大丸隆平氏がニューヨークに渡ったのは2008年。現在、チャイナタウンにオフィスを構える大丸製作所2の代表として、ニューヨーク・ファッション・ウイークに参加するブランドをはじめとする多くのブランドのパターンメーカー、クリエイティブのコンサルタントを担い実力をつけてきた。15年には自身のブランド「オーバーコート(OVERCOAT)」を始動し、毎シーズンコレクションを発表。日本での卸も順調だった。そんな矢先に、新型コロナによって自身やニューヨーク自体のビジネスも大きな変更を余儀なくされたという。今回、日本で初めて開催する展示会のために一時帰国した大丸代表。多くサポートがあり開催実現に至ったという。ニューヨークの現状や自身を取り巻く状況について話を聞いた。
「オーバーコート」はその名の通り、コートからスタートしたブランドだ。店の入り口などの日よけに使われているオーニング素材に注目し、「雨にも強いこの素材でグラフィカルな柄をコートにしてみたらどうだろうか」というアイデアからブランドの立ち上げにつながった。これまで培ってきたパタンナーとしての技術を生かし、プレタポルテでもオートクチュールのような着心地をブランドのコンセプトとしている。肩にプリーツを入れることで男女誰が着用してもフィットするパターンのコートは、そのデザイン哲学を反映させた代表的なデザインだ。
現在、日本ではユナイテッドアローズ、トゥモローランドのエディション、ビオトープ、バーニーズ ニューヨーク、伊勢丹新宿本店、福岡のダイス&ダイス、名古屋のキンク、海外ではディエチ コルソ コモ(10 CORSO COMO)、パリのル・ボンマルシェ(LE BON MARCHE)百貨店などで販売されている。
当初、6月にパリで「オーバーコート」メンズの2021年春夏コレクションとウィメンズのプレ・コレクション(リゾートコレクション)を発表する予定だったという。大丸代表は「しかし新型コロナの感染がニューヨークやパリであっという間に拡大し、パリでの発表は無理だなということになった。そうこうしているうちにニューヨークもロックダウンに入り、仕事も途中のままできなくなってしまった。パターンメーカーの仕事は、職種的にリモートではできない。ミシンや裁断の台をスタッフの家に交代に置くことも考えたが、住んでいる家もそれぞれなので、効率を考えたら無意味だった。ニューヨークが静まり返って、街自体のエネルギーがゼロになった瞬間があり、不思議な世界にいた」という。「当時は、スタッフのモチベーションを維持することを優先し、連絡をまめにするようにしていた。なんとか気分が落ち込まないように、簡単な仕事を無理やりつくって手を動かしてもらうようにしていた」。
ユナイテッドアローズの栗野氏が手を差し伸べてくれた
パリで発表できず、今後の見通しがつかない中、手を差し伸べてくれた人たちがいた。その一人が、ずっと気にかけてくれていたという栗野宏文ユナイテッドアローズ上級顧問クリエイティブディレクション担当だった。「『ニューヨークもコロナで大変だろうから、ユナイテッドアローズのスペースを貸すから、日本で展示会を開催したらどうか』と提案してくれた。ユナイテッドアローズだけでなく他のセレクトショップのバイヤーも買い付けができる展示会場として、同社の場所を提供してくれた」という。
それによって初めて日本で展示会を開いた。また西麻布のギャラリーのスペースを借りて、親しい友人や知り合いを招いた個人オーダー会も8月上旬に開催した。「受注会では驚くほどオーダーがあって多くの人が個人買いしてくれた。バイヤーのオーダーも付き、本当に感謝しかない。ファッション自体が衰退しているのかというとそうではなかった。江戸時代の呉服屋で着物を売っていた当時ときっと変わらないような、対面で話をしながら購入してもらうスタイル。来てくれた人がいろんな人に宣伝してくれて、また人がやって来るという状態だった。自分自身も皆さんにコレクションの説明をしたことで、より理解してもらいやすかった」。その結果、卸は昨対比で1割減にとどまり、個人オーダーは逆に5倍の数となった。
「オーバーコート」の21年春夏コレクション自体製作はままならなかったが、実際に生地サンプルに触れられなくても、これまでの経験と勘でこうしたら面白くなるんじゃないかと想像を働かせながら制作に取り組んだという。「結果的にそれがよかった。面白くとらえられた」。生地においては、中伝毛織、小松マテーレ、宇仁繊維が生地を一部提供してくれるなど協賛してくれたという。
周りの助けがなければどうなっていたか分からない
また、クリエイションにおいては、「オーバーコート」のロゴのデザインを手掛け、「セリーヌ(CELINE)」とも長年仕事をしているアートディレクター兼グラフィックデザイナーのピーター・マイルズ(Peter Miles)が手を差し伸べてくれて21年春夏コレクションでコラボが実現した。マイルズが制作した鮮やかなグラフィックが「オーバーコート」のコレクションに大胆に用いられている。ダイナミックで鮮やかな色使いが印象的だ。「普段から連絡をとっていて、ピーターにはマスクを作ってあげたりしていた。声をかけてくれて本当にうれしかった」。ニューヨークは9月からデジタルをメインとするファッション・ウイークを開催する流れになっているが、大丸代表は「デザイナーの間では実際のところは新作を作る状況ではないという声が大きい。また、パリは卸のシステム自体が崩壊している。そんな中、周りのサポ―トによって、コレクションを制作でき、日本で展示会、受注会を開催することができた。皆さんに生かされてここに来た。それがなければどうなっていたか分からない」。
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パターンやクリエイティブのコンサル業に関しては、「型数は少ないけれど一緒にやろうというニューヨークブランドやデザイナーもいる。プラバル・グルン(Prabal Gurung)もその一人だ。ロサンゼルスやロンドンといったニューヨーク以外からの発注も徐々に戻ってきている。ニューヨークはそもそもモノ作りの基盤があまりない街だが、さらに整っていない環境にいるデザイナーから依頼が増えたため、素材から量産まで全ての工程をこちらから提案して任せてもらうという事例が増えてきている。卸のビジネスが減ってきているから手のいい技術を持つ工場も減っている」と大丸代表。
「オーバーコート」に関しては、「ただ従来通りの商品を作って卸すということだけでは売れない。「『提案する』に重点を置き、お客さまや店頭のスタッフの方にストーリーやモノ作りへのこだわりを伝え、変化するライフスタイルにも対応できる服作りを意識している。21年春夏コレクションでは、カジュアルな型にテーラリングの要素をプラスし、家でもリラックスして着られるけど、そのまま散歩にも行ける、または会社にも着ていけるよう、素材やパターンを工夫している」。
「軸足はパタンナー。オートクチュールの着心地をプレタで着られる。そしていろんな人種の人にも合い、着る場所を選ばないような服を目指している。作者の思いがあっても、手が離れてからは着る人が主役。服はプロダクトだと思うから、作者の意図から離れたときにプロダクトの本質が伝わる。究極を言えば作者の思いはどうでもよい、だからきちんとモノ作りに真摯に向き合う。僕が今着ているパンダのTシャツも最初にデザインした人がいて、それをパクった人がいてチャイナタウンで売られている。その人の手から離れて遠いところにいる。それが面白い」。