サステナビリティ

H&Mが商品の生産国や工場を開示する理由 トレーサビリティー実現の先をサステナビリティ責任者が語る(前編)

 「H&M」は2013年からサプライヤーリストの公開をはじめ、19年から製品の素材や生産国、サプライヤー名のほか、製造工場名と所在地、従業員数などの情報の公開も始めた。オンラインで購入できる、ホームを含めたH&Mブランド全ての商品が対象だ。実店舗でも商品のタグをスキャンすればその場で情報が確認できるという消費者フレンドリーな仕組みでもある。システム構築まで3~4年かかったというが、なぜ、商品情報の開示に至ったのか。またそれを今後どのように発展させるのか。アナ・ゲッダ(Anna Gedda)=サステナビリティ責任者にオンラインインタビューを行った。

WWD:なぜ一つ一つの商品情報を開示しようと思い立ちましたか。

アナ・ゲッダ=サステナビリティ責任者(以下ゲッダ):理由は2つあります。1つ目は、透明性、そしてトレーサビリティー(追跡可能性)は私たちのサステナビリティへの取り組みの基盤になっているからです。責任を果たす企業でありたいならば、取り扱う製品がどこで、誰によって作られたかを知っておく必要があります。ファッション産業のサプライチェーンは複雑なので、「オーガニックコットンを使用している」や「良質なリサイクルポリエステルを使用している」といったことを保証するには、サプライチェーン内のトレーサビリティーは欠かせません。信頼性を保つためにはとても重要なのです。

2つ目は、多くのお客さまがサステナビリティへの高い関心を持っている中で、私たちは必要な情報を届けなければいけないと考えるからです。多くのお客さまは関心があるものの、どのようにサステナブルな選択を行えばいいのかが分かっていないのが現状です。それは世の中にはさまざまな企業や団体によるラベルや情報共有するためのモノが溢れ返っているからです。ゆえに、お客さまから信頼され、そしてお客さまにとって何が良い選択で何がそうでないのかを理解してもらうための唯一の方法は透明性を保持することだと私たちは考えます。

私たちも開発に関わっている環境負荷の計測ツールのヒグ・インデックス(Higg Index)もそうですが、多くの企業がそれぞれにサステナビリティに取り組んでいる中で、まずは業界全体の底上げを行いたいと私たちは考え、製品レベル、工場レベル、そしてブランドレベルで各々のサステナビリティのパフォーマンスを計測できる統一された基準があれば、お客さまにとっても第三者機関を通じての比較が可能で有益だと考えました。

WWD:情報を開示するにあたって重視した点は?

ゲッダ:私たちがトレーサビリティーに取り組む理由の一つにもつながりますが、私たちはお客様がより良い選択ができるようにしたいと思っています。そのためにはただデータを提供するのではなく、お客さまにとってわかりやすい形であることが重要です。その点に関して段階的に取り組みを進めています。

興味深いのは、お客さまが興味を持つトピックが市場や地域によって異なることです。例えば、北ヨーロッパに住むお客さまは社会問題についての関心がより高く、アジアのお客さまは環境問題、特に化学物質関連の問題について関心が高いということがわかっています。

この点は透明性の機能を築く際に重要視しました。今後さらに多くのデータを回収することができれば、現在開示している情報に加え、お客さまがそれぞれ知りたいと思うものに応じた情報を提供できるようになります。人によっては工場の労働環境や衣料品従事者にいくら賃金が支払われているかを知りたい人もいるでしょうし、一方でこの素材がどこから来たものか、安全な地域から調達したものなのかなどの点に興味がある人もいるでしょう。つまりお客さまが重要だと思うことや、知りたいことは人によってさまざまなのです。将来的には、より広範なデータをお客さまにわかりやすく提供することを目指しています。

WWD:製品がトレーサブルでないと売れない時代が来ると思いますか?どれくらいの消費者が実際にモノを選ぶ基準にしていると思いますか?

ゲッタ:お客さまのサステナビリティへの関心は確実に高まっており、特にこの2~3年で加速しています。ただ、関心が高いだけでなく、懐疑的であったり、好奇的であったりすることもあるので、信用性が非常に重要な要素となります。お客さまによって関心のレベルはさまざまなので、すべての人に当てはまるわけではありませんが、多くの人々が自分が買うものが安全であることを求めています。商品がどこで作られ、何が含まれていて、何が良く何が悪いのかについて開示することで、信用と信頼を提供することが大事だと思っています。

将来、製品がトレーサブルでないと消費者が実際に購入しないのかということは、現状ではわからないですが、サステナビリティとは何かを理解して、消費者として自分の行動がどう影響し、実際に何ができるかを考えることにつながればと思っています。

WWD:今までに製品がどこでどのように作られたかなどの問い合わせはありましたか?

ゲッタ:もちろんです。まさにお客さまの関心が高まっている良い例です。これまでにも社員への教育は行っていましたが、最近、新たに店舗の社員向けにサステナビリティに関するガイドブックを発行し、お客さまからのお問い合わせに答えられるようにしています。「この繊維の由来はどこか」「誰がこの製品を縫製したか」などについて非常に興味を持っている場合もあります。そのような中で、すべてではなくとも大多数の質問に答えられるように取り組んでいるところで、将来的にはトレーサビリティーについてもこの中に導入したいと思っています。

ちなみに、トレーサビリティーは、循環型へのシフトにおいても大きな役割を果たします。なぜなら製品のさまざまな部分で活用することができるからです。例えばとある製品をリサイクルする場合に、どのような素材がその製品に紐づけられているかを把握していれば、生産工程で取り除く必要のある化学物質はないか、どのように繊維をリサイクルするのが最適かなどを正確に判断することができます。そういった意味では透明性やトレーサビリティーは私たちのリサイクルへの取り組みの土台にもなっています。

WWD:トレーサビリティーのサービス構築の中で直面した困難は?

ゲッタ:システム構築よりも、サービスを提供するためのプロセスや、それをどう発展させるか、どういうサービスが適しているかを決定していくプロセスに時間がかかりました。特に難しかった点は、お客さまにとって重要なことは何か、お客さまは何を知りたいと思っているのかをいかに理解し、どのような情報を提供するのかを定めることが難しかったです。そして、実際にデータを集めることも難しかったです。社内で運用しているさまざまなシステムをどう連携させて、そこから得た情報をどのようにお客さまにとってわかりやすいものに転換させるかに時間がかかりました。

今後の課題としては、さらなるトレーサビリティーが挙げられます。サプライチェーンのさらに前の段階へとさかのぼり、原材料がどこで取れたものなのか、リサイクルポリエステルでは元のペットボトルがどこのどういうものなのかなど詳細な情報が必要になります。そこで私たちは各素材や製品のトレーサビリティーに取り組んでいるのですが、やはりサプライチェーンの複雑性を考えるとそれは簡単なことではありません。
WWD:実現するにはサプライヤーの協力が不可欠ですが、サプライヤーに対してどのようなサポートを提供していますか?

ゲッタ:私たちは1997年にサプライヤーの評価などに取り組み初めて以来、長年サプライヤーと協働してきました。サプライヤーからデータを集めるだけでなく、彼らのパフォーマンスを向上するためのサポートも長きに渡って取り組んできています。この透明性のサービスを提供するにあたっては、それらをどうお客さま視点につなげるか、どのように変換してお客さまにとってわかりやすいものにするか、という点に取り組みました。このように私たちはサプライヤーと長年かけてパートナーシップを構築しており、その多くと15~20年近く共に取り組んできています。その間共に成長し、発展していく中で、信頼も築きましたし、とても良いビジネスパートナシップを構築することができています。

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