ファッション

インテリア業界の永遠の憧れ、ライフスタイルの先駆者コンラン卿を偲ぶ

 ザ・コンランショップ(THE CONRAN SHOP以下、コンランショップ)やロンドンのデザインミュージアムの設立者で知られるテレンス・コンラン(Terrence Conran)卿が9月、イギリス・ロンドンの自宅で死去した。今、業界を問わずライフスタイルがキーワードになっているが、コンラン卿は半世紀以上も前からシンプルで美しいライフスタイルを提唱した先駆者だった。今でこそ、世界中でイケア(IKEA)や無印良品(MUJI)などのライフスタイルショップが人気だが、コンラン卿は1960年代に既にライフスタイルに軸を置いたビジネスをスタートさせ大成功を収めた。インテリアだけでなくレストランやホテル業にも進出。著書も多く、コンランの名前は世界中で知られるようになった。

 私自身、新宿のコンランショップはもちろん、パリやロンドンを訪れた際には必ず立ち寄る場所だ。コンランショップの家具はなかなか手がでないが、お小遣いで買える世界中から集めた珍しいテーブルウエアやステーショナリー、雑貨がたくさん。行くたびにワクワクし発見がある、そんなショップなのだ。自宅にはチュニジア製のストールやイタリア製のハンドメードのバッグ、インド製のキャンドルホルダー、アフリカ製のトレーなど、コンランショップで出合ったものが数多くある。それらは価格に関係なく、いつ、どこで出合えるか分からないものばかりだ。それらを所有することで、まるで自分がその地に旅したような気分になれるものも。コンラン卿が提唱するシンプルで美しいライフスタイルには、時代や国を超越する普遍的な魅力がある。ラグジュアリーと謳わず、コマーシャルでもない。デザイン好きなら誰でも気軽に入れるといった気さくな点も多くの人に支持される理由だろう。コンランショップのブランドカラーでもあるブルーのシャツに身を包むことの多かったコンラン卿。イギリスの写真家であった初代スノードン伯爵(Lord Snowdon)もブルーのシャツを好み、「スノードン・ブルー(SNOWDON BLUE)」という書籍があるが、コンランショップのブランドカラーは“コンラン・ブルー”と呼ばれるべきだと思う。

 コンラン卿について、日本でコンランショップを運営する森康弘コンランショップ ジャパン社長と大野賢二コンランショップ ジャパン執行役員 商品部長に話を聞いた。

暗いイギリスに洗練とポップさをもたらした

森 康洋 / ザ・コンランショップ ジャパン社長

 今はライフスタイルという言葉がどの業界でも溢れているが、恐るべきことにコンラン卿は、そんな言葉さえ存在しない50数年前には、コンランショップの原型となるハビタ(HABITAT)の1号店を英ロンドンにオープンした。そして、1970代初頭にはコンランショップを出店。家具だけでなく、バスやキッチン、照明、アート、ファッション、グリーン、アウトドア家具 小物などをそろえたショップは、まさに今あるライフスタイルショップの先駆けであり、驚き以外の何ものでもない。日本に初めてコンランショップが登場した26年前の衝撃は家具業界だけではなくアパレル業界にも大きく影響を与えたのではないだろうか。私自身は当時まだアパレル業界にいたが、あの衝撃は今なお覚えている。コンラン卿の最大の功績は、イギリス人の生活様式を激変させたことだと思う。暗いイギリスの生活様式、どこも同じ家具のデザイン、美味しくない英国料理、今の華やかなロンドンからは想像できないくらい50年前は暗い街だった。彼が始めたインテリアをはじめ、レストランやホテルなどのビジネスのおかげで、イギリス人の生活が洗練されたポップなライフスタイルに変わったと思う。ホテルもおしゃれになったし、素敵なレストランが増えて食事も格段においしくなったと思う。コンラン卿は自身の著書の中で「優れたデザインは、人々の暮らしの質を向上させる」というシンプルな信念を語っていたが、その通りだと思う。彼がインテリア業界に与えた影響は計り知れないものだ。コンラン卿の残したレガシーは、これからもコンランショップの中で生き続ける。

全てにおいてどの時代も心躍らされる人

大野賢二 / コンランショップ ジャパン執行役員 商品部長

 コンランショップ・ジャパンに入社してから20年近く経つが、コンラン卿は、私にとっては教科書であり永遠の憧れの存在だ。ショップ事業は彼がよく言う“デザインと生活の質の本質的な関係性を見つける”場であり、コンラン卿が手掛けていたほかの多くのデザイン事業とは異なり、一般の消費者との接点を持てる場だった。優れたデザインが満足度の高い暮らしをもたらす、それを日常生活レベルで実現させるという、コンラン卿の至ってシンプルな信念、それを世界中に浸透させるための発信基地がコンランショップだ。一緒に仕事をするという経験はあまり無く、コンラン卿の審美眼によりセレクトされたものを彼の信念とともに表現するのが私たちの仕事だった。またデザイナーであり、レストランやホテル経営者、作家などさまざまな事業で成功を収めた偉大な人であるが、”どの時代も心を躍らせる人”であったと改めて思う。20年前に初めてロンドン・フルハムの本店を訪れたとき、キングスロードのブルーバード・チェルシー(BLUEBIRD CHELSEA)のレストランで食事をしたとき、ショーディッチのホテル「バウンダリー・ロンドン(BOUNDERY LONDON)」に泊まったとき、最近では彼が設立し、移転した新しいデザインミュジーアムを訪問したとき。その全てにおいて私の心を躍らせてくれ、新鮮な驚きと幸福感をもたらしてくれる存在だった。“プレーン、シンプル、ユースフル”というコンラン卿の哲学にはどの時代にも通じる、真の心地よさと豊かな暮らしの本質がある。


 ファッション・デザイナーのジャスパー・コンラン(Jasper Conran)は、コンラン卿の息子で、12年からコンランショップの会長兼クリエイティブ・ディレクターを務めている。また、16年からモロッコ・マラケシュでブティックホテルの「ロテル マラケシュ(L’HOTEL MARRAKECH)」を運営しており、昨年にはモロッコ・タンジェにある元イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)とパートナーのピエール・ベルジェ(Pierre Berget)が所有していた別荘“ヴィラ・マブロカ(VILLA MABROUKA)”を購入した。妹のソフィー・コンラン(Sophie Conran)は自身のライフスタイルブランドを運営。兄のセバスチャン・コンラン(Sebastian Conran)はプロダクトデザイナーで、日本の飛騨産業をはじめ世界中の企業とコラボレーションしている。ジャスパーは自身のインスタグラムで、「父親はまるで眠るかのように安らかに亡くなった。多くの方々からのメッセージに感謝している」とコメントしている。コンラン卿の美意識はこれらの子孫によって引き継がれていくことだろう。

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