エディ・スリマン(Hedi Slimane)による「セリーヌ(CELINE)」は7月29日、2021年春夏メンズ・コレクションを発表した。コレクションは“THE DANCING KID”と題してティックトック(TikTok)でクリエイティビティーを発揮する若者をドキュメンタリーのように“記録”したもので、ティックトックが生んだE-boyや昨今のスケートカルチャーに着想を得たアイテムやスタイルを打ち出した。国内外のメンズコレクション担当としてエディのクリエイションを追いかけてきた30代記者・大塚千践「WWDジャパン」ニュースデスクと、ロックダウン中にティックトックにハマった25歳記者・丸山瑠璃ソーシャルエディターが対談し、それぞれの視点で今回のコレクションを読み解く。
丸山:「セリーヌ」の2021年春夏メンズは、見る人によって評価が分かれそうなコレクションでしたね。なので、「WWD JAPAN.com」でも異なる視点を持った記者がそれぞれの解釈を反映させたコレクション・リポートにすべく、対談形式でお届けします。早速ですが、長年エディのクリエイションを見てきた大塚さんは今回のコレクション、どう思いましたか?
大塚:いろいろな意見があるけれど、誰が見ても一目瞭然で変えてきたよね。最近だと英国での滞在から着想した不良少年のテーラード“テッズ”や、セルジュ・ゲンズブール(Serge Gainsbourg)を想起させる直球のフレンチ、そしてそれらをよりクラシックにしたフォーマルなどさまざまな引用はあるけれど、全て“フレンチシック”であることにこだわっていた。でも今季は、一見するとアメリカ西海岸のスケーター風なストリート路線。エディ好きなら「いよいよ出してきたな」感があって受け止められるかもしれないけれど、戸惑った人は多いだろうね。
丸山:「え、そこから?」な質問で恐縮ですが、エディはアメリカ西海岸のスケーター風なスタイルが実は好きなのでしたっけ?ひたすらロックなスタイルが好みなのかと思っていましたが……。確かに一見アメリカ西海岸のスケーター風なストリート路線なのですが、外出自粛期間中にティックトックをずっと見ていた自分からするともう、ティックトッカーが歩いているようにしか見えませんでした。「あ!ティックトックにこういうスタイルの人いる!わかる〜!」の連続でした。
大塚:スケーターのスタイルを追求したというより、ロックも含め身の回りのユースカルチャーを積極的にフックするのが彼のクリエイションの礎だから、今回はティックトッカーがズバリだったんでしょう。正直、完全に予想外だったわ(笑)。ただ「サンローラン(SAINT LAUREN)」にいたころはアメリカの西海岸に住んでいたし、今回のコレクションにもそのムードは当然入っているとは思うけどね。実際に「サンローラン」の16年春夏メンズでも、今回のようなパームツリーやアニマル、チェックやボーダーといった柄を連打していたから、2つのコレクションをつなげる人も多いんじゃないかな。
丸山:今「サンローラン」16年春夏メンズを見てきましたが、確かに似ていますね。両者の違いは何でしょう?それとも同じことを繰り返そうとしている?
大塚:いや、「サンローラン」ではカート・コバーン(Kurt Cobain)起点のグランジを、「セリーヌ」ではティックトッカーの自由なミックス感覚を描いたという明確な違いはあって、若者の価値観の移り変わりを見ているようで面白いね。正直、ティックトックについて全く知らないんだけど、ティックトッカーってこんな自由にファッション楽しんでるんだなーというのが伝わってきたから興味出たもん。
丸山:そう、ティックトックっていろんなスタイルの人がいるんですよね。そして一つのスタイルに縛られずさまざまなテイストのスタイリングを楽しむ人もいる。コレクションは、彼らのスタイルをそのまま描写してきたかリミックスしているようでした。今回大きな引用元となったE-boyからは、部分的なヘアカラーやゴツめのネックレス、TシャツとロンTのレイヤード、ボーダーシャツ、バンドTシャツ、動くたびに揺れるピアスなどをピックアップ。一方西海岸のスケーターからは、スケーターシューズやタイダイアイテムやパームツリーモチーフなどをピックアップしていました。
そのほかにも踊りやすいスエットパンツやそこからチラ見せするロゴ入りのアンダーウエア、ロックダウンで外に出れないからこそのパジャマっぽいパンツやユルいニット、さらに古着店で見つけてきたようなアイテムの数々も、ティックトックでよく見かけるアイテム。ジェンダーフリュイドな価値観を持つユーザーが多いティックトックではスカートをはくメンズも珍しくありません。そんな“ティックトッカーあるある”なアイテムや6人のアーティストの作品を取り入れたプリントやモチーフなど、さまざまな要素で構成されていたものの、スタイリングの妙はさすがでした。こんなに複雑なのにバランスがよいスタイリングのティックトッカーはなかなかいないですね。
大塚:なるほど、エディの強みってMDのバランス感で、“売るアイテム”をちゃんと意識的に作れること。でも最近の「セリーヌ」はスタイル先行の印象で、“売るアイテム”がコレクションとちょっとなじんでいないようにも見えていたんだよね。例えばロゴ入りのアイテムとかキャッチーなアクセサリーとか。それを今回はスタイルになじませてきた、もしくはなじむスタイルを選んできたのはさすがだなと思った。
あとヘルメットにも驚いたのだけど、さすがにティックトッカーにあんな人はいないよね(笑)?会場のポール・リカール・サーキット(Circuit Du Castellet)はF-1のフランスグランプリ開催地だからそれにちなんだものだと思うけれど、ショーの場所としてここを選んだのもF-1や音楽フェスなど開催中止になった数々のイベントに対するエディの思いが込められているんだよね。最後に登場したLEDライト付きのジャケットも、そんなイベントに捧げる「夜を取り戻す」ってメッセージがあるらしい。
丸山:自分はティックトック脳すぎてヘルメットは初心者のスケーターを表しているのか!?と一瞬思ったのですが、間違いなくF-1へのオマージュだと思います(笑)。光るジャケットはそのメッセージだけでなく、ティックトックユーザーたちのベッドルームからもインスパイアされているそうですよ。彼らの間で自分たちのベッドルームをLEDライトで装飾したり、夜空のプロジェクターをつけたりすることがはやっているんです。実はあのLEDライトは「アマゾン(AMAZON)」で15ドル(約1600円)くらいで買えちゃうのも、ティーンに普及した理由の一つかもしれません。いち早くコレクションを身につけていたチェイス・ハドソン(Chase Hudson)とアンソニー・リーヴス(Anthony Reevs)もコレクション発表後に早速暗いベッドルームでジャケットを着用していました。ちなみにティーザー動画で意味深に映っていたネイルは、モデルがほとんどポケットに手を突っ込んで歩いていたので全然見えず(泣)。商品化への望みはありますか?
大塚:ネイルはまだ情報がないけど、期待はできるんじゃない?ティーザー動画であれだけ主張していたってことはシーズンを象徴するピースの一つな訳だし。色もかわいかったもんね。あとLEDライト付きのジャケットも商品化されるかわからないけど、ちょっと着てみたい。ただショー会場でもこれを着るのはめちゃくちゃ勇気いるよね。暗がりで「あいつまだ光ってるよ」的な(笑)。そういえばショーのBGMもティックトック発なんでしょ?
丸山:会場が暗転してるときにピカピカ光ってたらめちゃくちゃ目立ちますね(笑)。自分は、ライブやフェスで出演アーティストにぜひ着用してほしい!と思いました。21年夏にはショーもフェスも開催できるといいですね……!そう、BGMはティックトックでヒット音源をリリースし続けているラッパー、ティアグス(Tiagz)の「They Call Me Tiago (Her Name Is Margo)」という曲。彼はティックトック上でバズっている音をサンプリングしてくるのが特徴で、その制作の裏側も公開しているのですが、ティックトックで流行るビートやバズるポイントを徹底的に研究していて、かなりの戦略家です。
エディと音楽は切っても切れない関係ですが、ティックトックは音楽市場に絶大な影響力を持っています。ビルボードのチャート上位に入るにはティックトックでバズることがもはや必須なレベルです。大塚さん、この画像、8月1日のビルボードのトップ10なのですが、このうち何曲がティックトックでヒットしたものか当ててみてください。
大塚:ビルボードといえば音楽のトレンドがわかるランキングでしょ。僕が好きなロックはいつの間にかランキングとは縁遠くなってしまったけれど、丸山さんがそこまでいうならティックトックで人気の曲も2、3曲は入ってるんじゃないの?
丸山:実は、正解は8曲です。7月17日にリリースしたばかりのDJキャレド(DJ Khaled)とドレイク(Drake)の曲以外の8曲全て、ティックトックで2万以上の投稿があります。6位の「Savage」なんて3000万投稿もあります(計測は8月3日時点)。再生回数じゃなくて、投稿数ですよ!
大塚:えええ!?8曲ってほぼ全部じゃん。ティックトックってそんなに浸透しているんだ……。
丸山:そうなんです。でも、意外とみんなこれらの曲がティックトックでヒットしているからということを知らないのではないでしょうか。もしくは、まだ世間がティックトックによいイメージを持っていないから、知ってても隠しているのかもしれません。バズっている曲をユーチューブで見ると、コメント欄で「ティックトックから来てない人は“いいね”して」や「ティックトックがこの曲を台無しにした」というコメントに大量に“いいね”がついていたりします。これを見ると、ティックトック内でどれだけ評価されていても、実際に才能があっても、ティックトックというだけでバイアスがかかって評価が低くなるという現状があるのかもしれません。だからこそエディがティックトック発の音源を採用したのはすごく意味があることなんです。もともと彼は自宅のガレージでライブしていたようなインディーズバンドの曲をショーのBGMに採用したり、ショーに招待して彼らに注目が集まるように努めてきました。そんな彼がティックトック発の曲を採用したことは、ティアグスの才能を認めてスポットライトを当てようとしているのかもしれないと私は解釈しました。エディと世界的なブランドに認められることで、ティックトック発のクリエイターに降りかかるネガティブなイメージを払拭できるかもしれません。
大塚:まあでも新しい価値観が生まれるときって、反対の声も自然と大きくなりますから。それこそエディが「セリーヌ」で初めてコレクションを発表したときも否定的な声が多かった訳で。ただ裏を返せば注目度が高いということだし、ティックトックは安全性の面などで最近情報が錯綜しているけれど、今が文化として浸透していくかどうかの岐路なのかもね。
丸山:そうですね。このコレクションやアイデアは3月までには完成していたそうで、ここまで事が大きくなる前なのですが、疑惑の真偽にかかわらず、ティックトックのクリエイターの才能は正当に評価されるべきだと思います。「よくわからないけど若い子がキャピキャピ踊っているだけでしょ」という大人が少なくない中、そういったバイアスなしにエディがきちんと評価してくれたということは、クリエイターの励みになるのではないでしょうか。そして、自身が彼らの才能を評価していることをティックトック上の元ネタを知っている人にしかわからない方法で、いわば大人にはわからない方法で若者に伝えようとしたのかもしれません。ユースへの共鳴と大人への反骨精神みたいなものは、エディのクリエイションの根幹にあるものですし、今回のコレクションでエディがいつの時代も若者から人気を集める理由があらためてわかった気がします。
チェイス・ハドソンらと同様、発表前にいち早くコレクションを身につけていたカーティス・ローチ(Curtis Roach)も、ロックダウン中に作った「Bored In The House」という音源がヒットし、タイガ(Tyga)とコラボするほどのスターになった人物なんですが、彼の「エディ・スリマンが俺の名前知ってるんだって!」というツイートにはうるっときました。
大塚:そうそう。エディがフックして知名度が急上昇するバンドが昔は山ほどいたから。若い世代のスタイルをガラリと変えたし。10年以上前にエディがお気に入りのバンドのライブに行って客のファッションチェックをしていたら、大塚調べで4割がピチピチのパンツ、2割がピタピタのテーラードジャケットを暑いのに脱がない、1割がヒールブーツみたいな感じだった記憶(笑)。そしてさっきからティックトックについて無知をさらしまくっているわけですが、ファッション界で今後影響力を高めていきそうな、最低限覚えておいた方がいいティックトッカーを教えてください!
丸山:エディが19年末に撮影してキャンペーンに起用したノエン・ユバンクス(Noen Eubanks)は絶対覚えておいていただきたいです!今回も早速コレクションを着用した4人のうちの一人になっていますが、彼を起点にエディが10代のアイドルを撮影するポートレートシリーズ、“PORTRAIT OF A TEEN IDOL”が始まったので、かなり重要人物です。彼のスタイルはまさにE-boy。今回のコレクションへの影響も大きいのではないでしょうか。
それから、「プラダ(PRADA)」の20-21年秋冬のショーにも招待されていたチャーリー・ダメリオ(Charli D'Amelio)も最低限覚えておいた方がいい人物です。彼女はティックトックで現在一番フォロワーが多い(8月3日時点で7600万)のですが、彼女が使った音源やダンスはほぼヒットすると思っていいくらい、ティックトック内のエコシステムを回すほどの影響力があります。彼女が自分の音源を使ってくれると、作ったクリエイターは大喜びして、他の人にもわかるように曲名を「チャーリーが使ってくれた曲!」とかに変えたりするんです(笑)。
大塚:全然知らなかった……。でもリアルなユースカルチャーへの理解が深まると、今シーズンの「セリーヌ」もまた違って見えて面白いね。勉強します!