ビジネスウエアのカジュアル化やコロナショックによる自粛生活の長期化により、革靴の需要が減っている。そんな中にあって、今年7月にデビューした日本の革靴ブランドがある。名前は「アーチケリー(ARCH KERRY)」。既製品を作らず、全て受注生産する。価格は9万3000円~と決して安くはないが、清水川栄ディレクターは自信を見せる。今、革靴ブランドをスタートさせる意義、またその勝算について聞いた。
WWD:大逆風の中での船出となった。
清水川栄「アーチケリー」ディレクター(以下、清水川):もともと4月のデビューを目指していたが、コロナショックを受けて最初の展示受注会を7月に延期した。
WWD:「アーチケリー」は受注生産のみで、既製品の卸はしない?
清水川:ブランディング、生産力の2つの側面から現状では考えていない。前者は“一人一人に適正な靴を届けたい”という思いによるもので、東京・文京区にある事務所の階下のイベントスペースで定期的に展示受注会を開催している。次回は9月26、27日で、これが3回目となる。年内にあと3回は実施したい。後者は現状、納品が4カ月待ちになってしまっているので、これを半分の2カ月に短縮にすることが先決だと思っている。また、コロナ下で在庫を抱えることのリスクも考えた。そういった総合的な判断によるものだが、近い将来、百貨店やセレクトショップ、専門店でトランクショー(出張展示受注会)が開催できればと考えている。
WWD:世間にはあまたの革靴が存在しており、同時に市場は縮小している。そんな中でも光る「アーチケリー」の特別性とは?
清水川:約20年間、小売りの現場でたくさんの靴を見てきた。確かに市場には革靴があふれているが、ないものが一つあった。それが“1950~60年代風のアメリカンドレスシューズ”だ。アメリカ靴と聞くと武骨なイメージがあるが、一気に量産化が進む70年代以前の靴には繊細さと個性がある。「アーチケリー」の代表モデルであるパンチドキャップトウシューズは内羽根の7アイレット仕様だ。アイレットの数が増えるとレースステイが広くなり、結果としてキャップトウ(先端)部分が狭く、ドレッシーな印象になる。
目指したのは“繊細な美しさを持ち、履き心地のよいドレス靴”
WWD:実際どんな人がオーダーしている?
清水川:靴好き、ビンテージ好きの男性だ。インスタグラムを使って告知したこともあり、年代は30代が中心と若い。
WWD:オーダーの流れを教えてほしい。
清水川:まずはパンチドキャップトウ、Vチップ、Uウイング、ホールカットの4つから好みのデザインを、続いて国産カーフ、スエード、コードバンなどから革を選ぶ。そしてサイズサンプルを用いてフィッティングを行う。人間の体は左右が完全に対称ということはなく、スポーツ選手やケガをした方の場合、足のサイズが左右で異なることもある。そういった悩みにも対応できるのがオーダーメードだ。また甲高の日本人の足に合わせて、アッパーの調整も可能だ。カウンセリングを経て完成した仕様書は東京・浅草にある工房に送られる。そこで待っているのがビジネスパートナーの舘篤史マスターシューメーカーだ。舘を中心とする職人チームが一足ずつ手作業で生産し、これによって履き心地とフォームの美しさが向上する。
WWD:生産過程にも「アーチケリー」らしさがある?
清水川:特筆すべきは精緻なステッチワークだ。また革の縫い合わせ部分を薄くすいて、折り込んで縫い付ける“カールエッジ”と呼ばれる技法も用いる。靴底は全てレザーソールで、これらはいずれも50~60年代のアメリカ靴の特徴だ。こういったアイデンティティーを日本人のきめ細かな仕事で完成させる。“精緻な表情”こそ「アーチケリー」らしさと言える。