黒河内真衣子がデザインする「マメ(MAME KUROGOUCHI)」が、2021年春夏コレクションをムービーとルック画像で発表した。デジタルとリアルを併用する形で9月28日にスタートした21年春夏パリ・ファッション・ウイーク公式スケジュールのトップバッターという位置付けで、現地時間の同日午後5時にムービー、写真を配信。配信に先立ち、アポイントメント制でメディアをアトリエに招いて黒河内がじっくりと製作背景を説明した。ステイホーム期間中、黒河内が考えていたことをたどるような、私的で詩的なコレクションだ。
シーズンテーマは“窓”。「コロナ禍以前は、1週間の半分は日本各地の素材産地を訪ねる日々を送っていた。地方で撮りためた写真を見返してみると、なぜか窓が多い。四角い枠をどう使っているか、その窓をカーテンでどう隠しているかといったことが自分にとって面白いんだと思う」と黒河内。「新しい家に引っ越して一番最初に決めるのはカーテンだし、引っ越すときに置いていかれることが多いのもカーテン。窓にカーテンが吊るされたままの空き家に地方で出合うと、時間が生み出すテクスチャーによってなんとも言えない記憶の色をしている。こんな人が住んでいたのかな、隣の明かりが灯っている家にはどんな人が住んでいるんだろうと、妄想が広がっていく」と続く。
もともと、多くの人が見落としているような日常生活の欠片を着想源に、たおやかな女性らしさを表現していくのが「マメ」の持ち味。今季もそれが十分発揮されている。一ついつもと違ったのは、コロナ禍で以前のようにさまざまな場所には行けなくなったことだ。「窓についてリサーチを始めたころ、コロナで外出ができなくなり、今度は家の中から窓を見つめることになった」。不安をかき立てるニュースも多い期間だったが、黒河内にとっては「モノ作りに向き合うことができ、すごく穏やかに過ごすことができた」時間だ。「家のカーテンを体に巻き付けてドレープを作って、そのボリューム感をスタッフに共有したりしていた。祖母の家でお洋服屋さんごっこをしていた少女の頃に戻ったかのような、とても愛おしい時間だった」。
風をはらむシルエット、光を通す透け感がポイント
自宅にこもる中でも、スーパーなどに買い出しに行く際には、近所の家の窓を観察して後でスケッチにまとめるなどしていた。「近所にある町工場のカーテンの柄からイメージを広げて、図案をおこしたのがこれ」と、押し花などが挟まれたスケッチブックと共に見せてくれたのは、織り柄の凹凸感で花のモチーフを表現したエレガントなドレス。以前、繊細なメッシュのドレスについて「ゴミ置き場のカラスよけのネットから着想した」と明かされて驚いたこともあったが、黒河内の視線を通せば、見慣れた日常の風景もキラキラと輝いてくる。
窓辺で揺れるレースのカーテンのように、透け感のある素材や、風をはらむシルエット、日に焼けたような生成りを含む白のグラデーションが今季の特徴だ。シルクにナイロンを混ぜることで、水面の反射のような光沢感を出したサックドレスや、窓辺に飾ったアイリスやユリの花を刺しゅうで表現したドレープたっぷりのドレスやブラウス。モデルに生地を当てて素材を選ぶことができなかったため、自宅の窓に生地を当てて質感を確認したというエピソードも面白い。作りこんだ素材は「マメ」の強みだが、産地を直接訪ねることができない今は、テレビ会議などで職人とコミュニケーションを取った。「産地に行けないことはとてももどかしかったが、『こんなこと初めてやるよ』と言いながら、職人さんたちがテレビ会議に対応してくれたのは嬉しかった。会議のセットアップには時間がかかって大変だったけれど、いつもとは違う形でコミュニケーションが深まった」。
MOVIE : YOSHIYUKI OKUYAMA
写真家の奥山由之が撮影したムービーは、古いサスペンス映画のような、きれいなのに心がザワザワするような映像が特徴。「コレクション製作過程の、少女に戻ったような感覚の話や、田舎の夕暮れのセンチメンタルな感じといったことを伝えたら、8ミリビデオで撮ろうと提案された」のだという。ルック画像の撮影は野田祐一郎が担当。どちらも黒河内の出身地である長野で撮影している。「祖母の家に昔からかかっていた、私も、私の母親も祖母も気に入っているレースのカーテンを送ってもらって撮影の背景に生かしてもいる。そんなふうに、人の記憶がしみ込んでいるカーテンのように愛される服をどれだけ作ることができるかを大事にしたい」。
「マメ」は10年にスタートし、今年で10周年。18-19年秋冬からはパリでプレゼンテーションやランウエイショーを行っている。20年春夏からパリ・コレクションの公式スケジュールに参加して、初日のオープニングショーを行っている。