「アスカブックセラーズ」と聞いてピンと来た人は相当なファッション通、というかけっこうコアな業界人だろう。東日本最大のアパレル問屋街である東京・馬喰町エリアの、東日本橋駅B3出口から徒歩10秒、大手繊維商社モリリン東京支社のすぐそばの書店だ。30坪の店舗は、入り口でマスクと子ども用の数十種類のバスボムが出迎え、中に入ると左側には児童書や子ども向けの雑貨、右側にはファッション雑誌、正面に進むと文庫やマンガ、ビジネス書が雑然と並び、書店とも雑貨店とも言えない独特の品ぞろえだ。が、同時にふらりと立ち寄ったサラリーマンやOLが立ち読みをしていたり、ランドセルを背負ったまま学校帰りの小学生が座り込んでおもちゃを見ていたりする、昔ながらの書店の居心地の良さも漂わせている。
かつてはイースト東京エリアで随一を誇るファッション専門雑誌&書籍をそろえていたユニークな書店は、「WWDジャパン」「ファッションニュース」の袖看板に名残りをとどめつつ、繊維問屋跡地に次々と建ったマンション、今なお残る繊維問屋、古き良き下町情緒など新旧の変化を映し出すユニークな書店として街に彩りを添えている。「アスカブックセラーズ」店主の河邊健太郎トリオ&カンパニー代表取締役に話を聞いた。
WWD:ファッション雑誌からマスク、子ども用の雑貨まで、多種多様な商品を取り扱っていますね。
河邊健太郎店主(以下、河邊):いやあ、今は子ども向けの雑貨や日用品が売れてます。この場所に移転オープンをした当時はまだ繊維問屋や商社が多くて、ファッション専門の書籍や専門誌をかなり充実させたファッション専門書店にしたんですけど、正直あまり売れなかった。数年後に、ひょんなことから雑誌の納入先の繊維問屋から日用雑貨を仕入れられるルートができて、近隣のオフィスに勤めている女性をターゲットに、生活雑貨やキッチン雑貨、子ども用の日用品なんかを入れたら、それが売れた。ちょうどその頃から繊維問屋が減って、その跡地にマンションがどんどん建っていったので、若い女性に加え、小さな子ども連れの若い夫婦が増えました。一番売れているのは、小さい子ども向けの雑貨やおもちゃですね。このビルの2階も公文教室だし。書籍の仕入れは減らしましたが、ファッションの専門誌の方はむしろ休刊が多くて取り扱いが減った感じですね。
とはいえ、今でも外商を含めると本・雑誌の売り上げが全体の7割です。日用品や雑貨に比べて雑誌や本の方が単価は高いので。児童書もよく売れてます。
WWD:新型コロナの影響は?
河邊:4月から周辺のオフィスがクローズしたので街の人の数は激減しました。けど、うちのお客はオフィスワーカーだけでないので、お店はずっとオープンしていました。3月・4月はマスクや消毒液が売れました。
WWD:よく仕入れられましたね。
河邊:先ほども言ったように雑貨や日用品はファッション誌の納入先の地元の繊維問屋から仕入れていて、マスクなどもその繊維問屋から仕入れられたので。隣のドラッグストアチェーンではずっと売り切れているのに、なぜか「アスカブックセラーズ」では売っていました。価格も安かったですし、飛ぶように売れましたね。
WWD:高くしようとは思わなかった?
河邊:うちみたいな小さな店舗は、信用・信頼が第一なんです。そのときに売れても、高い値付けで地元の顔なじみのお客に嫌われたら主力の本や雑貨が売れなくなっちゃいますよ。とはいえ、マスクや消毒液を買っていったのは顔なじみのお客というより、見たことのない新規のお客でした。うちはSNSやウェブサイトもないのに、商品を並べるとどこからともなくお客が買いに来るので不思議でしたね。
WWD:開店は朝8時とかなり早く、営業時間は21時までと長い。なぜですか?
河邊:早いですか?先代、先々代からずっとそうだったからなあ。昔からやっている書店なら普通だと思います。朝の出勤前に立ち寄るお客さんも多いですよ。ただ、閉店時間は22時だったのを5年前に21時に変えました。隣のドラッグストアやドトールもそのくらいなんでね。1時間早めてだいぶ楽になりました。
WWD:1日の平均的なスケジュールは?
河邊:朝7時に店舗に来て、人形町の日本橋図書館に納品に行って戻ってきたら開店準備をして、8時に店を開けます。9時にアルバイトが来たら外商先への配達はお願いして彼・彼女が戻ってきたら、私は週1〜3回くらいのペースで雑貨を仕入れに馬喰町の問屋さんに打ち合わせに行っています。21時に閉店して家に帰るのは22時前くらいですね。
WWD:客層は?
河邊:店舗の方は男女問わず、このあたりのオフィスワーカーと近隣に住む若い夫婦と子どもがメーンです。移転オープンから考えると、客層に若い夫婦とその子どもはかなり増えました。あと、この数年で増えたお客はヘアサロンの人ですね。よくファッション雑誌を買いに来ます。この馬喰町エリアにオシャレなサロンや飲食店、デザイン事務所などが増えたことを実感しています。
WWD:小さな書店と言えば外商が重要だが、やはり売り先は繊維問屋?
河邊:そうです。書店の場合、外商と言っても配達料は無料だし、それほど積極的に営業を掛けているわけではありません。それでも近隣の書店が廃業すると引き継いでいるので、配達エリアはこの東日本橋・馬喰町を中心に浅草橋、岩本町くらいまで広がっています。それでもピーク時の半分くらいかなあ。納品の主力はやっぱりファッション雑誌です。最大の売り先は豊島さんで、その他はエトワール海渡さん、ブルーミング中西さん、コスギ(旧小杉産業)さんも多い。ご近所ですがモリリンさんは少ないです(笑)。けど社員の方には、よくご来店いただいています。
WWD:最近の売れ筋は?
河邊:うちに限らずだと思いますが、児童書ですね。「どっちが強いの?」シリーズ(KADOKAWA)、「科学漫画サバイバルシリーズ」(朝日新聞出版)は置くと飛ぶように売れていきます。ファッション雑誌・本だと売れているのは「ジゼル(GISELe)」と「ファッジ(FUDGE)」です。外商だと「ファッジ」が強く、来店客だと「ジゼル」の伸びがすごいです。きちんと個性があるからかな、と。あとマスクや消毒液などのコロナグッズも売れています。
WWD:ファッション関連の書籍や雑誌も店舗を見ると、まだ多いようにも見えるが。
河邊:面陳(雑誌や本を棚に立て、背ではなく表紙を見せて陳列すること)しているから、多く見えるのだと思います。実際に雑貨に比べて単価も高いですし、特に雑誌はこの数年で、付録のある宝島社を筆頭に価格が高くなってますよね。
WWD:これまでの最大のベストセラーは?
河邊:書籍だと岡本太郎の「自分の中に毒を持て」(1993年、青春出版社)と松下幸之助の「道をひらく」(1968年、PHP研究所)です。開店以来、コンスタントにずっと売れ続けているので、数百冊は行っているんじゃないかな。
WWD:書店経営の醍醐味は?
河邊:サラリーマンと比べて気楽なところですかね。朝早いのも、サラリーマン時代も朝7時から勤務していたので、そんなに変わりはないですし。もちろん苦労もあります。僕が跡を継ぎ、住居を兼ねていた店舗を移転させるときは、父とだいぶ揉めました。借金までして家賃を払う必要がなんであるんだってね。移転前は、それこそ外商が売り上げの8割の小さなお店でしたから。当初はファッション専門書店、その後は雑貨も売るようになって。自分で全部決められるところはやっぱり面白いですよ。
WWD:最後に「WWDジャパン」のイチオシは?
河邊:雑誌特集はいつも熟読しています。ファッション雑誌をずっと売っていますが、なかなか中の人の顔が見える機会はないので。
■アスカブックセラーズ
創業:1950年
店舗面積:30坪
営業時間:8時〜21時
休日:不定休
住所:東京都中央区東日本橋2-2-4 東日本橋駅前ビル
電話番号:03-3863-3417