARTNERS)の3社連合と、新進の米ブランド管理会社WHPグローバル(WHP GLOBAL以下、WHP)が有力視されており、価格は3億5000万ドル(約374億円)程度になるとみられている。
ABG率いる3社連合は、やはり破産した米ファストファッションチェーン「フォーエバー21(FOREVER 21)」を20年2月に8110万ドル(約86億円)で買収している。またABGは、経営破綻した米バーニーズ ニューヨーク(BARNEYS NEW YORK)を19年11月に2億7140万ドル(約290億円)で獲得した。ブランドの買収案件に関する豊富な経験と、複数の投資会社から投資を受けていることによる潤沢な資金が同社の強みだろう。
一方で、WHPは今回ブルックス ブラザーズに7500万ドル(約80億円)のDIP融資(倒産手続きに入っている企業に対する新規融資)を行っている。WHPは19年7月に設立されたばかりということもあってABGほどの規模ではないが、融資をしていることが有利に働くとみる関係者もいる。
米連邦破産法第11条に基づいて事業を売却する場合、事前に“ストーキング・ホース”と呼ばれる買い手候補と協議の上で取引価格を決定し、後日開催される競売でそれを上回る入札がなければストーキング・ホースが正式な買い手となるという方法を取ることができる。これは債権者の不安を少なくできるほか、最低売却額があらかじめ把握できるなどのメリットがあるため、ブルックス ブラザーズもストーキング・ホースを探していたが、資金繰りが追いつかず時間切れとなった。このため、今回は破産裁判所による競売となる。
本件について、WHPのイェフダ・シュミドマン(Yehuda Shmidman)会長兼CEOはコメントを差し控えるとし、ABGのジェイミー・ソルター(Jamie Salter)会長兼CEOは「『ブルックス ブラザーズ』は素晴らしいブランドだ」と話すにとどめた。
ブルックス ブラザーズの破産申請に関する最初の公聴会は7月9日の午後(現地時間)に開かれる。裁判所の判断にもよるが、特に問題がなければ数カ月ほどで売却手続きが完了する見込みだという。