ファッション

構想10年!「バーチャル伊勢丹」発起人の大いなる野望

 コロナ禍の中、三越伊勢丹ホールディングスでは現実世界を超えたビジネスの発想も生まれている。同社は4月29日〜5月10日にかけて開催された世界最大級のバーチャルリアリティ(VR)上の展示即売イベント「バーチャルマーケット(以下、VM)」内の仮想都市「パラリアルトーキョー」に、伊勢丹新宿本店の仮装店舗(以下、バーチャル伊勢丹)をトライアル出店した。HIKKY(東京、舟越靖社長)の主催で2018年に始まり、第4回となったVMには過去最多のクリエイター1400組超、企業43社が出展。来場者も過去最多の70万人超にのぼった。

 VMで販売されたのは「バーチャルアイテム」と呼ばれるアバター着せ替え用の3DCG素材。バーチャル伊勢丹では同社の婦人靴のPB「エヌティー(NT)」やメンズブランド「ミノトール(MINOTAUR)」がデザインした着せ替えアイテムなどを出品。さらに同社ECに誘導して、実在の商品も販売した。仮想現実の世界ではコロナの影響もなければ、集客の制限もない。バーチャル伊勢丹も想定の20倍を超える“来店客”で大いににぎわった。

 発案者は同社チーフオフィサー室関連事業推進部の仲田朝彦氏。「2021年中にはファッション領域でバーチャル伊勢丹を事業化したい」と意気込む。単なるアバター衣装の販売ビジネスにとどまらず、「アパレルブランドのCADデータを活用したデータ販売」「バーチャルファッションショー」などさまざまな可能性を思い描く仲田氏に、今後の展望を聞いた。

WWD:VMに出店するというアイデアはいつから?

仲田朝彦・三越伊勢丹HDチーフオフィサー室関連事業推進部担当(以下、仲田):入社(2008年)からずっとですね。当時はアップルのiPhoneが登場したエポックメイキングな年でもあったのですが、(地図アプリの)「グーグル アース(GOOGLE EARTH)」でワシントンD.C.の街並みが3Dマップ上にリアルに映し出された姿を見て、驚愕しました。同時に、「いつかここ(仮想世界)に百貨店を建てたい!」とすごくワクワクしたのを覚えています。それから10年余り。社内プレゼンは失敗もしましたが、今回ようやくトライアルにこぎつけました。CGのノウハウは独学で、バーチャル伊勢丹も僕の“手作り”です。でも特別な技術やスキルがあるわけではなくて、すごいのはCGソフトの方。しかもそれが無料で手に入る世の中です。バーチャル世界での不動産開発はリアルの世界と違って、膨大な労力も手間もいらない。やるかやらないか、それだけです。

WWD:なぜ百貨店がバーチャル領域でチャレンジすべきだと思ったのですか?

仲田:百貨店には販売員の接客はもちろん、商品自体の価値、陳列のノウハウなどさまざまな価値が凝縮しているのに、当社の営業利益率は2%ほど。“対価“としては、あまりに少ないのではないかと常々思ってきました。入社当時、大学の同級生に「百貨店?オワコンじゃん」と言われた悔しさも、ずっとくすぶっていましたね。それからしばらく働いているうち、お客さまと商品・サービスの間に立って付加価値を生み出す販売員の力は、やはり百貨店の財産だと再認識しました。同時に「接客の価値は、売るものがモノじゃなくても、リアルではなくバーチャルの世界でも、生かせるのではないか?」と感じていて、今回のバーチャル伊勢丹はそれを実証する場でした。

バーチャルでも「おもてなし」 拡大するアバター市場に商機

WWD:成果は?

仲田:今回のVMには企業40社と約1400サークル(個人など小規模のコミュニティ単位)がブース出店しました。東京タワーや歌舞伎座など、東京のランドマークを再現した仮想都市に、伊勢丹新宿本店の1/10スケールのバーチャル伊勢丹を出店しました。当社の婦人服のPBである「エヌティ」から伊勢丹のチェックをあしらった商品や文化服装学園とのコラボアウター、メンズブランド「ミノトール」などの商品を用意し、一部商品はECに誘導して販売しました。アバターは現実世界とは性別が違う人間、猫やサルなどで作ることもできるので、尋常ならざる姿のお客さまが次々と伊勢丹新宿本店の中に入ってくる光景に私自身、「どう接客したらいいんだろう…」と硬直してしまいましたが……。チャットですぐに打ち解けることができました。リアルでもバーチャルでも、接客に求められるものはやはり「おもてなし」でしたね。ECへの流入率は、通常のウェブ広告の5倍という結果で、SNSでは「初任給でファッションデータを買いました」なんて方もいらっしゃり、もう感無量でした。

WWD:今後はバーチャル伊勢丹をどうブラッシュアップする?

仲田:バーチャル上なら、圧倒的な商品群はそのままに、現実の百貨店のフロア構成を超えて自由にカスタマイズすることができます。たとえば「こだわりの食器でワインを楽しむ」といったコーナーも、リアル店舗であれば地下1階と5階という垣根があって難しいですが、バーチャル上なら軽やかに飛び越えられます。販売員にはバーチャルソムリエとして常駐してもらい、アドバイスも受けられるようにするなど、百貨店のさまざまな価値を掛け合わせるアイデアが生まれます。この冬には伊勢丹新宿本店の食品フロアを切り出して仮想空間展開を検討しています。そこでさまざまな課題を洗い出してブラッシュアップし、将来的には事業化も視野に入れながら、さまざまな可能性に挑戦したいと思っています。

WWD:アバター衣装販売について、ビジネスとしてのポテンシャルをどう見ていますか?

仲田:近年はSNSの浸透でオンラインとオフラインの垣根がなくなりつつあります。ここ数年は“ドラゴンクエスト(スクウエア・エニックス)”や“ファイナルファンタジー(同)”といった家庭ゲーム内でもSNSのようなコミュニティが無数に生まれるなど、どんどんソーシャルな要素が色濃くなっています。そういった背景からアバターファッションの存在感が増しており、あるゲーム内の一つの衣装だけで数億円の収益につながっている事例も生まれています。IT専門の調査会社IDC Japan(東京都)の試算では、アバター用アイテムの世界市場規模は19年末で5兆円、23年で17兆円。しかも、これはコロナ禍以前の予測です。日本の百貨店の市場規模が6兆円弱(2019年度、日本百貨店協会調べ)ですから、それをもうすぐ上回ることになります。アバター市場の中で、圧倒的なけん引役は日本です。アニメやマンガなど文化的な土壌が豊かで、バーチャル世界とも親和性が高いことなどが要因です。アバター衣装はデータゆえ原価が圧倒的に安く、輸送費もかからない。ですから高収益な商品が無限に生み出せます。百貨店店舗は24時間営業。お客さまも現実の自分の体型に関わらず、着られないと諦めていた服も楽しめますから、ビジネスチャンスは大きいと思います。

他業種の参入でBtoBビジネスの可能性が広がる

WWD:とはいえ、アバターの着せ替えのために数十万、数百万円と買う人はいるんでしょうか?

仲田:相当レアだと思います(笑)。ですからゲームで終わらせず、興味をリアルの洋服につなげることが必要になってきます。バーチャル上でなら、たとえば全身柄物のような、現実世界よりも少し攻めたようなアイテムも着用できますよね。ファッションは「成功体験」が大事です。百貨店に身を置いて思うのは、50万〜60万のスーツを購入されるお客さまは、お金があるばかりではなくて、それに何らかの対価があると知っているからです。「おしゃれをしてみたら異性にモテた」とか「自分に自信がついた」とか。バーチャル上でもそういった成功体験が生まれるでしょうし、それが現実世界でのファッションの興味にもつながると思うのです。それも若い世代ほど、ネットの世界は現実世界と同等、それ以上に“リアル”ですから。しかし前提として重要なのは、三越伊勢丹以外のプレイヤーがバーチャル世界に参入し、多様性が生まれることです。現在の取り組みのままでは着せ替えゲームの延長。バーチャル世界に小売業やそのほかの企業が参入すればそこに社会が生まれ、職業が生まれる。人々が仮想空間のピカデリーで映画を見たり、スポーツ観戦をしたり、レストランを利用したりするようになれば、TPOが生まれる。そうなると、アバターファッションの価値もますます高まりますね。

WWD:他社との協業では、どんなビジネスが考えられる?

仲田:今構想にあるのは、アバター衣装を活用したBtoBのソリューションビジネスです。現実では消費環境の変化で「服が余る時代」に突入しています。余らせないよう商品企画も売れ筋に走り、同じような服が増えて消費者のファッションへの意欲はますます萎んでいく。そういった構造的な問題にメスを入れるには、バーチャルという角度からのアプローチもあり得ると思います。具体的には、アパレルブランドやメーカーに、商品のテストマーケティングとしての場として活用して頂きたい。「挑戦的だけど、売れるかな……」というデザインを、まずはアバターアイテム化してもらってバーチャル伊勢丹で販売し、需要予測の指標として役立てていただく。商品化に至らぬまま倉庫に眠っていたラフやCADデータなどを元に、バーチャル上で作ってみたらヒットつながるかもしれません。また、若手デザイナーの発掘の場にもなるでしょう。仮想世界でデザインした服が話題になれば、百貨店やメーカーなどへの商談にもつながります。館の外では、商品のリードタイムがゼロであることを生かした即売形式のバーチャルファッションショーや、(バーチャル世界の)街中で素敵なファッションのアバターとすれ違ったときに、そのアイテムがワンクリックで買える仕組みなどを思い描いています。そこで私たちは何らかのマージン(手数料)をいただく。

WWD:すごい世界ですね。実現すれば、リアル店舗の役目はどうなるのでしょう?

仲田:めちゃくちゃハードルが上がると思います。現在、視覚と聴覚に関してはバーチャル上でもリアルをかなり再現できます。そして触覚、嗅覚、味覚も、これからの5G時代ではリアルだけのものであり続けるとは限らない。そうなると、現実の店舗の価値はどうなっていくのか?これはあくまで想像ですが、馴染みの販売員とお客さまの間で交わされる笑顔だったりとか、空気感だったりとか、そういった人と人が居合わせる現場にしか分からない「雰囲気」が価値として残っていく。そうなると、やはりそれを作り出せる人の価値がよりフォーカスされていくようになると思います。

WWD:なるほど。夢が広がりますね。

仲田:当社の現在の顧客平均年齢は40代後半ですが、バーチャルマーケットは若者20〜30代の若者が多く、ユーザーの7割が外国人。国内のスマホユーザーは5500万人といわれていますが、世界には20億人います。バーチャルの世界で三越伊勢丹ブランドを多方面で発信できれば、無限の可能性が眠っています。……と、ここまでの話を当社の上層部にプレゼンしたところ、初回は皆さんの心に響かず撃沈したのですが(笑)、2度目の今回は「すごい未来だね」と拍手をしてくれました。しかし、「これは夢のような話ではなくて、今やるべきなんだ」と分かってもらわなくちゃいけない。だから今は必死に足を動かして、絵に描いた餅で終わらせぬよう、ビジョンを共有しながら一緒に取り組めるパートナーを探しているところです。

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