下着業界は、主力商品であるブラジャーは使用するパーツが多いためロットが大きく、幅広いサイズやカラー展開のため在庫管理が難しいといった理由から新規参入が難しい業界だ。しかも日本では、大手メーカーの寡占が長く新陳代謝が進まない印象だった。ところがここ数年、その下着業界に新風を吹き込む存在を感じて「ランジェリー業界のゲームチェンジャー」と題し8組の女性たちにインタビューを行った。そこから見えてきた業界の今、そして今後の行方をまとめる。
インタビューの対象は、ランジェリーセレクトショップの代表やオンラインショップのオーナー、ランジェリーのプロを育成するカレッジの主宰者、デザイナーなどで、それぞれに仕事内容や活動の場が異なるが、全員に共通していたのが“ランジェリーがもたらす力”を信じていることだった。“その力をもっと知って、感じてほしい”という思いが、彼女たちが下着業界に参入したきっかけであり、パワフルに活動する原動力だ。ランジェリーが持つ力とはいわゆる体形の補整ではなく、どちらかというと感覚的な点であることも共通している。「このランジェリーを着けたら、コンプレックスだった自分の体がものすごく魅力的に見えた」(太田まゆみ「ラ グット シュクレ(LA GOUTTE SUCREE)」代表)、「きれいな下着を身に着けたら自分が存在する意味を感じた」(栗原菜緒「ナオランジェリー(NAO LINGERIE)」デザイナー)などといったコメントに見られる体験はランジェリーが持つ力をよく表している。
“育乳“”盛れる““はみ肉寄せ”など、コンプレックスの解消を想起させる言葉が購買を促すのは分かるが、彼女たちはそのような機能性を前面に出すのではなく、まず、ありのままの自分の体を肯定するところからスタートする。そして、自分の体に合う美しいランジェリーを身に着けた高揚感が女性を輝かせ、そこから生まれる自信がエンパワーメントにつながると期待している。
日本ブランドvsインポートブランド、機能vs官能美は終結
かつては、感性に訴えかけるランジェリーはインポートブランド、機能性を追求するなら国内ブランドという図式だったが、今回インタビューした「チヨノ・アン(CHIYONO ANNE)」「ナオランジェリー」「マイミア(MAIMIA)」「リリピアーチェ(LILIPIACHE)」はその壁を超えて今の時代を象徴する日本のランジェリーブランドとして存在感を発揮している。「マイミア」は海外で受賞し、「リリピアーチェ」は「アンソロポロジー(ANTHOLOPOGY)」とのコラボ商品を発売するなど実績も伴っている。
その流れはここ最近、急に始まったものではなく、2010年にデビューした「ランジェリーク(LINGELIQUE)」、14年に登場した「シュット!インティメイツ(CHUT! INTIMATES)」が布石になっていると考えられる。ともに分厚いパッドなどは使用しない軽い作りで、繊細なレースを使ったファッションとしてのランジェリーを提案し、日本のランジェリー業界における新たな流れを示した。そして「インポート物のデザインや着け心地が好きだけれど、サイズ感や価格は日本ブランドがいい」という需要の取り込みに成功して市場におけるポジションを築いた。
17年ごろから、ワイヤー入りのブラジャーほど多くの材料を使わずSML展開できるブラレットが流行したことで、ブラジャーの生産に対するハードルが下がった。それを機にD2Cブランドが台頭。そして今も日本でも、ミレニアル世代デザイナーによるD2Cブランドが続々と登場している。
こうした経緯を見ると、もはや、日本ブランドvsインポートブランド、機能性vs官能美という二者択一ではなく、さまざまな要素が混在する個性がひしめき合って市場を形成する時代になったと感じる。そして、今回インタビューをした女性たちは、さらに個性のあるプレーヤーが増えることを心から望んでいた。「さまざまな個性がそろうことで発信力も強まり、大きなパラダイムシフトになる」(イェガー 千代乃・アン「チヨノ・アン」デザイナー)、「多様性が下着市場やランジェリーカルチャーの広がり、そして夢のある売り場につながる」(早瀬芳子「リリピアーチェ」デザイナー)などの声があった。もちろん市場には、デザイン性や個性だけでなく機能性や価格を追求するブランドも必要。選択肢が多いことが業界全体を活性化するはずだ。
試着室の外で親密な関係性を築く時代へ
インタビューを通じては顧客とのコミュニケーションにも変化を感じた。その代表は、実店舗を閉店して現在ではECとポップアップショップを運営する「イルフェリーノ(IL FELINO)」の北菜月ジェネラルマネジャーだ。実店舗での顧客との接点がなくなったこともあり、現在は新商品の発売時にデザイナーとインスタライブを積極的に行っている。そこでは商品の紹介だけでなくデザイナーのパーソナリティーやフェミニズムに対する考え方なども熱く語られ、それが共感を呼んで売り上げにもつながっている。ファッションや化粧品などと異なり他人の目に触れないランジェリーは、時に内面に響く生々しさやそれを共有する親密さが必要なのだろう。そして、顧客の共感を通じて冒頭で述べた“ランジェリーの力”が波及することになる。
これまで、その親密な関係を築くのは試着室の中だったが、今回登場したゲームチェンジャーたちはSNSや動画配信、ラジオなどさまざまなツールを駆使して顧客との距離を縮めると同時に、新規客との接点をつくっている。コロナ禍下で直接体に触れる接客がままならない今は、そういったコミュニケーションツールを使うことで新たな消費者との関係を築くチャンスだ。