サステナビリティ

エクアドルの小さな村での取り組みが国連へ 企業と共創する環境NGOのキーマン日比保史さんに聞く 前編

 今、ますますNGOやNPOの存在感が増している。特に欧米では政府や企業、メディアよりもNGO/NPOの信頼度が高いという調査結果も出ている。実際、私たちが今抱えている環境や人権、社会などの課題解決にはNGO/NPOの力は欠かせなくなっており、企業はもちろん国連や政府もNGO/NPOと組んで持続可能な社会実現に取り組んでいる。

 ファッション産業に目を向けると、例えば「ゴアテックス(GORE-TEX)」で知られるゴア(W. L. GORE & ASSOCIATES)社は、環境NGOのグリーンピース(GREEN PEACE)と協業して環境負荷の軽減に取り組んでいるし、「グッチ(GUCCI)」の親会社のケリング(KERING)は、環境NGOコンサベーション・インターナショナル(CONSERVATION INTERNATIONAL、以下CI)と連携して生物多様性の保全に取り組む。NGO/NPOといえば、企業の不正義を告発する団体として、民間企業とはVS構造で語られることが多かったが、その考えを持っているとしたらさまざまなことを見誤るだろう。

 CIは、30年以上にわたり自然環境の保全に取り組んできた。「自然を守ることは、人間を守ること」というモットーで地域コミュニティーや政府、民間企業、研究機関と協働しながら、社会全体をより健全にする仕組みを作ってきた。CIの小さく始めたプロジェクトがコーヒー産業の構造を変え、気候変動対策の仕組みは国連レベルの取り組みに発展するなどその取り組みが解決策への具体的な道筋になっている。どのようにプロジェクトを推進するのか。日比保史CIジャパン代表理事兼CIバイスプレジデントに聞く。

WWD:今、力を入れていることは?

日比保史CIジャパン代表理事兼CIバイスプレジデント(以下、日比):気候変動の分野で、科学的な研究を実証し、そして実装させることに力を入れています。CO2排出量削減に関しては、エネルギーの分野で化石燃料をどこまで減らせるかが王道でもちろん重要なのですが、われわれは森林に注目しています。森林、植物は光合成によって成長します。光合成はCO2を吸収して固定するので大気中のCO2を吸収し固定する装置としては極めて優秀で、しかも効率的なオプションなんです。この仕組み作りには私たちCIジャパンも直接関わりました。

WWD:始めたのはいつ頃から?

日比:2003~04年頃です。森を守り再生することでどれだけCO2が吸収されているのかは目に見えないのでわかりませんよね。それを第三者から見ても明らかなものにすることに取り組みました。科学的な根拠や測定方法、モニタリング、統計学、衛星画像などを駆使して(今はドローンも利用)、計算の方法論を作りました。測定だけではなく、実装させるためのプロジェクトの仕組みも作り、国連に承認してもらいました。森林を通じてのCO2吸収、固定排出削減プロジェクトの方法論でいうと、国連に認証されたのは世界で2番目で、NGOが関わるものとしては初めてでした。

WWD:方法論はどこで?

日比:エクアドルです。現地チームと本部スタッフ、CIジャパンで開発しました。当時、リコー(RICOH)が資金援助をしてくれ、そのカーボンクレジットをリコーが買い取るというスキームを考えていましたが、リーマンショックによってプロジェクトの継続が難しくなりました。しかし、そこで得た方法論や知見から権利関係を明確にするような法律を現地政府と一緒に作りました。さらにそこから国連レベルの取り組みに発展していきました。

WWD:権利関係の法律とは?

日比:エクアドルはじめとした途上国の多くでは、まず土地の所有・利用の権利が明確になっていないことがよくあります。これは、法制度あるいは登記簿の未整備や不適切な管理などもあれば、そもそも先住民族などの伝統的・慣例的な土地の利用の考え方と近代的な法律がうまく調和しない場合などがあります。ただ、国際的に炭素吸収量をクレジットとして取引するとなれば、権利関係が明確にできなければ、クレジットの対価(金銭収入)が誰に帰属するのか、などの問題が発生するので、事業開始前にそれらを明確にする必要があったわけです。また、そもそも森が吸収した「炭素」という物質について、所有権という考え方が成り立つのか、というような法理論の整理なども必要となりました。エクアドルでは、もちろんCIからの働きかけやカーボンプロジェクトだけがきっかけというわけではないですが、これらの課題への対応も視野に、憲法を改正して世界で確か初めて「環境権」を位置付けるという「改憲」もしたりしました。

WWD:それがREDD+(レッドプラス:Reducing Emissions from Deforestation and Forest Degradationの略)につながった。

日比:はい。REDD+は気候変動枠組条約の下で合意された、途上国の森林からの温室効果ガスの排出を減らすための仕組みで、森林を保全・回復する途上国は、先進国から資金を受け取ることができるというものです。例えば、コミュニティーが森林の開発を控えると、その代わりに、REDD+の資金を受け取ったり、既存の農地をより効率的に活用して収量を上げるための研修を受けたりできます。

WWD:ファッション産業ではケリング(KERING)もREDD+に取り組んでいる。

日比:はい。一緒に取り組んでいます。小さなプロジェクトから、国際条約制定の動きに発展して、REDD+は森林のある国々の持続可能な経済のためのエンジンの役割を果たすところに来ています。例えば南アメリカの北東部、アマゾンの北にあるスリナム共和国は、国土の9割が森林で、地中にはかなりの量の資源が埋蔵されています。これまでの開発モデルだったら、森を開いて地中の資源を掘ってそれを売るとなりますが、それをせずに森林を守ることでスリナムが発展するモデルを作ろうとしています。

WWD:大切なのは地域レベルで取り組み、それを大きくしていくこと?

日比:最終的なインパクトをもたらすには、地域のコミュニティー、政治、行政、民間企業が関わることが大切です。スケールが大きければいいのか、という批判もありますが、地球環境がどんどん悪化している状況でいえば、規模感を持って取り組むことが重要になってきます。小さいけれどきらりと光るいいことやっています、というのももちろん重要なんですが、残念ながら、それだけでは問題解決できないところに来てしまっています。

WWD:アパレル産業が抱える課題とそれに対して企業がとるべきアクションは?

日比:アパレル産業をちゃんと理解していないという前提でお話ししますが、ケリングが「ファッションは農業から始まる」と発信しているように、私もそれが本質だなと思っています。自然の恵みをいかにサステナブルに、品質良くサステナブルに作っていくか――環境や地域社会皆がハッピーになる調達を続けていくことが大切なのではないでしょうか。衣料は食べ物と似ていますよね。サステナブルでなくても必要だから産業自体はなくならない。サステナブルにしないと生き残れないコーヒーとは違います。コーヒーはなくても生きていけますから。ただ、20~30年で人口が20~30億人増え、全体的な経済水準が高まり、皆が消費していく世界になると、どうやってその需要に応えていくのか――制約条件としては極めて厳しい条件です。環境や人に配慮して長期的に安定的に品質が確保された原料を調達することが求められるので、上流部分のサステナビリティ確保が一番の課題なのではないでしょうか。

WWD:上流=素材メーカーの負担が大きくなるが。

日比:上流ががんばることの意味を下流にいるアパレルメーカーや消費者も理解しないと絶対に成り立ちません。

WWD:「高いから買わない」という考えではいけない、と?

日比:安いものは決してただ安いんじゃないということを消費者が理解しなくちゃいけないし、それを売る側も情報を提供していかなきゃいけないのですが、なかなか難しいかなと思います。

WWD:どのくらい環境への負荷があるか、共通の指標がないと消費者は選べないし、企業が同じ指標を使うなど、グローバルレベルで同じ土俵に立たないと比較もできない。そうしたグローバルの土俵に上がる日本企業は少ない。

日比:いやーそうなんですよ。ESG(環境・社会・ガバナンス)経営や環境経営を頑張っている日本企業があるのも事実。「うちは前からやっているよ」という反応もあります。でも前からやっていたから今OKではないんです。今の世界の現状を見たらOKじゃない。もちろん一社で変えられるものではないとはいえ、今、現在、地球全体でうまくいっていないことの責任はシェアしなければいけないんです。不十分だったという認識を持って、「我が社がすべきことは何だろう」という発想を持ってもらいたいなと思います。その時に、国際的にはどういう議論がなされていて、どういう方向に進もうとしているのかを把握して先取りするような動きができたらいいですよね。

WWD:数値的な話でいうとCO2排出量は、気候変動の原因にもなっているので分かりやすい。まずはCO2排出量の削減を目指すのも一つの方法だと思う一方で、オフセットを免罪符にするのを疑問視する声もある。日本は京都議定書では6%の削減を目標にしていたものの、実際は1.4%増。でも外国でのCO2削減に貢献した分を自国での削減として認める制度を使って最終的に8.4%減にしたというのを本で読み、複雑な気持ちになった。

日比:現実的にも科学的にもCO2はどこで出しても1トンは1トン。日本国内で減らすのも途上国で減らすのも変わんないです。で、日本は1トン削減するのにコストが高い国です。減らしにくい体質になっています。政府や産業界が言うほどではないですが、途上国に比べたら高いです。日本は1トン当たり1万6000円(2020年時点)、途上国で森林吸収源を活用した場合10~20ドル程度です。なので、同じ費用をかけるのであれば、途上国で効率的に使った方が気候変動対策にはなります。削減努力はどうだったかはさておき、で話しています。減らす努力を何もせずに金に任せて買ってくるのがいいのかというと、それはまた別の議論としてありますが、努力で減らせない部分を途上国で、しかもCO2の吸収だけではなく、地域の人や生物多様性なんかにも貢献できるプロジェクトのクレジットであれば、それはむしろやるべきなのではないかなと思いますよ。

WWD:アパレル企業もCIと一緒にプログラムに取り組むとしたら、どういった取り組みができるのでしょうか?

日比:自分たちの努力だけでは減らせないCO2排出というのは必ずあるのでその分はオフセットを使って減らすのがいいのではないでしょうか。今はサプライチェーンまで含めて責任を持つという考えになってきているので、自社のビジネスと間接的ではあるけれど、原料や素材を得ている地域が良くなるのは、自社のビジネスやサプライチェーンを良くすることにつながるので、サステナブルに変えていく方法の一つとしてあり得るのではないでしょうか。

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