2021年春夏のコレクションサーキットのラストとなるパリ・ファッション・ウイーク(以下、パリコレ)も3日目となりました。パリからはベルリン在住のヨーロッパ通信員が現地取材の様子をお届けしますが、オンラインでも日本の記者たちが対談レビューという形で、“できるだけリアルタイムに近いペース”で取材を進めていきます。今回は、パリコレ取材3度目の丸山瑠璃ソーシャルエディターと今年からコレクション取材をスタートさせた「WWDジャパン」編集部の美濃島匡の若手2人がリポートします。
ベールで身を守りながら2020年と対峙する「ケンゾー」
丸山:フェリペ・オリヴェイラ・バティスタ(Felipe Oliveira Baptista)による2シーズン目の「ケンゾー(KENZO)」は、ソーシャルディスタンシングを意識した広い庭園がショー会場。コレクションで何より印象に残ったのは、養蜂家の服装からインスパイアされたという顔や体をすっぽり覆うメッシュのベール。ベールというより、帽子のヘムから垂れて、アウターやスカートと合体するタイプもあり、外の世界と内の世界を分かつ透明な防護服という感じ。オリヴェイラ・バティスタのファーストコレクションも、放浪の旅の中で自分を守ることをイメージしたもので、“プロテクション”がキーワードになっていました。今回はそれをアップデートしてきたように思います。
美濃島:全体的にサファリな雰囲気でしたが、ベールが神秘的な雰囲気を加えていましたね。ゆったりとしたシルエットに大きなフードを付けたコートにも、ベールと同じく防護服の意味合いを感じとりました。ただ、防護服といっても、自立した女性が自らを守るために選択するような力強さがあり、ネガティブさはありません。ただ、花のグラフィックはどこか寂しげな印象でした。
丸山:今季のために開発したフラワープリントは、ブランドのアーカイブのポピーとオルテンシアのプリントにデジタルで泣いているような効果を与えたそう。理由は、世界が泣いているから。その花から繭のように身を守るのがベールです。「ケンゾー」といえば、楽観的でどんな時も楽しむことを忘れない前向きなのがブランドらしさですが、今の世界の状況やさまざまな問題を棚に上げて「元気出して!前を向いて!」と言うのは不適切。オリヴェイラ・バティスタは、世界の深刻な状況ときちんと対峙しながらどうしたらファッションで人に希望を与えることができるか、考え抜いたんだと思んだよね。リリースにある「前向きな答えには一定の実用主義な考え方が伴う。では、ここからどうしたら良いのか?どうやって人々を助ける事が出来るのか?彼らに希望を与え同時に人生を促進させるには?」という文言から、その葛藤が読み取れるみたい。
美濃島:「世界が泣いているから」――強いメッセージですね。丸山さんのおっしゃる通り、これまでの「ケンゾー」とは一線を画すシリアスさでしたが、僕はとても共感しました。手放しにポジティブな意見を発するよりも、どうしたらよいか悩むありのままの姿を見せてくれた気がします。
“soon”っていつ!?な「ゴシェール」
美濃島:「ケンゾー」から少し時間が空いて、パリコレの公式サイトに戻ってきたんですが、「ゴシェール(GAUCHERE)」は定刻になっても全然始りませんね……。“Digital available soon”の表記が出されたまま更新されず、次のショーの時刻になってしまいそうです。“soon(もうすぐ)”とは一体いつなんでしょう(笑)。リアルでもショーをしているはずなのですが、もしかしてその映像はライブ配信せず、編集したものを後日公開するのでしょうか?
丸山:そうかも。ただリアルは予定通りスタートしていて、「WWDジャパン」ヨーロッパ通信員の藪野さんが現地で取材しているはずなので、この場はお任せしようか。藪野さんの現地レポは後日公開予定です!
「リトコフツカヤ」で大自然に癒される
丸山:ウクライナ発の「リトコフスカ(LITKOVSKA)」は、ブランドの“アーティザナル”ラインのコレクションをウクライナの大自然の映像とともに届けました。その合間にデザイナーのリリア・リトコフツカ(Lilia Litkovska)がコレクションに込めた想いやその過程を語る映像が差し込まれていて、背景やストーリーをスッと理解できたね。
美濃島:デザイナーのパーソナリティーも見て取れる素敵な映像でしたね。無機質なドキュメンタリーではなく、どこか温もりのある映像になっていたのは木琴の音楽の鳥のさえずりなどの自然音のおかげでしょうか。ハンドメイド感あふれるボーダー柄がとても可愛かったし、生地を織る作り手の顔も見られるから買ったらいっそう愛着が湧きそうです。個人的には、工房のスタッフがユニホームとして着ていた、ブランド名が入った白いショップコートを商品化してほしいです。
丸山:山に囲まれて育ったというリトコフツカヤは今回、ウクライナの自然が生んだ素材を使い、その服を着た都市で生きる人々に自然のエネルギーや人の手による温もりを伝えたかったんだって。「リトコフツカヤ」は過去にもパリでリアルのショーをしていたけど、地元の自然が着想源なら、こうして映像を見た方がすごく理解が深まるかも。着る人が自分のストーリーを描けるようにラストルックは毎回白い服にしているというエピソードもよかった。
一瞬身構えた「ドリス ヴァン ノッテン」
丸山:21年春夏メンズの「ドリス ヴァン ノッテン(DRIES VAN NOTEN)」はモデルがサイケな背景の中でドラムを叩くだけの映像だったと聞いていたので、今回もサイケっぽい映像が流れたとき「まさか、ドラムの再来か!?」と思って一瞬身構えたよ(笑)。でも、今回はちゃんと服も見れてよかった。
美濃島:前回の映像をリアルタイムで鑑賞し「何だコレ?」を全身全霊で感じた僕も、丸山さんと同様かなりヒヤっとしましたが、だいぶコレクションがイメージできる映像に進化していてホッとしました(笑)。
丸山:見れたといっても、服に映像をプロジェクションしている演出だから、ちゃんと見えたかどうかと言われると微妙なんだけど(笑)。でもオンラインで発表するものは必ずしも服が見れなくてもよいとようやく割り切ることができるようになったかも。映像は極彩色や強いコントラストの作風で知られる写真家、ヴィヴィアン・サッセン(Viviane Sassen)が撮影していたね。プロジェクションされていた映像は、カメラを使わずフィルムに直接絵を描くテクニックで映画史に影響を与えたというレン・ライ(Len Lye)の映画でした。
美濃島:丸山さん安心してください、ルックではちゃんと服が見れますよ!サッセンは「トーガ」の映像も手掛けてましたよね。コレクションは今季も染めのモチーフが健在で、コントラストの強いボーダーやタイダイなどが登場。力強い色彩はカラッとしたアフリカの大地を彷彿とさせます。ほかにも民族衣装のようなシャツもあって、アフリカンなイメージをさらに加速させますね。コートの襟元や袖などをくり抜く手法は他ブランドでも多く見られたので、次のトレンド候補かもしれません。
「エリー サーブ」の強さを実感 キャスティングには違和感も
丸山:ブライダルドレスやイブニングドレスを得意とする「エリー サーブ(ELIE SAAB)」の今季のテーマは“HYMNE A LA VIE(人生の賛歌)”。孤独から目覚め、人生を謳歌するエネルギーあふれる女性を描きました。「エリー サーブ」はレバノンのベイルート拠点で、アトリエも8月に起こった大爆発の被害に遭ってしまったんだけど、それを乗り越える気概を見せてくれるような強いテーマです。
美濃島:火曜サスペンスのような岩波のロケーションときらびやかなドレスのギャップが面白かったです。効果音にもサスペンスチックなものを入れ込んでいて、きれいな雰囲気で終わらせず違和感を持たせていましたね。
丸山:ランウエイでは序盤にデイリーウエアを、終盤でイブニングドレスを見せるのが王道だけど、「エリー サーブ」が公開した映像も徐々に空が暗くなって、ルックもより装飾的でフォーマルになっていったね。少し気になったのは、有色人種のモデルが少なく、カメラのフォーカスも全然当たっていなかったこと。ブランドから届いたリリースには、「not one woman is the same nor wants to be(女性は誰一人として同じではないし、同じになりたくもない)」というメッセージがあっただけに、違和感を感じたな。
美濃島:中東系の人はところどころで見られましたが、アジアやアフリカ系はほとんどいませんでしたね。ただ、僕はそれほど気になりませんでした。「Behind The Scenes」と題して裏側を切り取った映像も同時公開していたのですが、モデルたちが移動の際に手を取り合ったり、和やかに会話していたりと、楽しそうな現場の雰囲気が伝わってきました。むしろこっちをメインにしたほうがコレクションの魅力を伝えられたのでは?と思ったほどです。
とびきり可愛い「パトゥ」で心踊る
丸山:「パトゥ(PATOU)」は相変わらずかわいかった〜。ギョーム・アンリ(Guillaume Henry)が20年春夏に再始動させて以来、「パトゥ」はパリのシテ島にアトリエを置いているんだけど、窓の位置や椅子などからこの動画もアトリエで撮影されたとみた(笑)。コレクションは毎回このアトリエで発表しているんだけど、中に入るとアンリが来場者とフランクにお話ししていたり、スタッフが作業をしていたりとすごくアットホームな雰囲気で、まさにフレッシュでフレンドリーな今っぽさを体現しているような空間なんだよね。デジタルだからといってロケーションを変えず、いつもの場所から発信してくれたことに感動しました。
美濃島:毎回アトリエで発表しているんですね!勉強不足でした。ロケーションを知っていると伝わって来る情報量が違いますね。自然光がたっぷり入る空間で、あえてボヤかした映像はホームビデオを見ているかのよう。温かい気持ちになりました。
丸山:コレクションは、ドレスが増えたりパフスリーブや襟がより大振りになったりして、 “ドレスアップ”用にさせたよう。これで頑張れば買える価格帯だからうれしいです。
美濃島:時折、「バルーンスリーブの付いたネイビーのメタリックなサテンドレス」などの説明が入るのも理解しやすかったですね。中世ヨーロッパの貴族が着ていたドレスをとびきり可愛くアレンジした洋服がたくさんあって、丸山さんのテンションが上がっているのも納得です。日本でももっと人気が出そうですね。
ナチュラルとドレスで奥行きを見せた「アクネ ストゥディオス」
丸山:「アクネ ストゥディオス(ACNE STUDIOS)」はグラン・パレ(Grand Palais)内にモダン美術館のような部屋を4つ作りました。映像はカメラが部屋を順に巡っていくもので、最初の部屋ではモデルたちが天井に吊らされている球体を見上げているんだけど、その後カメラはネオンライトが置かれた夕暮れのような色合いの部屋、最後に日没直後のような色の青いライトの部屋に移っていく。アイデアは「エリー サーブ」と似ていて、最初の部屋ではビックシルエットのジャケット、クロシェ編みのニットなどニュートラルなカラーのルックで、2つ目の部屋に移ると色を帯びたルックが最後の部屋ではグラデーションカラーのトップスやシルバーのドレスなどが登場しました。
美濃島:クロシェ編みのショーツやビキニトップスがとってもかわいかったですね。洗いざらしのリネンのようなザラついた質感のドレスも気取らず着られる安心感がありました。最後の青いライトの演出は、服のきらめきはわかったのですが、そのほかのディテールが少し見えづらかったです。ピンポイントでクリアな光を当てればもっと伝わったのではないでしょうか。多数のルックが着用していたクリアメガネには、ベールで防護感を出した「ケンゾー」に近いものを感じました。
セレブはリモートでも「バルマン」のフロントローを死守
美濃島:こんな時代でも、尖ったクリエイションを期待するブランドはいくつかあって、「バルマン(BALMAIN)」もその一つ。最初に登場したゆったりシルエットのワントーンスタイルを見たときは「やっぱりニーズに合わせて来たか」と一瞬落胆したのですが、鮮やかすぎるネオンカラーのルックが立て続けに登場した時は「これこれ!」とテンションが爆上がりでした。
丸山:創業者のピエール・バルマン(Pierre Balmain)の録音音声とともに幕開けしたね。今回のコレクションの鍵となるのはピエール・バルマンが70年代に使っていたモノグラム。このモノグラムを使ったパンツスーツにハイネックトップスなど、コロナ禍でベーシックで長く使えるものに投資するような消費傾向に応えるスタイルだったけど、ストロングショルダーのテーラードジャケットや同素材のサイクルパンツとピンヒールなど、これぞ「バルマン」!なアイテムも多かったね。最後は200万もの「スワロフスキー(SWAROWSKI)」クリスタルを使ったジャケットで、あまりのまばゆさで目が眩みそうだった。BGMのザ・ウィークエンド(The Weeknd)の「Blinding Lights」にぴったりだったね。
丸山:フロントローをスクリーンが占拠してる図がシュールすぎて笑っちゃった。ライブでつないでいるのかと思いきや、事前に録画された動画を流していたんだって。スクリーンにはジェニファー・ロペス(Jennifer Lopez)やアッシャー(Usher)、クリス・ジェンナー(Kris Jenner)、カーラ・デルヴィーニュ(Cara Delevingne)がいて、本当に豪華!フロントローに誰が座っているかはブランドの勢いを知る一つの指標でもあり、すごく重要。特にオリヴィエ・ルスタン(Olivier Rousteing)はセレブからとても親しまれているデザイナーでゲストも毎回豪華なので、今回セレブをリアルで呼べなかったのは無念に違いない。でも、それを解決する奇想天外すぎる発想に脱帽だよ。
美濃島:スクリーンによるフロントローの占領は、もはや事件です(笑)。一般席がかなり密だったのに、セレブはスクリーンで鑑賞って、なんだかディストピア映画のワンシーンみたいだなと思いましたが、映像は録画だったのですね。安心しました。
丸山:最後に出てきたキッズモデルがリモコンでスクリーン消したのに気づいた?会場が暗転するのにスクリーンをつけたままでは画面が光っちゃうからね(笑)。最後までコミカルな演出でした。
美濃島:キッズモデルはグレーのおそろいセットアップを着てましたね。あれ、商品化したら売れそうだな。