渋谷センター街の入り口にある「大盛堂書店」をご存知だろうか。かつてセンター街にたむろしていたギャル・ギャル男なら一度ならず雑誌を購入したことがあるだろうし、渋谷で働くファッション関係者なら白地に青い字の看板を目にしたことがあるはずだ。30坪に満たない1階の店舗には、ファッション雑誌と旬な書籍が立体的に織り交ぜて並んだ平台が目に入る。書店・出版関係者なら、よく考えられた配置で丁寧に雑誌が並んだ様子を見れば、どんな書店かを感じ取れるはずだ。
渋谷にはかつて、「パルコブックセンター(旧リブロ&ロゴス)」「ブックファースト」「HMV(2010年に閉店後、「渋谷モディ」に15年に再オープン)」「山下書店」「タワーレコード」など、国内外の多種多彩なファッション雑誌やカルチャー誌の品ぞろえで人を集める書店やレコードショップがひしめく街だった。有力書店のほとんどは街から姿を消したものの、大盛堂書店は今も、店舗の顔である1階でファッション雑誌を打ち出し続けている。
この大盛堂書店でファッション雑誌を売り続けてきたのが、1階主任で雑誌・芸術担当の吉田哉人氏だ。01年の「TOKYO文庫TOWER」オープンのときにアルバイトで入社。05年3月にファッション雑誌を中心の品ぞろえにリニューアルし、本店の閉店に伴い、その後店舗名も「大盛堂書店」に変わった。15年にわたって、センター街の入り口でファッション雑誌を売り続けてきた吉田主任に聞いた。
WWD:「大盛堂書店」の成り立ちを教えてください。
吉田哉人主任(以下、吉田):大盛堂書店はもともと渋谷を本拠にした大型書店で、渋谷西武の向かいの現在「ザラ」の店舗がある場所で、大盛堂書店本店(以下、旧本店)として最盛期には地下1階〜地上10階で営業していました。この「大盛堂書店」は2001年12月に文庫・新書の専門店「TOKYO文庫TOWER」としてオープンしましたが、旧本店が05年6月に閉店する前の同年3月のタイミングでファッション雑誌を中心の品ぞろえの「大盛堂書店駅前店」としてリニューアルしました。
WWD:なぜファッション誌の取り扱いを?
吉田:当時はセンター街のギャル・ギャル男の勢いがすごくて、「TOKYO文庫TOWER」時代にもしょっちゅうギャルから、店頭で「『Cawaii!』ありますか?」みたいなことを聞かれていました。現場の書店員からすると「(本が)ないです」と答えなければならないのがいちばんこたえる。そのストレスに耐えきれなかったという感じですね。実際05年にファッション雑誌を軸にした品ぞろえにリニューアルするとよく売れました。大成功でした。
WWD:「WWDジャパン」「ファッションニュース」などの専門紙・専門雑誌も扱った理由は?
吉田:当時のセンター街はとにかくギャル・ギャル男が多く、当然のことながら大盛堂のお客も彼女・彼らが多かった。当時のセンター街にはホストクラブもあって、ホストグランプリに合わせて「メンズユカイ」を大量に入荷するとよく売れてました。「Cawaii!」「エッグ(egg)」「ファイン」といったギャル・ギャル男に人気の雑誌から、「ヴィヴィ(ViVi)」「キャンキャン(CanCam)」「ノンノ(non-no)」「シュプール(SPUR)」、さらには「WWDジャパン」「ファッションニュース」「ギャッププレス(gap PRESS)」など、あらゆるジャンルのファッション雑誌や専門紙を扱うことで、この場所で自分なりにファッションを融合させたいと思ったんです。
WWD:当時渋谷には「HMV」「パルコブックセンター」などの雑誌に強い書店やレコードショップも多かったですよね。
吉田:05年当時、渋谷センター街周辺にはパルコにあった「リブロ」と洋書の「ロゴス」(12年に移転・統合して『パルコブックセンター』に)、「ブックファースト」「HMV」(10年に閉店、15年に「渋谷モディ」に復活)「タワーレコード」などファッション誌やカルチャー誌に強い大型書店やレコードショップがいくつもありました。なので大盛堂は駅前、センター街の入り口という立地を生かして、できることをやろうと。10年代前半までは版元と組んでフェアやイベントもたくさんやりました。3階にイベントスペースがあるので、そこで出版記念イベントもよくやりましたし、時には近くにあるショップやライブハウスでのイベントに出張販売のような形で雑誌を売ったこともあります。「TOKYO文庫TOWER」時代ではありますが、04年9月の「マキア(MAQUIA)」の創刊時には版元の集英社と組んで店舗内でフェアをやって、500冊近くを売りました。10年ごろまではセンター街の活気というかギャルとギャル男がすごくて、昔は店内でお客同士がケンカをしたり、なぜか店の前で別れ話をするカップルが多かったりと、いろんなことがありました(笑)。
WWD:イベントで印象深いのは?
吉田:駅前は昼夜問わず人通りが絶えなくて、ちょっとしたイベントでも野次馬が殺到して大変でした。センター街にはギャルが多かったので、「ポップティーン(Popteen)」のモデル時代の益若つばささんや舟山久美子さんを招いたイベントもやりました。中でも一番すごかったのは06年3月に行った亀田興毅さんの「エグいほど強いで!!」(竹書房)の出版記念イベントです。当時はまだテレビ露出もそんなに多くなかったので、よく知らずに店舗に「亀田興毅来店!」のような張り紙をしたらものすごい勢いで店の前に人だかりができて。それでも亀田さんが入れるように、まるで“モーゼの海割り”のように自然と店の入口に沿って花道スペースができました。まあでも、実際には亀田さんには裏口から入ってもらったのですが、近くの電信柱に登ってしまう人など、あまりにも野次馬が殺到しすぎて途中でイベントは中止し、店も閉めました。結局書籍も30〜40冊くらいしか売れず、店舗も途中で閉めたので赤字で大変でしたね。
WWD:今はどうでしょう?
吉田:08年のリーマンショック、11年の東日本大震災を機に変わっていきました。一番大きいのはスマホですね。版元と組んだフェアやイベントは激減しましたし、渋谷の書店やレコードショップもどんどん減っていきました。もちろん今でも継続しているイベントはあります。「ポップティーン」は今でも定期的にモデルとの撮影会などを3階のイベントスペースで開催していました。しかし3月以降はコロナで、そうしたイベントもほぼ休止か、あるいは趣向を変えて規模をかなり縮小しての開催になっています。
WWD:最近の売れ筋は?
吉田:最近はどのファッション誌もカルチャー雑誌化しているなと感じます。僕ら現場の書店員から見ても、ファッション雑誌が買われる理由は大きく変わりました。昔は理由もなくファッション雑誌だからという感じで購入するお客がほとんどでしたが、今は逆にそうしたお客はほとんどいません。雑誌を買うにも理由が必要というか。だから僕らも雑誌をただ並べているだけでは売れない。きちんとコンセプトみたいなものが必要になってきています。いろいろ試行錯誤もしていますが、成功している切り口の一つはアイドル。ここ数年だとK-POPグループのEXO(エクソ)を表紙にした「ヴィヴィ」や「ノンノ」がいずれも500冊以上売り上げるなど渋谷という土地柄とマッチさせた戦略的なもののヒットが群発しています。
WWD:なるほど。ちなみにいま一番人気のアイドルは?
吉田:いま一番売れるのはジャニーズのスノーマン(Snow Man)とストーンズ(SixTONES)です。表紙に出ている、あるいは表紙に文字が入っているだけで本の売れ行きが違います。1階入口正面の平台にも、一見しただけではわからないかもしれませんが、たとえば最近売れているスノーマンの向井康二さんなどの名前が表紙に入っている雑誌に特に注意を払っています。ファンの方々ならすぐにピンとくるはずです。
WWD:イベントができなくて寂しいですね。
吉田:寂しいと言えば寂しいですが、こればかりは僕ら書店員だけでできることじゃないので。今でも3階のイベントスペースでは、版元さんから要望があれば一緒にイベントを行っています。小学館とマガジンハウスからは新入社員の研修者を一週間ほど受け入れています。僕らも人の流動が少ない職場なので、刺激を受けています
WWD:最後に「WWDジャパン」で印象的だった号は?
吉田:「WWDジャパン」は毎週ざっくりと読ませていただいています。ファッション誌の動向を知るためには、やっぱりファッション業界全体の動向を知る必要があると思っていますから。その意味では業界外の人でも動向を知ることができるジャーナリズムの切り口は他の媒体にはないし、重宝しています。ちなみに個人的に好きなのは、3面のコラムです。
WWD:ありがとうございます!今後ともよろしくお願いいたします!
■大盛堂書店
創業:1912年
店舗面積:地下1階〜地上3階
営業時間:9:30〜21:00(現在はコロナの影響で10:00〜20:00)
休日:年末年始を除き無休
住所:東京都渋谷区宇田川町22-1
電話番号:03-5784-4900