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連載 小島健輔リポート

NY撤退後の「鎌倉シャツ」の課題【小島健輔リポート】

 ファッション業界の御意見番であるコンサルタントの小島健輔氏が、日々のニュースの裏側を解説する。日本以上にコロナの影響が深刻な米国で、鎌倉シャツがニューヨークの店舗の閉鎖を決めた。当面はオンラインストアを受け皿にし、終息後の再出店の機会を伺う。日本ブランドの成功例といわれてきた同店の閉店は、コロナ下の米国小売業の厳しさを印象づけるものだった。

 メーカーズシャツ鎌倉(鎌倉シャツ)がニューヨークのマジソン・アベニュー店を年内で閉店すると発表した。2012年の進出以降、黒字を確保していたが、コロナによってマンハッタンの消費自体が壊滅的な影響を受ける中での決断だった。閉店の背景とコロナ後の課題を考えてみた。

NY撤退は避けられなかった

 鎌倉シャツは2012年10月30日にNYマジソン・アベニューに米国進出の1号店を開設した。続いて15年12月17日にはグラウンドゼロのブルックフィールドプレイスに2号店を開設したが、3年半後の19年9月15日に同店を閉店している。その段階で米国市場対応の難しさは見えていたはずで、コロナ禍による売り上げの激減で撤退を決断したと思われる。

 米国での鎌倉シャツの売り上げは、マジソンとブルックフィールドの2店舗体制だった19年5月期でも271万ドル(20%を占めるECも含む)に過ぎず、米国法人は投資に見合う収益には遠かったはずだ。コロナ禍のロックダウンで休業期間が4カ月にも及び、感染が収まらずリモートワークが定着してマンハッタンの人出は戻らず、売り上げは前年の10分の1という惨状だったから、撤退の決断はやむを得なかった。

 ではコロナ禍がなければ、いずれボストンやワシントンDCなど東海岸の諸都市にも店舗を広げ米国市場で一角を占める規模に成長できたかというと、それは難しかったのではないか。もしそんな勢いがあったならブルックフィールドの店舗を閉めてはいないし、進出から8年間もあったのだから3号店や4号店も出店していたはずだ。価格と品質のバランスを評価する手応えを感じても多店化するまでの勢いはなく、アウェイな米国事業を遠隔マネジメントする労力とコストは小さな会社には負担が大きかったと思われる。

 加えて、米国ビジネスウエア市場の変化も鎌倉シャツには逆風だった。ビジネスウエアのカジュアル化が加速してスーチング需要が激減しているのは日本と同様で、とりわけ伝統的な東部風ビジネススタイルに立脚するアパレル事業者の業績は近年、急速に悪化していた。そこにコロナ禍のロックダウンでわが国に倍する長期休業を強いられ、アメリカントラディショナルの大御所というべきブルックスブラザーズ(BROOKS BROTHERS)は7月8日、「米国の青山」ともいうべきテイラード・ブランズ(TAILORED BRANDS)も8月2日、連邦破産法11条を申請して破綻した。

ドレスシャツとワーキングシャツは違う

 米国のメンズウエア市場はわが国以上にカジュアル化が進んだ一方、階級意識もシリアスで、経営層の「スーツ」、中間管理職・現場監督層の「オフィサー」、労働者階級の「ワーカー」や「セールスマン」というビジネスウエアの階級区分がはっきりとある。「スーツ」はピッタリ仕立てのテーラードスーツと華奢なドレスシャツ、「オフィサー」はジャケットにタフなワーキングシャツとセンタープレス・スラックス、「ワーカー」はブルゾンやパーカにカジュアルパンツ、「セールスマン」は安手な吊るしの既製スーツ、というのが東海岸や中北部ではお約束になっている(自由な気風のカリフォルニアなどは異なる)。

 「スーツ」階級の着るテーラーメイドスーツは、ショーファー付きで汗して働くこともないから、ソフトな上質ウーステッド素材でかなりスリムに仕立てられている。合わせるテーラーメイドのドレスシャツも華奢な上質素材で、同様にスリムに仕立てられている。米国ドラマ「ホワイトカラー」の主人公、ニールのしなやかな着こなしを思い出してもらいたい。対して「セールスマン」の着る既製スーツは肉体労働も可能なようにフィットがややラフで、耐久力のある素材で手頃な値段に抑えてある。売っているところもロードサイドの「メンズ・ウエアハウス(MEN'S WEARHOUSE)」など、日本の青山商事やAOKIと変わらない。そんな「セールスマン」や「オフィサー」が着るのがワーキングシャツだ。

 テーラーメイドのドレスシャツに近い素材と造りの既製ドレスシャツとワーキングシャツは素材も造りも違う別物で、フィットも機能性も異なる。ドレスシャツは素材も華奢でしなやかだが胴回りや肩口、袖口などフィットがタイトで、体を動かして働く「オフィサー」や「セールスマン」には窮屈だ。「静」と「動」の違いといったら良いだろうか。

 鎌倉シャツはもとより「VAN」の血筋を引くトラッドマインドが通底しており、ノーネクタイでも着崩せる清潔感あるカジュアルさがあって、アイビースクール感覚が抜けないさわやかな大人を感じさせる。そこには「スーツ」や「オフィサー」「ワーカー」といった階級意識とは無縁のおおらかさがある。そんな鎌倉シャツにニューヨーカーたちはプレッピーの系譜を見たのかも知れないが、今日のシリアスな階級闘争を生きる「戦闘服」としては中途半端だったのかも知れない。「スーツ」階級のドレスシャツとしては華奢さが足りず、「オフィサー」のワーキングシャツとしてはタフさが足りない。前者にしては安価に過ぎ、後者にしては上質に過ぎたのだろう。

 わが国とはビジネスウエアの社会慣習が少なからず異なる米国市場では、品質と価格のバランスを評価する顧客は付いても、ビジネスウエアの社会慣習を変えるほどのインパクトはなかったと思われる。

日本の商品とビジネスにも負荷がかかった

 組織も資本も小さな鎌倉シャツにとって米国進出は夢ではあっても現実の経営は荷が重すぎ、日本の商品や経営にも負担が及んだのではないか。

 ニューヨーク進出直後から日本で展開する鎌倉シャツのフィットが微妙にスリムになり、米国事業の投資が嵩んでかベーシックシャツの価格が税別4900円から5900円になり、6900円とか7900円のベターラインが増えていった。創業間もない頃から愛顧してきた私など、これまで試着しなくてもおきまりのサイズを選べば済んでいたのが逐一、試着しないと買えなくなって戸惑った。ニューヨーカー風にスリムに着る若い顧客を取り込む効果はあったかも知れないが、馴染みの顧客は戸惑うばかりで、素材やデザインは目立って若返ることはなかったから疑問に思ったことを覚えている。

 日本のビジネスマンにとって既製ワイシャツは「コモディティ」であって、それぞれに買えるクラスは違っても、自分のご愛顧ブランドを決めて時々に好みの色柄を選び、値札も寸法も確かめることなくいつものサイズを買えば済むのが好ましい。忙しいときはECで済ましても良いし(鎌倉シャツは4分の1がEC売り上げ)、奥さんや秘書に代理購入してもらうのも容易だ。

 鎌倉シャツもグローバルなブランドになったのだから、フィットもニューヨーカー風にスリムになり、価格もブランドの付加価値(実際はコスト)が乗って多少は高くなっても仕方ないよね、と当時は思ったものだ。グローバルとローカル(実際は日本もNYもそれぞれローカル)のギャップやコストの上昇を解消しないまま、夢を追って19年11月7日に上海(上海は華南、北京は華北、2つのローカルがある)に進出して間もなく、コロナが襲ってさまざまな課題が露呈した。

コロナ禍のダメージと対策

 日本の鎌倉シャツの店舗はビジネス需要を狙ってターミナルやビジネス街に集中していたから、コロナ禍の直撃を受けた。緊急事態宣言下で1カ月半の休業を強いられ、リモートワークの定着もあって営業を再開しても顧客の戻りは限られた。ビジネスシャツの売り上げは3〜5月がピークなのに4月と5月の店舗売り上げがほぼゼロになり、メーカーズシャツ鎌倉の20年5月期売上は32億2900万円と前期の45億4700万円から29%も減少し、創業以来初めての減収となった。店舗スタッフを動員してのチャット接客で伸ばしたEC売り上げ※1、取り組み工場で急きょ作った布マスクの累計50万枚の売り上げはサダ・マーチャンダイジングリプリゼンタティブに計上されたから、両社合計の売り上げはそこまで落ち込まなかったと思われる。

 高齢で引退した創業者の両親に代わり2月に企画・生産・EC運営のサダ・マーチャンダイジングリプリゼンタティブ、5月に店舗販売のメーカーズシャツ鎌倉の代表取締役社長を引き継いだ長女の貞末奈名子氏は、両親の理念を受け継いで雇用と取引の継続に努め、店舗休業中の従業員給与を全額支給し、5月末の決算ボーナスも8月末との二分割にはなったが全額を支給。取り組み縫製工場に対しても布マスクの製造を発注して生産ラインの維持に尽力している。

 メーカーズシャツ鎌倉は営業外収益を計上して4割近い減益ながら4700万円の最終損益を確保し、決算が12月のサダ・マーチャンダイジングリプリゼンタティブ(前期売り上げは51億7000万円)もEC売り上げが下支えして黒字が見込めると奈名子社長は「繊研新聞」のインタビューに答えている。サダ・マーチャンダイジングリプリゼンタティブの売り上げの過半はメーカーズシャツ鎌倉への商品納入とEC販売の代行であって重複しているが(残りは外部のOEM受注)、両社の連結実態は開示されておらず推測の域を出ない。

※1.EC売り上げの計上はサダ・マーチャンダイジングリプリゼンタティブで、メーカーズシャツ鎌倉への売り上げ計上は不明。

浮上した4つの課題

 そんな課題を見据え、貞末奈名子新社長は以下の3つの改革を進めようとしているのだと推察する。

(1) 製販両社の一体化によるチームVMI※2の機動化効率化、店舗とEC一体のC&C顧客利便と在庫効率の向上

(2) 出店の抑制と適正店舗規模への回帰、店舗運営と接客プロセスの再確立

(3) 創業の地「鎌倉」へ回帰しての新創業と会社組織の再構築

 サダ・マーチャンダイジングリプリゼンタティブはメーカーズシャツ鎌倉への適時適品供給の一方、取り組み11工場の稼働率にも配慮して外部のOEM受注を確保するという両面対応を求められ、必ずしもメーカーズシャツ鎌倉へのVMI供給に徹していたわけではないし、ECも店在庫を引き当てての店受け取りや店出荷というC&Cまでは実現できていなかった。製販一体のようで二人羽織のような一面もあったのではないか。だからこそ、遠からずの組織一本化を考えているのだろう。

 出店立地や店舗規模、VMDや運営スタイルも再検討する必要がある。ターミナルやビジネス街に集中する出店はコロナで壁に当たり、郊外ターミナルなど生活圏立地に布陣する品ぞろえと店舗スタイルの確立が急務だし、少人数運営の小型店で後方ストックに多頻度に出入りする在庫運用は鎌倉シャツの原点から乖離している。鎌倉シャツの効率を実現したサイズ別ボックスVMDと店舗運営が崩れているという危機意識はないのだろうか。

 奈名子社長は米国事業も中国事業も担当して、商品でも物流でも店舗運営でもローカルギャップを痛感したはずから、「鎌倉」回帰は国内完結を志向したものという受け止め方もできる。上海の店舗は好調で撤退など考えないだろうし、ニューヨーク再進出の夢も捨ててはいないだろうが、多店化して一定の事業規模まで伸ばすつもりなら商品と物流のローカル対応は必須で、投資も手間もかさむ。コロナ禍のダメージの中、限られた資産や人材をどこに集中するかも問われよう。

 コロナ後を見据えるなら

(4) 需要の衰退が避けられないビジネスシャツをカバーする新アイテムの拡充

も急がれよう。それも取り組み工場の生産ラインで効率的に作れるものに限られるから、シャツの派生アイテムになる。単仕立てのシャツジャケットやシャツコート、パジャマやシャツガウン、ネルシャツやワークシャツ、夏場はアロハやカリユシ、ということになるのだろうか。それをシャツ同様の陳列・販売プロセスと製販一体のウィークリーVMIで回す仕組みを築き上げるとしたら、非効率な海外事業に時間も費用も割く余裕は到底ないはずだ、と思うのは外野の老婆心に過ぎるだろうか。

※2.VMI(Vendor Managed Inventory)……あらかじめ定めた陳列棚割と販売計画に基づいてベンダーに補給と在庫管理を委任する取引形態

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