ファッション業界の御意見番であるコンサルタントの小島健輔氏が、日々のニュースの裏側を解説する。今回は2020年4〜6月期決算からユナイテッドアローズとワールドを比較。そこから何が見えるのか。
8月5日にユナイテッドアローズとワールドの第1四半期決算(4〜6月)が発表された。どちらもコロナ禍による休業などで売り上げが大きく落ち込んで少なからぬ損失を計上したが、苦境下での売り上げの確保や販管費の圧縮、過剰在庫の処理や資金繰りなど、ユナイテッドアローズが防戦一方だったのに対し、ワールドのしたたかさが対照的だった。
売り上げと営業利益のダメージに格差
ユナイテッドアローズは売り上げが前年同期から40.8%、153億700万円減少し、営業損益も相応に50億1900万円の損失、四半期損益も35億1800万円の損失となった。対してワールドは売り上げが前年同期から45.0%、269億9600万円も減ったのに、営業損益は31億8400万円の損失、四半期損益も24億2800万円の損失と、ユナイテッドアローズに比べれば収益の落ち込みが小さかった。
ユナイテッドアローズが販管費を前年同期対比15.7%しか抑制できなかったのに対し、ワールドはほぼ30%も切り詰めたことが要因だが、その中身を見るとワールドのしたたかさに驚かされる。
売り上げ対比の人件費率はユナイテッドアローズが前年同期の16.9%から27.4%(+10.5ポイント)に、ワールドが同18.7%から24.3%(+5.6ポイント)と、売り上げの減少に対する負担率の上昇が倍近く違うし、前年同期からの圧縮率もユナイテッドアローズの4.5%に対してワールドは28.4%と6倍も違う。ユナイテッドアローズは残業の抑制程度でほとんど切り詰められなかったのに対し、ワールドは一時帰休でバッサリと切り詰めている。
売り上げ対比の賃料負担率はもっと格差がある。ユナイテッドアローズが前年同期の14.2%から18.4%へと4.2ポイントも増大したのに対し、ワールドは同10.3%から4.1%へと逆に6.2ポイントも落としている。圧縮率もユナイテッドアローズの23.4%に対して78.1%と、いったいどんな手を打ったのかと驚愕するほどだ。
ユナイテッドアローズが従業員に対してもデベロッパーに対しても慎重な対応にとどまったのに対し、ワールドはしたたかに踏み込んで大ナタを振るった。この差はどこから来たのだろうか。
キャッシュフローと在庫処分の格差
「小島健輔リポート 上場アパレル6社は過剰在庫をどう処分したか」(7月28日掲載)と同様の計算で両社の在庫処分状況を推計してみた。
ユナイテッドアローズは売り上げが153億700万円減少して在庫が32億6400万円増加しているから、処分すべき在庫は54億円ほどだった。売上原価率が11.3ポイント上昇した分を値引きロスの増加と見れば、処分された在庫は42億6000万円ほどで、過剰在庫の78.9%が処理されたと推計される。
ワールドは売り上げが269億9600万円減少して在庫が31億7600万円増加しているから、処分すべき在庫は84億3000万円ほどだった。売上原価率が6.1ポイント上昇した分を値引きロスの増加と見れば、処分された在庫は26億円ほどで、過剰在庫の30.9%が処理されたと推計される。
処分率が高いほど売上原価率が上昇して損益を圧迫する。在庫の期中処分率が両社で48ポイントも違うのは、ユナイテッドアローズの方がトレンド性が強く、期中処分せざるを得ない在庫が多かったこともあろうが、もっと大きかったのは両社のキャッシュフロー経営の格差だったのではないか。
6月末純資産はユナイテッドアローズが前期末から52億4300万円減の368億2900万円(前期売り上げの23.4%)、ワールドが32億900万円減の783億1000万円(前期売り上げの33.1%)と、売り上げ規模相応から大きくは外れていない。自己資本比率もユナイテッドアローズは前期末の55.2%から6月末で43.7%に落ちたとはいえ、前期末の31.1%から6月末で29.2%に落ちたワールドよりひと回り余裕があるようにさえ見える。
しかし純資産に対する必要運転資金比率で見ると、ユナイテッドアローズは前期末でも432億円の運転資金負担が重く117.2%と資金繰りがタイトで、6月末には509億円まで肥大して138.1%まで悪化。短期借入金(運転資金)を141億円も借り増して187億円に膨れ上がった。
対してワールドは前期で2362億6500万円も売りながら83億円の回転差資金状態(運転資金が不要)にあり、売り上げが45%も減った非常事態の6月末でも140億円しか要しておらず、純資産に対する必要運転資金比率も17.9%と資金繰りには十分な余裕がある。
ユナイテッドアローズは棚資産回転が前期の124.8日から226.1日へ、ワールドも89.2日から182.2日へ急失速したが、ユナイテッドアローズが買掛債務回転を51.0日から66.3日へ15.3日しか延ばさなかったのに対し、ワールドは通常時でも長い132.8日から198.7日へ65.9日(2カ月強!)も延ばしている。恐らくは商品調達の商社依存比率が相当に高いのだろうが、したたかさも極まれりの感がある。
ワールドはユナイテッドアローズのように在庫の換金を急ぐ必要がなく、持ち越して有利に換金する選択が可能で、過剰在庫の30.9%しか見切らなかったのだ。
通期見通しにみるガバナンスの差
ワールドは21年3月期の売り上げを15.7%減の1992億円、営業損益を67億8000万円の赤字、当期損益を77億8000万円の赤字と見通しているが、ユナイテッドアローズは売り上げを20.0%減の1259億1500万円〜16.7%減の1310億8300万円、営業損益を50億〜70億円の赤字と幅をもたせており、当期損益の見通しは発表していない。
これをどう見るかだが、コロナ危機にあってもワールドが達成への経営手腕を確信しているのに対し、ユナイテッドアローズはダメージから立ち直れないまま達成への経営手腕を確信できないでいる、と受け止められる。実際の経営において、この差は決定的に大きい。「どこまでできるか確信できないが頑張ります」と「当社にはやり遂げる経営手腕があります」では、社員も取引先も銀行も出資者も受け止めかたが違う。コロナ危機でそんなガバナンスの格差が露呈したのではないだろうか。
ユナイテッドアローズは顧客や取引先の支持を得て堅実に成長してきたように見えるが、09年に発するABCマートによる同社株式買い占めと資本提携、その解消と株式買い取りを経て12年4月に創業者の重松理氏が代表権のない会長に退き、現社長の竹田光広氏に交代して以降、会社のオーナーシップが見えなくなり、株主を向いた経営指標ばかり追って現場に根付いた経営理念が空洞化したきらいがある。
顧客や現場より株主を向いた経営陣はユナイテッドアローズ創業来の専門店理念を軽んじ、重松氏が育ててきた生え抜きの幹部は大半が会社を去った。そんなユナイテッドアローズには、想定外の緊急事態を乗り越える組織の一体感や不屈のしたたかさなど、期待すべくもなかったのかも知れない。
リストラの踏み込みにも違い
コロナ危機で露呈した事業構造の時代錯誤と脆弱さに対しては両社とも大なり小なりリストラ策を発表しているが、そこにも危機感と踏み込みの極端な格差が指摘される。
ワールドが8月5日付の「構造改革の実施について」で5ブランドの撤退と358店(国内2460店の14.6%)の退店、200人の希望退職など構造改革を列挙し、それに要する具体的な項目別損失と会計処理(退店費用21億円、のれん減損17億円、商品廃棄4億円、希望退職加算金12億円など計57億円)まで開示しているのに対し、ユナイテッドアローズは同日の第1四半期決算発表会で漠然とした方向性を掲げるにとどまり、具体的なリストラ策もそれに要する費用も開示していない。踏み込みが甘いというより、経営陣としての当事者感覚さえ疑われる。
ユナイテッドアローズの経営陣は瀬戸際に追い詰められてようやく、私が幾度も指摘してきた過剰在庫や賃料負担、売上金回収の問題(全て駅ビル偏重の出店政策の誤り)を痛感し、キャッシュフロー経営にも目覚めたようだが、遅きに失したとの指摘は免れない。そんな後手後手ではアフターコロナ(同時にウイズコロナでもある)のライフスタイルの急速なカジュアル化、衣料消費の生活圏シフトと一段の低価格化、C&C(クイック&コレクト)を軸としたローカルOMO(オンラインとオフラインの融合)化の奔流に置き去りにされかねない。
何があっても組織一体で難局を乗り切る当事者感覚とガバナンスこそ、今のユナイテッドアローズに問われているものではないか。