1908年に創業した刃物メーカーの貝印はいま、次の100年に向けて新たなステージに向かっている。創業以来、刃物をはじめ、キッチン用品から医療用品まで1万点以上の商品を取り扱い、“気づけば貝印のアイテムを使っている”と日常生活には欠かせない存在だ。そんな中、今年の8月には先進的で大胆な広告が話題に。さらには、「紙カミソリ」の開発を手がけるなど新たな価値観を創出し、イノベーションを起こしている。
「紙カミソリ」は、同社のSDGsに向けた取り組みを体現するモデルとして誕生した。開発には、部門を横断したメンバーが集結。なぜ、「紙カミソリ」だったのか。成熟した技術に新しい価値を与えることをモットーとする、プロジェクトリーダーの塩谷俊介・研究部次長に話を聞いた。
WWD:カミソリ市場の状況は?
塩谷俊介・研究部次長(以下、塩谷):いま、世界で1.8兆円、国内で400億~500億円の規模で、ここ数年の成長率はほぼ横ばいで推移しています(貝印調べ)。貝印のディスポーザブルタイプ(使い捨て)のカミソリは、男女共に国内トップシェア(19年9月~20年9月インテージSRIデータ)で幅広いユーザーに支持されています。
WWD:貝印は1930年代に日本初の安全カミソリの替刃製造に成功してから、同分野の商品開発を続け、安心・安全である刃物メーカーとしての存在感を放つ。
塩谷:創業110周年を越えたいま、企業としての変革期を迎えています。中長期計画で未開拓の新市場を創出する意味も込めて「ブルーオーシャンウェーブ」を打ち出したのですが、貝印に対して真面目で古典的なイメージを持たれているお客さまも多いため、新しい価値を創造する取り組みを始めました。そこで、カミソリという成熟した市場の中で、新しいカルチャーを生み出すべく、戦略の文字をなぞった「ブルーオーシャン“シェーブ”」という名のプロジェクトチームを発足しました。
WWD:塩谷次長がプロジェクトの発起人となり、第一弾となる「紙カミソリ」を開発した。
塩谷:研究・商品開発・デザインの3部門を横断した、次世代を担う30~40代のメンバー12人の有志が集い、通常業務と並行して開発に取り組みました。構想段階ではネタが多かったのですが、商談会で紙カミソリの原型となるコンセプトモデルを発表したところ多くの反響をいただき、開発することになりました。
WWD:なぜ紙だったのか?
塩谷:構想段階で、いつも清潔で快適さを提供する“1DAYカミソリ”のコンセプトを掲げていたので、サステナブルな観点を踏まえて紙を採用しました。それでも、耐水性のある紙でないと成り立たないので、最初は牛乳パックで試行し、徐々に発展させていきました。ただ、紙の専門家がいるわけではないので、紙のメーカーさんに声をかけるところからのスタートだったので苦労しましたね。現在は、環境に配慮した紙を使用していますが、将来的にはリサイクルも念頭に置いて、より環境にやさしいことができないか検討を進めていきたいと思っています。
デザイン面でも、持ち運びやすさを踏まえて薄さにこだわりました。紙で印刷ができるので、デザインの幅も広がり、デザイナーコラボやご当地のお土産用といった新しい販路を開拓し、機能面だけではなく、情緒的な側面でもアピールしていきたいですね。
WWD:どこで取り扱うのか?
塩谷:まずは来年の春、公式オンラインストアで販売します。新しい商品ということもあり、手探りな部分もありますので、お客さまからのフィードバックをもらいながら来秋の本ローンチに備えていきたいです。
WWD:貝印は脱プラスチックを通じてSDGsの達成に向けた取り組みを強化している。
塩谷:いま、時代の風潮としてサステナビリティが取り上げられていますが、もともと貝印のフレームワークとしてありました。1992年には植物原料から生まれた生分解性プラスチックを採用したカミソリを、96年には土中の微生物により分解されて自然に戻る「エコレ」を開発し、今も一部店舗にはなりますが現役で販売しています。
ただ、カミソリの刃は製造工程で高温の熱で処理をしているため、どうしてもCO2が発生してしまいます。2030年までにCO2排出量を半減にすべく、環境への押し売りではなくわれわれが継続できる取り組みを模索していきます。
成熟した技術に新しい価値を加える
WWD:塩谷次長は異業種を経て、17年に貝印に入社した。仕事をする上で大切にしていることは?
塩谷:これまでのキャリアも含めて、“新しい価値を世に出したい”という気持ちを持っていました。貝印は老舗であり、昔から形が変わらない商品を展開していますが、その成熟した技術に新しい価値を加えることに重きを置いています。ただ、既存品の品質を安定させることも重要であるため、技術の深堀と共に両輪で進めています。
WWD:今後のビジョンについて。
塩谷:カミソリは安い中国製品が台頭してきているので、日本で付加価値の高い商品を生み出していきたいですね。それはサステナブル含め、次の100年に向けたチャレンジだと思っています。お客さまに選んでいただける存在になれるよう、チャレンジを続けていきたいと考えています。