ニューヨークのファッション業界で活躍するクリエイティブ・ディレクター、メイ(May)と、仕事仲間でファッションエディターのスティービー(Stevie)による連載第11回。新しいレストランの開拓はしばらくおあずけだが、ようやくニューヨーク市でもレストランが屋外のみとはいえオープン。屋内でランチしながら、会話ができるのはまだまだ先になりそう。“You’d Better Be Handsome”では、トレンドに敏感なレイチェル(Rachel)も加えて、ニューヨークのトレンドや新常識について毎回トーク。今回のテーマは、カニエ・ウェスト(Kanye West)のファッション界での出世のあれこれ。
スティービー:先週は実に4カ月ぶりの撮影だったね。
メイ:いつものメンバーとはいえ、セットデザインやらクライアントも入れると25人以上の規模だったから、直前になって不安がる人たちもいて気苦労が多かった。
レイチェル:マスクをちゃんと着用してくれるか心配だったけど、一度注意した程度で結構みんな着用してくれていた。
スティービー:ずっと家にこもっていた人がほとんどという印象だった。ファッションは、エッセンシャルワークではないと言えばそうだし。
メイ:フォトスタジオもこのロックダウンの間に空気清浄機を取り付けたり、入り口にチェックポイントを設けたり、投資した様子。今回は万が一感染しても責任は取れません、という合意書に全員にサインしてもらったほど。
スティービー:それにしても、ヨーロッパからの入国禁止が続くと、普段ニューヨークで活躍しているモデルやフォトグラファーたちは仕事ができなくて大変。
メイ:トップアスリートや芸能人は特別許可が下りるようになってきているらしいけど、モデルやフォトグラファーはこの枠じゃないからね。
「ギャップ」 x 「イージー」、新パートナーシップ
スティービー:ファッション界が静かにしているときに、爆弾のように発表されたカニエ・ウェストの「イージー(YEEZY)」と「ギャップ(GAP)」とのパートナーシップ。その名も、ストレートに「イージー ギャップ」。10年契約らしいから「ギャップ」はこれに全てをかけている?
メイ:2021年前半には発売する予定。いつの間にこの話が進んでいたのか分からないけど、数日前に聞いた話だと、カニエが持ち込んだらしい。
スティービー:その日はギャップの株価が一時40%上昇したくらいビッグニュースだった。ギャップの株価が上がるなんて、久々に聞いたかも?
レイチェル:ニュースを聞いて真っ先に思ったのは、じゃ、「テルファー(TELFAR)」と「ギャップ」のコラボはどうなったの?ってことだった。すでにかわいいロゴまであったのに。2005年にスタートしたノンジェンダーラインで、黒人デザイナーのブランドとしてニューヨーク・ファッション・ウイークにも参加してきた。バッグも人気でロゴも定着していた。
スティービー:今年の頭に発表された「テルファー」のデザイナー、テルファー・クレメンス(Telfar Clemens)と「ギャップ」のコラボレーションも話題になっていたのは確か。パリのメンズ・コレクションのときには「ギャップ」が主催するパーティーまであって、ケイト・モス(Kate Moss)やドラァグクイーンのヴァイオレット・チャチキ(Violet Chachki)ら、セレブも多く出席していたのが記憶に新しい。
レイチェル:パリの「ギャップ」ストアのウインドーは、「テルファー」のコレクション写真が飾られていたみたいだし――1月の話だけど。「テルファー」とのコレクションを楽しみにしていただけに、コラボがなくなってがっかりもしたし、乗り換えた「ギャップ」に対して非難があるのは仕方ないと思うけど。
メイ:すでに契約書にもサインしていたらしいから、ひどい裏切りに見えるけど。「ギャップ」側は、担当チームが違ったことを言い訳にしている。でも最終的にOKを出した経営陣は同じはず。あの注目の女性CEOかな。
スティービー:僕たちはニューヨークにいるから「テルファー」も分かるし応援したいけど、カニエ・ウェストとテルファー・クレメンツの知名度は全く違うというのも理解できる。今の「ギャップ」にはリスクを冒している余裕はないと思うよ。
メイ:「ギャップ」はもちろん、「バナナリパブリック(BANANA REPUBLIC)」や「オールドネイビー(OLD NAVY)」もずっといいニュースを聞かないからね。先月発表された第1四半期の純利益も、1年前の同期と比較して16憶ドル(約1700憶円)減だから。グループ全体の話だけど。
スティービー:コロナによるロックダウンで、北米の店舗スタッフ8万人が一時解雇されたみたいだし、約70億円分の賃金未払いで訴えられているし。5月頭には「J.クルー(J.CREW)」が、7月頭には1818年に創業した「ブルック スブラザーズ(BROOKS BROTHERS)」が破産申告しているなかで、「ギャップ」は最後の決戦に出たという印象。
レイチェル:それにしても10年もどうやってバズをキープするのか?
スティービー:「ギャップ」は僕が子どもの頃は憧れのブランドだった。広告もミッシー・エリオット(Melissa Elliott)やダフト・パンク(Daft Punk)、マドンナ(Madonna)が出ていたし。撮影していたのも、アニー・リーボヴィッツ(Annie Leibovitz)、スティーヴン・マイゼル(Steven Meisel)と超一流だった。“シンプルでベーシックな服を個性で着こなす”というコンセプトがクールだった。
カニエ、「ギャップ」への道のり
レイチェル:そもそも、カニエは10代の頃、地元シカゴの「ギャップ」でバイトしていたらしい。
スティービー:そうか、だから今回シカゴ店の外壁に彼の手書きメッセージが大きく張り出されたんだね。”NISSAN”で通っていた、って書かれてたね。今は超高級車にしか乗っていないと思うけど。そんなところにも分かりやすいアメリカン・ドリームを垣間見れる。
メイ:カニエは数年前から、「ギャップ」の“ヘッドクリエイティブ・ディレクター”になりたい、ってこぼしていた。15年2月に「ニューヨークマガジン(NEW YORK MAGAZINE)」が掲載したインタビューでは、「ギャップのスティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)になるのが夢。エディ・スリマン(Hedi Slimane)のようなクリエティブコントロールもほしい」と話していた。マスマーケット参入も夢だったらしい。
レイチェル:それは意外。「イージー」のスニーカーは1足3万円前後とかなり高級だけどね。
メイ:「イージー」のスニーカーの売り上げは、昨年13憶ドル(約1391億円)を超えたらしい。ちなみに「ナイキ(NIKE)」の“エア ジョーダン(Air Jordan)”の売り上げは31憶ドル(約3317憶円)だから、「イージー」もかなり頑張っている。
スティービー:そういえば「ビーントリル(BEEN TRILL)」というブランドもあったよね?ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)、ヘロン・プレストン(Heron Preston)、そして最近「ジバンシィ(GIVENCHY)」のクリエイティブ・ディレクターに就任したばかりのマシュー・ウィリアムズ(Matthew Williams)ほか、数人が参加していたストリートブランドがあったんだ。2013か14年くらいかな。今となっては、伝説のブランドってところ?
レイチェル:じゃ、マシューが「アリックス(ALYX)」をスタートする前かな?彼って当時レディー・ガガ(Lady Gaga)と付き合っていたらしいし。衣装も提供したり。
スティービー:「ビーントリル」も、カニエ・ウェストをはじめ、リアーナ(Rihanna)やエイサップ・ロッキー(A$AP Rocky)といったスターたちが着たりして、話題が尽きなかった。彼らは自分がブランドみたいなスターたちだから、影響力も半端じゃない。
メイ:マシューの妻のジェニファーは、以前ニューヨークのショールーム、ニュース(NEWS)で働いていたこともあって、名前は聞いたことあったりしたけど、その前の彼女がガガだったとは!彼が「アリックス」を始めた頃、インタビューしたこともあるけれど、ファーストコレクションからアクセサリーまで充実していたし、すごくチャーミングな人だったという印象。まさか「ジバンシィ」のクリエイティブ・ディレクターになる日が来るとは!
スティービー:マシューにしてもヴァージルにしても、カニエを始めとするポップアイコンとつながっていたのが、ファッション界で成功している大きな鍵となっているのは確か。またモードがやってくると言われ続けて久しいけれど、ストリートファッションの影響力は強まる一方だね。
晴れてビリオネア
レイチェル:「イージー ギャップ」のデザイナーにカニエが抜擢したのは、ナイジェリア系英国人モワローラ・オグンレシ(Mowalola Ogunlesi)、25歳の女性デザイナー。
メイ:カニエは昔からファッションに関しては勉強家。「アレキサンダー ワン(ALEXANDER WANG)」のショーや、当時人気だった「バンド オブ アウトサイダーズ(BAND OF OUTSIDERS)」の展示会にも来ていた。プレスにうっとうしがられていた時期もあったけど、粘り強く吸収していったんだね。
スティービー:カニエのファッション史もまあまあ長い。2007年には実は「ア ベイシング エイプ(R)(A BATHING APE(R) 」とスニーカーのコラボをしている。「パステル(PASTELLE)」というブランドを08年頭に発売すると言っていたけれど、これは実現しなかったはず。「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」メンズアーティスティックディレクターのヴァージル・アブローや現「ディオール(DIOR)」メンズ アーティスティック・ディレクターのキム・ジョーンズ(Kim Jones)も参加している。11年にはパリコレで”カニエ・ウェスト・レディースコレクション“を発表している。故アズディン・アライア(Azzedine Alaia)まで見にきていた。13、14年には「A.P.C.」とのコラボを2シーズン発表した。09年に発表した「イージー」は靴から始まったけれど、15年に服のコレクションを、ニューヨーク・ファッション・ウイーク中に発表している。
レイチェル:暑い中ずっと立たされていたモデルが次々と倒れたときかな?
メイ:それはシーズン4じゃないかな?ちなみに3月にはパリコレでシーズン8を発表してる。
スティービー:そういえばその頃、カニエは米「ヴォーグ(VOGUE)」編集長のアナ・ウィンター(Anna Wintour)に、数年以内に「エルメス(HERMES)」のクリエイティブ・ディレクターになりたいとも言っていた!
レイチェル:野心の塊ってことか。夢は声に出して周りに伝えた方がかなうとはよく言うけど。
スティービー:「ギャップ」との発表と同じ日に、カニエは「ウエスト・デイ・エバー(WEST DAY EVER)」というブランド名を商標登録したことを発表した。100種類以上のアパレルカテゴリーをカバーしているとか。ビューティに進出するといううわさもあるし。
メイ:その直後に、カニエの妻のキム・カーダシアン(Kim Kardashian West)は、化粧品ブランド「KKWビューティ(KKW BEAUTY)」の株20%をコティに2億ドル(約214億円)で売却している。
レイチェル:キムのハーフシスター(義妹)のカイリー・ジェンナー(Kylie Jenner)の「カイリーコスメティックス(KYLIE COSMETICS)」を買ったのもコティだったよね?
スティービー:コティは、昔はデザイナーズブランドの権利やセレブリティーの香水を出していた気がするけど、すでに大成功を収めたブランドを買う傾向にあるよね。
レイチェル:カイリーは、今年1月にコティに株式51%を6憶ドル(約642億円)で売却して、一時は“世界でいちばん若い“セルフメイド・ビリオネア”と騒がれたけど。最近は、実はそうでもなかったと言われている。厳しい。
メイ:どちらにしても、カニエもキムもスーパービジネスパーソンってことよね。家でも、ずっとビジネスの話をしているのではないかと想像してしまう。
レイチェル:それにしても独立記念日の7月4日には突然、大統領選に出るとか、突然言ったわりには何の手続きもとっていなかったりとお騒がせ。
スティービー:18年には、トランプ大統領に会いにホワイトハウスに押し掛けていたし。トランプが困っていたのを見たのは後にも先にもあのときだけ。今回トランプには失望したとコメントしてたけど、同時期にアルバムやスニーカーを発表していたから、ただのPRかも?と思う。「ギャップ」側も大統領選に出馬なんて話は聞いていなくて驚いたという話。
メイ:そもそもカニエは政治のこと分かるのかな?中絶反対を掲げているというのは聞いたけど。ファッションにとどまっていてほしいけど、勉強熱心だから本気になったら政治家になってしまう可能性もなきにしもあらず。
スティービー:セントルイスにあるワシントン大学では、「ポリティクス・オブ・カニエ・ウエスト」というクラスもあったらしいから。政治、人種、セクシャリティー、文化を分析するクラスらしい。カニエも、クラスに講師としても出ていたみたい。いろいろと興味があるんだね。
レイチェル:16年には、フェイスブック(FACEBOOK)のマーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)CEOに、「僕のアイデアに10億ドル(約1070億円)投資してほしい」とツイッターにポストしたりしているけど、実際にはどれくらいお金を持っているの?
スティービー:「イージー」のスニーカービジネスは、コロナ以前の昨年の時点で、33億ドル(約3500億円)の価値があると評価されているけど。
メイ:以前は、収入もあるけれど借金だらけとうわさに聞いていたカニエだけど、最近の「フォーブス(FORBES)」誌の調査で、晴れてビリオネアとして認定されている。正確には、13億ドル(約1400億円)の価値があるらしい。本人はもっと持っていると主張しているみたいだけど。
スティービー:読めない行動が多いカニエだけど、「ギャップ」とのパートナーシップは、途中でけんか別れとかにならずに最後までやり遂げてほしい。アメリカを代表するブランドがこれ以上なくなってほしくないからね。
メイ/クリエイティブディレクター : ファッションやビューティの広告キャンペーンやブランドコンサルティングを手掛ける。トップクリエイティブエージェンシーで経験を積んだ後、独立。自分のエージェンシーを経営する。仕事で海外、特にアジアに頻繁に足を運ぶ。オフィスから徒歩3分、トライベッカのロフトに暮らす
スティービー/ファッションエディター : アメリカを代表する某ファッション誌の有名編集長のもとでキャリアをスタート。ファッションおよびビューティエディトリアルのディレクションを行うほか、広告キャンペーンにも積極的に参加。10年前にチェルシーを引き上げ、現在はブルックリンのフォートグリーン在住
レイチェル/プロデューサー : PR会社およびキャスティングエージェンシーでの経験が買われ、プロデューサーとしてメイの運営するクリエイティブ・エージェンシーで働くようになって早3年。アーティストがこぞってスタジオを構えるヒップなブルックリンのブシュウィックに暮らし、最新のイベントに繰り出し、ファッション、ビューティ、モデル、セレブゴシップなどさまざまなトレンドを収集するのが日課