※この記事は2020年10月20日に配信した、メールマガジン「エディターズレター(Editors' Letter)」のバックナンバーです。最新のレターを受け取るにはこちらから。
もしも「ワークマン プラス」が違う名前だったら…
米マクドナルドの初期の実話を描いた映画「ザ・ファウンダー」(2016年)は、成功のためなら手段を選ばない強欲なビジネスマンの物語です。業務用ミキサーのセールスマンだった主人公レイ・クロックは、お客を待たせずにハンバーガーを提供する仕組みを作ったマクドナルド兄弟に近づき、ビジネスパートナーになります。同社が巨大チェーンになる前の1950年代のことです。やがて経営路線を巡って兄弟と対立したクロックは、法律のスキを突いて商標権を奪い取ってしまいます。
自分たちの名前を封じられる屈辱を受けたマクドナルド兄弟は、一方で疑問に思いました。クロックは合理的な調理システムやレシピの詳細など経営の裏側まで熟知しているのだから自分で起業すればいいじゃないか、と。
これに対し、クロックは答えます。
「マクドナルドが持つ“特別な何か”に気づかないのか?それは、マクドナルドという輝かしい名前だ。制限もなくオープンで、音の感じがいかにもアメリカらしい。“クロック”って名前の店で食べようと思うか?マクドナルドは美しい響きだ」――。
この引用だけではピンとこないかもしれませんが、映画全編を見れば、アメリカという移民国家や、その後の大量消費社会を示唆した逸話であることが分かります。
昨今のワークマンの人気ぶりに、この映画を思い出しました。
18年秋に始まったカジュアルウエア業態「ワークマンプラス」は、当初は「WMプラス」の屋号で展開する予定でした。ロゴデザインまで完成していたそうです。ワークマンという名前は汗臭くてダサい。一般消費者には受けないし、まして女性は敬遠するだろう。ワークマン側はそう思い込んでいました。
しかし、1号店の出店先「ららぽーと立川立飛」を運営する三井不動産の担当者が反対します。ワークマンは建築や土木などの現場で長年支持されている。プロが認める機能性、安全性、高品質の服としてアピールすべきだ。大事な看板を外してはいけない。
ワークマンの仕掛け人として今や時の人になった土屋哲雄専務は、「目からウロコだった」と当時を振り返ります。「ワークマンにそんなブランド価値があるとは想像できなかった。われわれは完全に自社の価値を見誤っていた」。
「ワークマンプラス」は1号店から人気に火がつきます。作業服のブランド価値が一般消費者からも肯定されたことを知り、社員の士気も上がっていきました。
ワークマンという名前は単純明快で、老若男女を問わず何の店か知っています。長年放送していた吉幾三のCMソングも多くの人に刷り込まれている。もし「WMプラス」の名前だったら、これほどの社会現象になっていたでしょうか。また、他の作業服メーカーが同じように機能的で安価なカジュアルウエアの店を作っても、これほどの反響を呼んだでしょうか。
マクドナルドとワークマンの逸話は、マーケティングの妙味を教えてくれます。
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