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「非常識な常識に目を向けて」 「ナイキ」の広告で描かれた差別やいじめから差別禁止法を考える 

 2020年は“差別”についての議論が多く交わされたのを肌で感じる一年だった。アメリカでは5月にアフリカ系アメリカ人のジョージ・フロイド(George Floyd)氏が白人の警察官に押さえつけられて死亡した事件から、全世界で人種差別に対する抗議や意思表明が広がり、「#BlackLivesMatter(黒人の命は大切、以下BLM)」運動が活発化。世界各地でデモが行われ、企業が#BLMのハッシュタグを使った発信を行ったり、人種差別と闘う団体に寄付をしたりと、差別に向き合う動きが目立った。

 日本では11月末、「ナイキ(NIKE)」が差別やいじめを題材にした広告を発表し、大きな反響を呼んだ。動画ではアフリカ系日本人、在日コリアンらの若いサッカー選手の差別やいじめの実体験を描き、「動かしつづける。自分を。未来を。 The Future Isn't Waiting (未来は待ってくれない)」というメッセージを発信。SNSでは「感動した」という賛称がある一方で、差別を否定するようなネガティブなコメントも溢れた。

 人々が声を上げやすい社会を目指して活動する一般社団法人Voice Up Japan(ボイスアップジャパン)は12月10日の世界人権デーに合わせたトークイベントを行った。東京新聞社の望月衣塑子記者をゲストに招き、Voice Up Japanの山本和奈代表とともに日本における人種やジェンダーの差別、差別禁止法の必要性についてなどを対談形式で語り合った。そのトークの一部を紹介する。

“差別の問題意識が持てる人”と“持てない人”を分けるものとは?

 「ナイキ」の広告で否定的な意見が上がったことについて、山本代表は「日本では差別の問題意識が低い」と指摘する。「日本でBLMのマーチに参加したときに、SNSを見ると多くの参加者が集まったということが分かったと同時に、『何でやっているの?』『日本人に対して差別はないでしょ』というような否定的な発言を目にした。女性に対する差別の話をすれば、『日本にはレディースデーがあるから、それは男性差別だ』というような揚げ足を取る人が出てくるなど、人によって差別に対する認識は異なる。日本では日常的に『我慢をしろ』と言われることが多くある。セクハラも『我慢できないんだったら、仕事できないよ』という自己責任としてとらえられることもある。(差別が起こるのは)日本社会で、理解や知識が足りないからではないか」と語った。

 望月記者は「『ナイキ』の広告に衝撃を受けた」と話す。「映像を手掛けたのは若いクリエイターだと聞いた。このような議題に問題意識が持てる人と持てない人を分けるのは、自分自身がどこかで差別を受けたり、知人がそのような経験をしていたりと、世の中に差別があることを実感できたかどうかだと思う。女性差別については、伊藤詩織さんのような方が声を上げたことで、それが個人的な問題ではなく、社会的な問題であることに目覚めた人もいたはず。差別を感じられるかどうかがこの問題に向き合えるかのきっかけになったと考える」と分析する。

 また「ナイキ」が過去にアメリカで、有色人種への差別に抗議をしたアメフト選手のコリン・キャパニック(Colin Kaepernick)を広告に起用したことで賛否両論を受けた事例について、「差別にスポットが当たったことでアメリカでも不買運動や商品を燃やすような反発が出たというが、当時のインタビューに『ナイキ』の創業者フィル・ナイト(Phil Knight)は『十分な人たちがブランドを支持しているならば、どんなに多くの人がブランドを嫌いでもいい(It doesn't matter how many people hate your brand as long as enough people love it)』と答えていた。他企業だったら、“売れればいい”“稼げればいい”という経済至上主義のマインドが強いこともあるが、『ナイキ』はそうではない。企業の持っている価値や、世の中をどう変えていきたいかという考えを共有して商品を使ってもらって、ブランドを知って欲しいという思いがある。人権に対する包括的な法律ができていない日本で、この広告を出せばあらゆるヘイトや、反発が出ることは企業側も想定できていたはず。それでもこの広告を出した『ナイキ』の姿勢に感銘を受けた」と望月記者。

「ナイキ」広告の背景に過去最多のいじめ件数

 この「ナイキ」の広告が作られた背景には、文科省が発表した日本でのいじめの認知件数の増加にあるという。「少子化が進む日本でこれだけ、“子どもを大切にする”という流れがあっても、今年10月に発表された2019年度のいじめ件数は過去最多だったという報告があった。『ナイキ』はいじめの問題に目を向けたときに、あのような人種差別や在日コリアンに対するいじめなどが浮き彫りになったそう。これだけいじめの件数が増えているということは、子どもたちはとても苦しんでいる。子どもたちに寄り添うためにはこういった問題は避けては通れない」と望月記者は話す。

 山本代表は「社会が目を反らしているのは差別だけに限らない。さまざまな社会問題、例えば環境問題も世間の意識が変わらないのであれば、政府が動かなければいけない。恵まれている人がもっと恵まれる環境を作るのではなく、社会的に立場が弱い人を擁護する社会福祉を与えなければいけない」と付け足した。

約5人に1人の学生が校内セクハラを受けている

 話題は日本の性犯罪に関する法律の刑法改正についても広がった。望月記者は「今日本は国際連合に指摘されて、刑法改正案の議論が進んでいる。海外では不同意性行は罰則が付くが、日本では脅迫や威嚇などの厳しい要件がない限り罰則が付かない。有識者が指摘しているのは『海外に比べて日本は、不同意性行の社会的規範が希薄だ』ということ。伊藤詩織さんは『イギリスだと、紅茶を飲むときに“お茶に砂糖を入れるか、入れないか”聞くことと同じくらい性的同意を確認することが大事だということが話されている』と言っていた。刑法改正をするだけでなく、もっと社会、メディア、市民が性的同意について議論していかなければならない」という。また「今、校内セクハラについても多く話を聞く。慶應義塾大学はアンケート調査で実態を明らかにし、学生が団体を立ち上げて校内セクハラを無くそうと活動を行なっている」と述べた。

 山本代表も「ボイスアップジャパンでも、アカデミックハラスメント(校内セクハラ)についてのアンケートをとったところ、約5人に1人の学生が、教授、生徒、もしくはその両方からセクハラを受けているという調査結果が出た。しかし、大半が報告すらされていない。それは、声をあげることで“秩序を乱すな”というような空気があり、声をあげづらい環境にあるからだと思う。そこで我慢をすると次の世代にも『私たちも我慢してきたんだから、あなたたちも我慢しなさい』という風潮になる。長年続いている流れが文化の一部になっている。それを今変えていかないといけない」と意見を出した。

“差別禁止条例は社会の常識を変えるきっかけになる”

 最後に、日本で差別禁止法を作る意義について話し合った。望月記者は「川崎市では在日コリアンに対するヘイトが多く、自治体が先駆けて差別禁止条例を作った事例がある。法律を作ることによって、『差別はダメなんだ』という意識を広める影響は大きい。作るまでが大変だが、差別の場面に出くわしたときに法律を根拠に主張ができ、社会の常識を変えるきっかけになる。過去に見聞きしてきた“非常識な常識”に目を向けて、これからの子どもたちが暮らしやすい社会にしていかなければならない」と話した。山本代表も「差別禁止法は必要だ。差別禁止法があることで誰が損するのか?もちろんヘイトスピーチをする人には差別禁止法はないほうがいいが、そもそも日本は差別のない国を目指すべき。差別の問題は絶対にあってはならないことであり、もはやそれをディスカッションしているような段階ではない」と語った。

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