「ニューバランス(NEW BALANCE)」は、“M1300”の発売35周年を記念し、オールハンドメイドの日本製モデル“M1300JPJ”を7月に数量限定で抽選販売し、即完売した。発表直後から話題となり、予約サイトに抽選の申し込みが殺到。6万8000円(税抜)という高額にもかかわらず、激しい争奪戦となった。“M1300”は1985年に発売されて以来、衝撃吸収性の高い“エンキャップ(ENCAP)”を用いた履き心地の良さとクラシカルな見た目で長年愛されているモデルで、“M1300JPJ”は靴職人の三村仁司が率いる「ミムラボ(M.Lab)」が約2年をかけて制作した。「ミムラボ」は数々の競技用シューズを製造してアスリートを支えてきたが、タウンユースのシューズを手掛けたのは今回が初めてだ。三村氏の息子である三村修司「ミムラボ」専務取締役は、「商品化にはさまざまな苦労があった」と振り返る。同氏に“M1300JPJ”への思いや制作過程のエピソード、今後の展望などについて尋ねた。
WWD:いつからこのプロジェクトに取り掛かった?
三村修司ミムラボ専務取締役(以下、三村):2年ほど前に声を掛けてもらい制作に取りかかりました。日本のクラフツマンシップを世界に発信するという大きなコンセプトはありましたが、アニバーサリーを祝うポップな雰囲気にするのか、あるいは上品に仕上げるのか、完成形のイメージは全く浮かんでいませんでした。「ニューバランス」とはパートナーシップを結んでいるとはいえ、最初は完成するのかどうかはとても不安でした(笑)。しかし、価格帯やマーケティングプランが定まってきたとき、「パッと見て上品なシューズ」という確かなイメージが持てるようになりました。その瞬間から、迷わず制作に打ち込むことができました。
WWD:ミムラボとしてタウンユースのシューズを作ったのは初めて。競技用シューズと異なり難しかった点は?
三村:いつもは選手のサポートだけを考え、最新技術を駆使したマーケットと別軸のシューズをゼロから作っています。一方、今回は「ニューバランス」の“1300”という確固たるベースがあるので、このモデルの持つ価値を継承し、新しい見え方にアレンジする必要がありました。デザインは無限大ですから、試行錯誤を繰り返し、何度もフィードバックをもらってじっくり作っていきました。サンプルをもらい、木型に当て込んでパターンを完成させるまではおよそ1年。その後もステッチ幅や縫製カーブの角度など、細かな部分までやりとりしながら、ベストなデザインを目指すために微調整を繰り返しました。
WWD:大まかなデザインが決まってからはスムーズに制作は進んだ?
三村:いいえ、その後もいろんな壁にぶつかりました。例えば、今回のモデルは本革をはじめとした自然素材のみを使うことで日本のクラフツマンシップを表現していますが、私たちが手掛けている陸上やランニングは人工皮革がメインです。本革を使うことはほとんどないんです。慣れない素材だったので、単純な加工でもいつもの感覚と異なるため、いつも以上に時間をかけて丁寧に制作していきました。
WWD:独特な色合いを出すのも苦労したとか。
三村:そうなんです。“1300“はメッシュ部分のブルーがかったグレーをはじめ、その独特な色味がオーソリティーにつながっています。これを本革で再現するのはとても難しく、試作品を何度も作りました。また、パーツ一つ一つのコンディションが微妙に異なるため、完成後の仕上がりが左右で違うこともありました。これを防ぐために、コンディションのいいパーツのみを選定し、それぞれに番号を振るなど、徹底した管理のもとで作り上げていきました。
WWD:本革で“1300“の形を再現するのは大変だった?
三村:とても骨の折れる作業ばかりでしたよ。木型を入れたまま2〜3日寝かすことで革を馴染ませ、パターンの再現性を高めるなど、高級シューズメーカーが行うような工程を採用し、一つも妥協することなく作りこみました。ニューバランスさんの本気の姿勢にも刺激を受けて、世界に誇れる仕事ができたと自負しています。
WWD:タウンユースも今後は積極的に制作していきたい?
三村:工房という雰囲気で一つのシューズを作り込めることが私たちの強み。この協業を経て、「この強みはトレーニングだけでなくファッションにも生かせるかも」と考えるようになりました。ニューバランスとのお仕事はもちろん、そのほかの可能性も含め、この工房からメイドインジャパンの価値を発信していけたらうれしいです。