「0点か100点かぐらいに評価が分かれてもいい」――「ダブレット(DOUBLET)」の井野将之デザイナーがインタビューでそう語っていたのは、2017年の3月のこと。東京ファッション・ウイークで初めてランウエイショーを行う直前だった。その言葉通り、デビューショーの奇抜な演出に評価は賛否両論。実際に取材した当時の自分も、100点だとは正直思わなかった。それから約3年半が経った20年10月12日、「ダブレット」は東京で再びショーを行った。以前とはブランドを取り巻く状況も激変し、取り引き先のアカウントも国内39、海外27にまで拡大した。それでも井野デザイナーは本番前日にブログを更新し、「賛否両論の中間意見がなく、賛か否に分かれるショーになる」と控え目に綴った。
ショーは楽天の支援で
「ダブレット」のショーは、東京ファッション・ウイークの冠スポンサーである楽天が今シーズンから立ち上げた日本発ブランドの支援プロジェクト「バイアール(by R)」の第1弾として、「映像による発表を行う」と関係者に通達されていた。しかし実はこれ、盛大なサプライズへの布石。「渋谷のハロウィンパーティーが中止になったから、自分たちなりのハロウィンパーティーを」というテーマで動画を制作し、“上映会”として招待した有力ファッションメディアの編集長ら約20人の前に動画のゾンビたちが実際に現れるというドッキリ企画だ。
そんな子どものようなイタズラを真剣に実行すべく、20時の本番に向けて各業界のプロフェッショナルたちが朝一に集結。25人のモデルたちにホラー映画「シャイニング(The Shining)」「悪魔のいけにえ(The Texas Chain Saw Massacre)」「ミザリー(Misery)」などからオマージュしたゾンビメイクを次々に施していく。上映会当日に撮影から編集までを行う超強行スケジュールのためただでさえ時間の余裕はなく、メイクや演出の修正を繰り返すうちにスケジュールはさらに押していった。しかし(本当に間に合うのだろうか?)という部外者の心配をよそに、現場には笑顔が絶えない。血まみれのおどろおどろしいゾンビたちも談笑したり、互いを撮影し合ったりと和やかで、見た目とのギャップについ何度も吹き出してしまった。そして本番まで2時間を切ったころ、井野デザイナーの「セーフ」という安堵の声とともに9時間以上にも及んだ撮影は終了した。「井野さーん!」「井野さん確認お願いします!」と呼ばれて四方八方走り回るデザイナーとは離れた場所で、「ダブレット」を陰で支えるパタンナーである村上高士とニッターの嘉納絵里奈がギリギリまで服を手直ししている姿がチームの一体感を表していた。
ドッキリ大成功なるか
そしていよいよ本番。会場となった東京・青山のレストラン「ロアラブッシュ(Leau a la bouche)」の周囲が徐々に騒々しくなり、招待客が続々と席に着く。テーブルに用意されたVRゴーグルを装着し、映像が終わって外すと目の前にゾンビたちが出現!「ぎゃー!」という期待通りのリアクションは残念ながらほぼ見られなかったものの、会場には笑顔が溢れた。招待客も、取材班も、モニター越しでしか見られなかった裏方スタッフも笑っている。動画配信で画面越しに見た視聴者の中にもクスッとした人はきっと多いだろう。ゾンビたちが着ているのは“なんでもない日を祝う”というメッセージのもとに作られた21年春夏コレクションが7割で、残り3割はアーカイブがミックスされている。“アンデッド”として甦ったウエアの中には量産されなかったアイテムも見られるなど、コレクションに対する愛情が感じられた。楽天による初の試み、リアルとデジタルの融合、早すぎるコレクションサイクルへの問題提起――今のファッション業界を象徴するさまざまなニュースが凝縮されているのに、ハッピーな「ダブレット」ワールドがその全て飲み込んだ。
進化を続ける理由
思えば17年3月のショーで「100点」と言えなかったのは彼らの“服”が好きで、奇抜な演出がトゥーマッチに感じたからだ。でも、今は違う。リアルとデジタルを駆使してブランドの世界観を立体的に表現する術を物にしつつあり、ドッキリが成功したかどうかは微妙なところだが、今回の試みは「賛」の声が圧倒的多数だ。もちろん、「バイアール」による支援の効果も大きいのだろう。しかし人々を笑顔にさせたのは、井野デザイナーのファッションや人への愛情である。「人を楽しませたい」という思いはブランドの知名度やビジネスが広がっても変わらないし、デザイナーは苦労人だからこそその思いは人一倍強い。「類は友を呼ぶ」「スタンド使いはスタンド使いにひかれ合う」という言葉通り、その根底にある愛情が「ダブレット」というブランドに相応しい、真剣に悪ふざけができる仲間たちを呼び寄せているのだろう。ショー終了後はスタッフ同士やモデルが抱き合い涙する姿も見られた。その場に足を踏み入れた誰もがハッピーな気持ちになる、愛にまみれたゾンビの館だった。