10月18日、“渋谷区公認のキャリー品ECサイト”として、「シブヤ・ファミリーセール」がスタートする。アーバンリサーチ、シップス、トゥモローランド、アダストリアなど有力セレクトショップ、SPA企業が参加予定で、今後も引き続き出店企業やブランドを募集。「2021年3月末までに100ブランド・店の出店を目指す」と、同企画のプロデューサーの一人である久保田夏彦・渋谷未来デザインプロジェクトデザイナーは話す。同ECはコロナ休業に苦しんだ事業者の支援という側面を持つが、キャリー品や売れ残り商品の大量廃棄は、コロナ禍以前からファッション業界で課題となっていた。同ECを手掛ける2人に、その目的を聞いた。
WWD:自治体公認のファッションECサイトというもの自体、非常に珍しい存在だ。どんな経緯で企画がスタートしたのか。
久保田夏彦・渋谷未来デザインプロジェクトデザイナー(以下、久保田):4~5月にコロナ禍による緊急事態宣言が出て、渋谷カルチャーを形作ってきた飲食、ファッション、エンタテインメントといった業種が苦境に立たされた。そうした事業者を渋谷区としてもサポートしたいという気持ちはあっても、区の予算は基本的に住民のために使うもの。住民以外で渋谷カルチャーを支えてきた事業者をサポートするために、「YOU MAKE SHIBUYAクラウドファンディング」を、渋谷区、渋谷区商店会連合会、渋谷区観光協会、渋谷未来デザインで7月に立ち上げた。9月までに約1300人から4470万円を集めたが、その一部と区の予算でECサイトを立ち上げている。
松井智則ワンオー社長(以下、松井):クラウドファンディングの動きとは別に、休業明けの6月に長谷部健・渋谷区長に面会して、ファッション業界の窮状を伝えていた。区長には、「(人が店に集まることが難しくなっている以上)ECなどで渋谷区のファッション事業者を盛り上げる手法を考えてほしい」と言われた。それで、(渋谷の産官学民連携組織である渋谷未来デザインでプロジェクトデザイナーを務めていて)ECに詳しい久保田さんと一緒に動くことになった。
WWD:ワンオーは「シブヤ・ファミリーセール」にどのような形で関わっているのか。
松井:われわれは渋谷区の街をあげたファッションイベントとして、「SHIBUYA HARAJUKU FASHION FESTIVAL(以下、シブハラフェス)」を前身イベントを含め10年近く行ってきた。今回のシブハラフェスではこれまでのように街に人を集めることができない。それで、渋谷の街のファッションを購入体験も含めてデジタル上で表現することを構想していたが、当初は自社で協賛を集めるなどして“街のEC”を行うことを模索していた。クラウドファンディングと連携することになったのは7月半ばだ。
久保田:クラウドファンディングで集まった資金の使途として、最初からファッションECという案はあった。しかし、そのために大手EC企業と組むのでは渋谷カルチャーを支えるファッション事業者から理解は得られないと思った。その点、ワンオーはこれまでのシブハラフェスで区内のファッション事業者と関係性を築いてきている。ECサイトへの出店には初期費用などはかからないが、正直煩雑な作業をお願いする部分は多い。立ち上げすぐは、売上高も大手のセレクトショップやSPAにとっては小さなものだと思う。それでも各社に協力してもらえたのは、シブハラフェスでの関係性があったからだと思う。
WWD:クラウドファンディングを立ち上げた当初は、コロナ禍で消失したインバウンド(訪日外国人客)消費を取り戻すべく、越境ECを行うことを目指していたが?
久保田:どういったECサイトにしていくか、そのコンセプトはファッション事業者にヒアリングをしながら、走りながら決めていった。“街のEC”をやるということと、渋谷区が掲げているSDGsの考え方の両方満たすものとして、(越境ECではなく)キャリー品のECという形に落ち着いた。ただ、僕自身もこれまでブランドビジネスをやってきた経験から、キャリー品をネットで売るというあまりイメージのよくない取り組みに、ブランドや企業がどこまで協力してくれるだろうかと不安に思う部分もあった。しかし、結果的には渋谷区公認のECサイトとして、「区がファッション事業者を支援したいと思っている」という点に共感いただけたんだと思う。
松井:毎回、シブハラフェスの開催前には協力いただいている大手セレクトショップなどの社長に挨拶して回っている。今回は「キャリー品をわれわれのサイトに回してください」と伝えなければいけなかったので、いつになく緊張した。大手セレクトショップやSPAは、自社ECサイトや「ゾゾタウン(ZOZOTOWN)」などで通常の商品を販売している。そこと差別化するために、「渋谷区は、捨てない」といった考え方を「シブヤ・ファミリーセール」では裏テーマにしているといったことを各社社長に伝えたら、非常に盛り上がった。実は1年前の19年10月のシブハラフェスでも、各社の在庫を少しずつ集めて、会場内で販売することも行っていた。考え方としては同様だ。
WWD:サイトで販売する商品は、4~5月の休業中に各社で膨らんだ20年春物の在庫がメインになるのか。
松井:10月18日にサイトをローンチするため、春夏物ではなく秋冬物が中心になる。つまり、19-20年秋冬物やそれ以前のアイテムだ。セレクトショップのオリジナルやSPAのアイテムだけでなく、一部インポートブランドなども含まれる予定だ。
久保田:もちろん、休業中の20年春物のキャリー品は多くの企業が抱えてはいる。ただ、大手企業は自社ECで消化を促したり、アウトレットにまわしたりといった策を取っていることもあり、「シブヤ・ファミリーセール」に立ち上げのタイミングで20年春物が大量に集まるという感じではない。
WWD:参加企業として現時点で名前があがっているのは、有力セレクトショップなど比較的大手の企業が中心だ。それらよりも、自社でECを整える体力のない中小のブランドの方が、問題は切実のようにも感じる。中小ブランドにはどうサポートを広げていくのか。
久保田:サイトが立ち上がっても、注目ブランドやショップが出店していなければ集客ができない。大手企業や有力ショップにまずは集客の目玉として参加していただき、今後徐々に中小のブランドにも出店していただければと思っている。渋谷区内に実店舗を持っているか、区内に本社がある、もしくは事業者が区内に住んでいるといった企業やブランドなら、どこでも出店いただくことが可能だ。
松井:現在、約650ブランド・店に出店の誘いをかけている。3~4カ月で50ブランド・店は出店していただけると見ているが、目標は100ブランド・店だ。
WWD:「シブヤ・ファミリーセール」とも通じる考え方のオフプライスストア業態は、コロナ禍以降、実店舗での催事でもEC上でも影響力を増している。それらとはどう差別化するのか。
松井:立ち上げに合わせて、中井彩乃さんなどのスタイリスト6人がブランドミックスで商品をスタイリングし、それらをセット売りする企画を考えている。もちろん、ブランドミックスで提案することは出店企業には事前に伝えている。ステイホーム期間中には、スタイリストやフリーランスのエディターなどからも仕事がなくなったという話をよく聞いた。彼らにも売り上げが循環するような仕組みにしていきたいと考えて組んだ企画だ。今後も、定期的に同様のスタイリスト企画は行っていきたい。
久保田:そういったさまざまなプレーヤーが関わって作ってきたのが渋谷のカルチャーだ。ブランドミックスで商品を提案できるという点が消費者にとっては他のECサイトとは異なる点だと思う。クラウドファンディングで集まった資金を充てていることで、初期出店費用がかからないことが出店者にとってはメリットだろう。
WWD:今後、このサイトをどのように育てていくのか。
久保田:初年度の取扱高は3億円を目標にしている。出店企業やブランドとは委託販売契約で、売り上げの一部をわれわれに手数料として支払っていただく形だ。このECサイトは期間限定で行うものではなく、通年で運営していこうと思っている。事業を持続可能にしていくために売り上げ実績を作って、既に出店している企業からはさらにキャリー品をまわしてもらえるようにしていきたいし、同時に新規の出店者も集めていきたい。
松井:不可能な理想論かもしれないが、数年後には(ファッション業界を取り巻く余剰在庫の問題がなくなって)こうしたサイト自体が不要になっていけばいいなと思っている。消費者が住んでいる場所の近くなどでは人出が戻っているという報道があるが、渋谷や原宿などの都心の店舗は引き続き客は少ない。地域で括ったファッションECサイトという考え方自体が他にはなかなかない。ファッションやカルチャーの街という、渋谷区ならではの特色があってこそ成り立つ企画だと思っている。