ファッション
連載 You’d Better Be Handsome

まだ、あなたが知らないニューヨーク最新トレンド キム・ジョーンズ、「フェンディ」就任とその軌跡 Kim Jones Rises to the Top

 ニューヨークのファッション業界で活躍するクリエイティブ・ディレクター、メイ(May)と、仕事仲間でファッションエディターのスティービー(Stevie)による連載も第13回。“You’d Better Be Handsome”では、トレンドに敏感なレイチェル(Rachel)も加わって、ニューヨークのトレンドや新常識について毎回トーク。今回のテーマは、こんな不景気なご時世においても出世街道を着々と進むキム・ジョーンズ(Kim Jones)、そして時代の風雲児たちのこれまでとこれからについて。

今回のランチはオフィスでデリバリー。以前は絶対に店内でしかいただけなかった高級寿司から、人気ラーメン店の冷製担々麺、「ジョーズ上海」の小籠包まで、パンデミックのおかげで(?)デリバリーしてもらえる便利な世の中に。本日はチャイナタウン近辺に3軒、フィラデルフィアにまで進出しているおしゃれ飲茶屋「ノムワ(NOM WAH)」からのデリバリーを仲良くシェア。

スティービー:先週はニューヨーク・ファッション・ウイークだったけど、よっぽど気をつけてないと開催されていることに気づかないレベルだよね。

メイ:ほとんどがデジタル配信で、「ジェイソン・ウー(JASON WU)」は屋外でランウエイを、この夏にロスで復活した「イミテーション・オブ・クライス(IMITATION OF CHRIST)」も路上でショーを開催していたよ。

レイチェル:アメリカファッション協議会(CFDA)が立ち上げたサイト「ランウエイ360」で一気に見られるというのは便利ではあったけど。普段は見ないデザイナーをチェックしてみたり、なかなかインビテーションがもらえない「トム・フォード(TOM FORD)」の動くショーを見られたり。

スティービー:ただビデオのクオリティーにはかなりの差を感じたよね。見る側だけでなく、見せる側も世界のどこにいてもいいわけで。実際にニューヨークにいなそうなデザイナーもたくさんいた。

レイチェル:パリのプルミエールクラス(PREMIERE CLASSE)とかは、予定どおり今年10月2〜4日で開催されるみたい。しかもたくさんのブランドが参加するらしい。パリコレはスケジュールが発表されたけど、各ブランドがどのような形式をとるかの詳細は出ていない。「シャネル(CHANEL)」「ディオール(DIOR)」「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」などの老舗メゾンは名前が挙がっているけど、「コム デ ギャルソン(COMME DES GARÇONS)」「サカイ(SACAI)」「サンローラン(SAINT LAURENT)」「セリーヌ(CELINE)」はファッション・ウイークへの不参加を表明している。

メイ:というか、ニューヨークからそもそもパリへ行けないし。きっと来年2月のショーもデジタルだよね。メトロポリタンオペラ(METROPOLITAN OPERA HOUSE)が来年の秋まで全キャンセルを発表したくらいだから。

スティービー:ニューヨークは早々に「マーク ジェイコブス(MARC JACOBS)」や「マイケル・コース(MICHAEL KORS)」といった大御所がショーをキャンセルしていたからね。逆に若手デザイナーがこれを機に参加しているような印象。

メイ:アメリカだけ新型コロナの死者数20万人を超えて、しかもまだ増えていて、ファッションショーそのものの在り方にまで影響してきている。この間の業績を理由にLVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH MOET HENNESSY LOUIS VUITTON以下、LVMH)がティファニー(TIFFANY & CO.)の買収を撤回してきたのも、分からなくもない。ベルナール・アルノー(Bernard Arnault)=LVMH会長兼最高経営責任者(CEO)に専属の占い師がいたとしても、グローバル・パンデミックは予期できなかったということだね。

スティービー:2020年が劇的な年になるとは前々から言われ続けていたけど、占い師だけでなく、投資家も読めなかったわけ。ティファニー買収の話が伝えられたのは、去年の終わりのことだったから。今回の買収撤回の背景には、フランス政府が圧力をかけてきたということもあるらしいけど。確かにトランプ政権がワインや高級品の関税を上げてきているから、フランス政府としてはおもしろくない。もちろん消費者の僕たちにとってもつらいところ。

レイチェル:ヨーロッパからのワインやチーズにかかる関税が昨年の秋から25%アップしているし、ウールスーツ、ブランケット、ベッドリネン、航空機なんかも対象になっている。

スティービー:そういえば2010年ごろ、LVMHがエルメス(HERMES)を買収するとかしないとかの話があったのを思い出したよ。あのときも裁判沙汰になったけど、結局エルメスはLVMHの傘下に収まることなく今の成功を手にした。

メイ:ティファニーもアメリカを代表するブランドとして、独自の道を進んでほしいかな。政府が絡んでいる今、そんな単純な話ではないと思うけど。

キム・ジョーンズ、「フェンディ」でウィメンズを

スティービー:不景気なニュースばかりのなかでも、前に進んでいる人たちもいるわけで。LVMHと言えば、「ディオール(DIOR)」メンズのアーティスティック・ディレクターのキム・ジョーンズ(Kim Jones)が、LVMH傘下の「フェンディ(FENDI)」のウィメンズのアーティスティック・ディレクターに就任することが決まった。

メイ:カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)が死去してからは、フェンディ家のデザインチームが手掛けていた?

レイチェル:フェンディ家のシルヴィア・ヴェントゥリーニ・フェンディ(Silvia Venturini Fendi)が今後もメンズとアクセサリーのディレクションをしていき、キム・ジョーンズがウィメンズをやっていくという。ミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)xラフ シモンズ(Raf Simons)式かと思ったけど、領域がきちんと分けられている。カール・ラガーフェルドの跡を継ぐデザイナーって誰なんだろうとはずっと気になっていたけど、「シャネル」もカールの右腕だったヴィルジニー・ヴィアール(Virginie Viard)が引き継いだわけで。

スティービー:キム・ジョーンズは今回のコロナの間にも「ディオール」と“エアジョーダン”のコラボレーションを発表して、定価2000ドル(約21万円)が一気に転売されて10倍の値段になっているという記録を出した。すごい。

メイ:キム・ジョーンズは前からコラボに強いという印象はあるけど。

スティービー:スポーツブランドの「アンブロ(UMBRO)」とのコラボとか覚えてる?

レイチェル:私は彼が、「ルイ・ヴィトン」のメンズ・アーティスティック・ディレクターから「ディオール」に移る一瞬の間に「GU」でもプロジェクトを発表していたのが印象的だった。

スティービー:大きな声では言っていないと思うけど、韓国のサムスン(SAMSUNG)が展開する「ビーンポール(BEAN POLE)」というファッションブランドでもクリエイティブ・ディレクターを数年務めていた。地道に着々と上って行ってる感じよね。

メイ:キム・ジョーンズだけど、18年に就任してすぐに、ハリー王子(Prince Henry, Duke of Sussex)とメーガン・マークル(Meghan Markle)のロイヤルウエディングに、デビッド・ベッカム(David Beckham)が新生「ディオール」のメンズを着用して出席したり、最初から話題も多かったよね。

レイチェル:BTSのワールドツアー、「LOVE YOURSELF」のコスチュームをデザインしたのも、「ディオール」メンズのキム・ジョーンズだったし。

スティービー:彼の強みはデザインだけではなく、グラフィックやフォトグラフィーの知識などを生かしてディレクションができること。そして横のつながりが強いこと。ロンドン、ニューヨーク、そしてパリのクリエイティブ・コミュニティーとうまくコラボレーションしてきている。

レイチェル:そういえばドラァグショーのバックステージで、マーク・ジェイコブスと一緒にいるキム・ジョーンズを見たことが何度かある。マークとは、「ルイ・ヴィトン」にいた時期が重なっているし、プライベートでも仲がいいんだなと。

スティービー:「ルイ・ヴィトン」時代には、歴史に残る「シュプリーム(SUPREME)」とのコラボレーションを実現しているから、そういう意味ではストリートに強いところ、ストリート要素をラグジュアリーに落とし込めるところがキム・ジョーンズのいちばんの強みだね。「フェンディ」が求めているのもそのストリート感かと。

メイ:日本のファッション業界ともわりと親密よね?

スティービー:「GU」以前に、06年に開催された新宿伊勢丹本店の120周年プロジェクトにも、「ヴィジョネア(VISIONAIRE)」や「コム デ ギャルソン」などと一緒に参加している。それに東京ベースのジュエリーデザイナー、「アンブッシュ(AMBUSH)」のYOONを「ディオール」メンズのアクセサリーデザイナーとして起用している。

メイ:自分が自分がというよりも、みんなで仲良く成功するという性格が、LVMHみたいなコーポレートでも受け入れられたのかもね。

レイチェル:そしてやっぱりファッション業界では、ウィメンズをデザインするようになると位が上がるというか。キム・ジョーンズはウィメンズをデザインしたこともあるけれど、クリエイティブ・ディレクターを務めるLVMHブランドではずっとメンズだった。今回「フェンディ」ではウィメンズをデザインするわけで。

スティービー:エディ・スリマン(Hedi Slimane)も、(当時の)「ディオール オム」で大成功を収め、次に「サンローラン」のウィメンズとメンズデザイナーになったわけだし。「セリーヌ」のクリエイティブ・ディレクターに就任した際には、当たり前のようにウィメンズをデザインしている。

ファッション業界の風雲児たち

メイ:そういえば数年前、まだカール・ラガーフェルドも健在だった頃、ジェレミー・スコット(Jeremy Scott)と仕事をする機会があって、関係者の一人はジェレミーが次の「シャネル」のデザイナーになるかもくらいのことを本気で言っていて、実はけっこう驚いた。

スティービー:マーク・ジェイコブスが「シャネル」の後継者になるとか、元「セリーヌ」のフィービー・ファイロ(Phoebe Philo)の名前も挙がっていたよね?だけど、カールの仕事を全部引き継ぐっていうこと自体が無理のある話で。

レイチェル:パリもミラノも、多くのメゾンがショーをキャンセルしたようだけど、そんななかプラダ(PRADA)はショーをしていたね。

メイ:今回ラフ・シモンズが加わって初めてのコレクションだしね。ラフも「カルバン・クライン(CALVIN KLEIN)」での完敗がまだ記憶に新しいけど、「プラダ」をより素敵なブランドに若返らせるのに今後も貢献してほしい。

スティービー:さっきも名前が出ていたサムスンの「ビーンポール」だけど、実は元「バンド・オブ・アウトサイダーズ(BAND OF OUTSIDERS)」のスコット・スタンバーグ(Scott Sternberg)も、「ビーンポール」とコラボレーションしていたよね?10年以上前の話になるけど。

メイ:そうそう、私たちも当時のスコットのスタイリスト、ティナ・チャイ(Tina Chai)を連れてソウルにまで行ったから。パーティーには、東方神起まで来場して盛り上がっていたけど、スコットはまるでやる気がなかったという記憶。1秒でも早くロスに帰りたそうだった。

レイチェル:スコットはあのブランドを15年に全借金ごとベルギーの投資会社に買ってもらい、18年に「エンタイアワールド(ENTIRE WORLD)」という、ダイレクト・トゥー・コンシューマーブランド(D2C)を立ち上げている。

スティービー:「エンタイアワールド」とスコットは、8月6日号の「ニューヨーク・タイムズ・マガジン(New York Times Magazine)」で大きく取り上げられていたけど、今回のコロナ自粛中にすごく売れたらしいよ。

メイ:みんな家で過ごしていたわけだから、スエットパンツくらいしか買い換えるものがなかったし。

レイチェル:カラフルなソックスやトートバッグも売り切れていた。ちなみに売り切れたというスエットパンツとスエットシャツはそれぞれ88ドル(約9200円)。

メイ:私はその記事をポッドキャストで聞いたけど、スコットはファッション界のいろんなシステムにすごく振り回されたと言っていたよ。自分が提案するコレクションピースのほかに、特に店が特別コラボ商品を要求してきて、そのためにマージンの低いものをさらに作らなくてはいけなくなって、ということが多かったようで。

スティービー:それでD2Cブランドなんだね。百貨店やセレクトショップを通さずに、直接販売できるから。

メイ:けっこう昔のことだけど、「タクーン(THAKOON)」のショーに客として出席していたスコットに偶然会って声をかけたら、「ショーはすごくよかったけど、自分は絶対にショーはしないという決意ができたから見てよかった」とつぶいていた。それなのに、その後ショーをスタートしたときは、なんでなんだろうって思っていた。ポッドキャストを聞いて、それは米「ヴォーグ(VOGUE)」やアメリカファッション協議会からのプレッシャーだったんだなと今になって分かった。

スティービー:デザイナーたちは、キム・ジョーンズやエディ・スリマンのように大企業に守られて仕事をするか、またはスコットのように構築されたファッション業界から飛び出て動くか、選択していかないと生き残れなくなってきている。

メイ:ポッドキャストの最後にスコットが話していたのは、以前はファッションに投資したい人がたくさんいたけど、今はすぐに結果が出ないファッションに投資したい人を探すのが大変らしい。

レイチェル:ティックトック(TikTok)みたいなソーシャルメディアに投資した方が、リターンは確かに早そうだし。

スティービー:でもティックトックのレベルになると、自分から投資家を指名してくるわけで。マイクロソフトも断られたくらいだから。オラクル(ORACLE)とのことがどうなるのか。どちらにしても一つのジェネレーションの個人情報を握っていて、トレンドを操作しているのは間違いないから。

メイ:この秋は騒々しい大統領選挙も控えているし、西海岸の火事は収まらずここニューヨークにまで煙が届いてしまう勢いだし、学校はほぼ全リモートのまま。トランプ大統領は、11月までに買収が決まらなければ、ティックトックに米国からの撤退を命じると言っているけど、あれに頼りきっている子どもたちは立ち直れないかも?

スティービー:また何か新しいトレンドが始まるよ。きっとみんなワクチン開発くらいの勢いで、今頑張っているはず。ファッションに投資してもらえない理由が分かる気がする。

メイ/クリエイティブディレクター : ファッションやビューティの広告キャンペーンやブランドコンサルティングを手掛ける。トップクリエイティブエージェンシーで経験を積んだ後、独立。自分のエージェンシーを経営する。仕事で海外、特にアジアに頻繁に足を運ぶ。オフィスから徒歩3分、トライベッカのロフトに暮らす

スティービー/ファッションエディター : アメリカを代表する某ファッション誌の有名編集長のもとでキャリアをスタート。ファッションおよびビューティエディトリアルのディレクションを行うほか、広告キャンペーンにも積極的に参加。10年前にチェルシーを引き上げ、現在はブルックリンのフォートグリーン在住

レイチェル/プロデューサー : PR会社およびキャスティングエージェンシーでの経験が買われ、プロデューサーとしてメイの運営するクリエイティブ・エージェンシーで働くようになって早3年。アーティストがこぞってスタジオを構えるヒップなブルックリンのブシュウィックに暮らし、最新のイベントに繰り出し、ファッション、ビューティ、モデル、セレブゴシップなどさまざまなトレンドを収集するのが日課

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