アングローバルは2021年春夏、新ブランド「キタン(QUITAN)」を立ち上げます。デザイナーは米シアトル生まれの宮田ヴィクトリア紗枝さん。アングローバルといえば、「マーガレット・ハウエル(MARGARET HOWELL)」「アンドワンダー(AND WANDER)」など、一家言あるブランドがそろう会社ですが、「キタン」もまさにその系譜。一着一着にぎっしりとストーリーが詰まっており、それを語る宮田さんはファッションデザイナーというよりも、どこか文化人類学などの学者のようです。「どうしてこれを作ったのか」「どのように作ったのか」といった文脈が、モノそのものとともに重視されるようになっている今の時代に、とても合ったブランドだと感じました。
「QUITAN」というつづりから、ブランド名はフランス語かなとも感じますが、由来は「綺譚」なんだそう。永井荷風の「墨東綺譚」の綺譚だと気付いたあなたは鋭い。この熟語、「美しい物語」という意味の永井荷風の造語だといいます。この名前が、ブランドに詰まったストーリーのうちのまず1つです。
商品は、全てオリジナルで作りこんでいるという素材がポイント。通常は毛織物を織っている尾州(愛知の尾州は毛織物の世界的な産地です)の工場で綿・ヘンプを綾織りに仕立てるなど、独特の表情を出すためのこだわりがハンパじゃない。宮田さんが仏語も堪能であることを生かして、仏のピレネー山脈のふもとにある工場で植物染めのリネンカットソーも作っています。このあたりの地域は、バスクシャツを含め昔からカットソー生産で有名です(ただし、「キタン」を生産している工場は厳密にはバスクではないということです)。
インドのジャムダニやカディと呼ばれる織り地のドレスやブラウスも、デビューシーズンの目玉商品です。カディはガンジーがインド独立運動の時に掲げていた手紡ぎ・手織りの織物として知られますが、今も現地で少しずつ、少しずつ織られているそう。こんなふうに、「キタン」の商品をたどっていくと、国内外のさまざまな土地にどんな文化があって、どんな人が何を作っているのかを自然と追っていくことができます。
目指すのは「点と点をつないでいくような」服作り
「(仏の文化人類学者の)レヴィ=ストロースが提唱した“ブリコラージュ”(≒多種多様なものを柔軟に取り入れていくこと)の考え方が好き。文化の交換のような、お互いの点と点を結んで線になっていくようなモノ作りがしたい」と宮田さん。「森羅万象すべてはつながっていて、今目の前で起きていることや世の中で問題になっていることも、みんなつながっていると思う。だからこそ、いろんなことを知ろうとすることが大事。モノ作りも、なぜその場所でそんなふうにモノが作られているか知ることで私も答えが出せるし、点と点をつないでいけると思う」。
こうした宮田さんの感性やモノの作り方には、宮田さんのバックグラウンドが大きく影響しているんだと思います。探求心旺盛なのは、恐らく大学教授であるというお父様譲り。シアトル生まれであることは冒頭でご紹介しましたが、米国からの帰国後も「遊牧民のように転々と暮らしの場を変えつつ、のびのび育った」そう。同志社大学卒業後は、セレクトショップで人気の日本のこだわりデニムブランドで国内・海外営業を担当。ファッションのモノ作りに関する知識はその時代に企画担当者から吸収したといいます。前職を辞めて、モノ作りを志すか、民俗学を学ぶために大学に再入学するか迷っていたところ、縁あって20年にアングローバルに入社したそうです。
デビューシーズンの21年春夏は、有力セレクト店含む約10社への卸販売が決まりそう。「ずっとお付き合いできるような取引先で販売し、お世話になっている機屋さんにも恩返ししていけたら」。ファッションって、業界として半年ごとに異なるトレンドを打ち出していく仕組みを長らく取ってきたこともあって、どこか軽薄に受け取られることも多いジャンルですが、「キタン」の服作りは好奇心を刺激して新しい知識の扉を開けていくような感覚が魅力。知的な大人に響きそうなブランドです。