ファッションという「今」にのみフォーカスする産業を歴史の文脈で捉え直す新連載。今回はサステナブル・ファッションの問題点を考察する。編集協力:片山マテウス(この記事はWWDジャパン2020年10月24日号・11月2日号からの抜粋です)
サステナビリティに関する話題がメディアに取り上げられない日はない。なにせこのファッション&ビューティメディア「WWDJAPAN.com」でさえトピックが「ファッション/ビューティ/ビジネス」の次に「サステナビリティ」と来るほどだ。今や数多くのファッション企業が競うようにサステナブルな取り組みをする中で、最近話題になったものにH&Mの衣類から衣類へのリサイクルシステム「ループ」がある。10月12日にストックホルムの店舗に設置された「ループ」は、服を洗浄し裁断した後に、糸にして、それらを編んで新しい製品にするシステムだ。所要時間は約5時間。これは、不要となった衣類から新しいファッションアイテムを生み出し、「ループを閉じる(ゴミや有害物質を外に出さない)」ことを目標に掲げる。古着にも価値があり、廃棄されるべきではないことを、このシステムを通して購入者に視覚的に訴求している。
またアディダスでは、製品再生と再利用を目的とするサービス「TAKE BACK PROGRAM」や、100%リサイクル可能なランニングシューズ「フューチャークラフト.ループ」が挙げられる。国内では、「ユニクロ」が店舗で回収した服をリユースし、世界中のNGOやNPOなどと共に、難民キャンプや被災地への衣料支援として、世界中の服を必要としている人たちに届ける「RE.UNIQLO」を行っている。
さらにかねてから“動物愛護”や“持続可能性”をテーマに活動するステラ・マッカートニーやパタゴニアなどのように、ファッション業界におけるサステナビリティは、もはや単に消極的で地味なトピックではない。強い表現をすると、ブランドが21世紀の責任ある存在として、生き残りをかけて取り組むミッションになっている。
一方で、世界的スターのビヨンセが昨年アディダスと契約を結んで、ソーシャルメディアに数百足のスニーカーと共に写った自身の写真を上げたことで、世界中から大批判を浴びたように、サステナビリティを掲げるには、過剰な消費スタイルを疑う視点を提示しないといけない。
「ファッション業界でのサステナブルな取り組みの多くは、ただ新しいクリーンなイメージを作るための“大衆のアヘン(麻薬)”にすぎない」。そう語るのは哲学者、経済思想家の斎藤幸平だ。9月17日に刊行され、現在ベストセラー街道まっしぐらの彼の新著「人新世の『資本論』」(集英社新書)は、環境問題が人類最大の課題となった世界で、資本主義の行く末を大胆に提示する話題作だ。人類の行いが地球環境を大きく変える時代=人新世(ひとしんせい)に、ファッションが本気でサステナビリティに取り組むには何が必要か、斎藤に話を聞いた。
実は最近、斎藤はファッション関係者を数多く取材している。パタゴニア元日本支社長の辻井隆行や「ミナペルホネン」デザイナーの皆川明などと出会う中で「長く着てもらい、トレンドに左右されない」ビジネスに関心を持つ彼は、今のファッション業界のサステナビリティに対する取り組みの多くを表層的なものにすぎないと語る。「生産過程の透明化をもっと進めないといけません。『サステナブルだ』と呼ばれる商品を買ったはいいものの、実はその企業も気付かない下請け段階で、劣悪な条件で働いている人たちがいるのかもしれません。コットンの原料までさかのぼってみると、劣悪な環境や、地球を破壊するような環境で作られたものかもしれません。そこが消費者にはほとんど分からないんです」。
「ブランド側がラベルに『エシカル』だと書いていれば、私たちはとりあえずそれを信じて買うしかない状況です。そう考えると、現状のファッション業界でのサステナブルなモノというのは、ただの新しいクリーンなイメージを作るための『大衆のアヘン』にすぎない。現実をごまかす麻薬的なモノである気がしています」。
斎藤は、新聞社の依頼で服のリサイクルの現場を取材し、日本のサステナビリティの実態のひどさを痛感したという。
「今では、『ユニクロ』や『H&M』の店舗で当たり前のようにリサイクル活動が行われています。また自分が住む大阪では週1回、古紙の回収日に服の回収も実施しています。でも『実際、現場はどうなっているのだろう?』と思って服のリサイクル業者を取材してみたところ、衣替えの時期は一日約100トン処理することもあるという。そして、着用できそうな服の大部分を途上国に送っています」。
斎藤は、私たちが気軽にリサイクルできるようになったことで、「よりエシカルかつサステナブルになった気でいる」と危険性を指摘する。「消費者として『リサイクルしているからきっと大丈夫だろう』という甘えがどこかにあって、しかも『途上国の人に使ってもらえるんだったら、よりいいじゃないか』と思う人もいるかもしれませんが、見方を変えれば自分たちの不用品を商品として途上国に売りつけているわけです。不用品を押しつけるのみならず、それを商品としてお金を取るという非常にゆがんだ構図になっています」。
この先進国と途上国の間に横たわる環境問題に関する欺瞞を、彼は「オランダの誤謬(ごびゅう)」という言葉を用いて説明する。これは米スタンフォード大学のポール・エーリック生物科学部教授が提唱した考え。オランダに限らず先進諸国の環境改善は、技術的発展だけでなく、資源採掘やごみ処理など経済発展に伴う否定的影響の多くを発展途上国に押し付けることによって成り立つ仕組み、つまり「誤謬」=間違いであるという。また、斎藤は日本のアパレル製造業の中心の一つである岐阜県を取材で訪れ、その知られざる実態も語る。「日本のブランドで『MADE IN JAPAN』と書いてあると安心する人が多いですが、実際に工場で作っている人のほとんどは外国人技能実習生なんです。国内にもそういう搾取の構造があることを、日本人は知らな過ぎます」。
「リサイクルを唱える前に、そもそも靴の数が多過ぎるんです」と斎藤は語る。「リサイクル可能な状態でスニーカーが作られていても、資本主義の企業は、結局それをたくさん売らないといけません。だから資本主義的な枠組みでやる限り、必ず限界にぶつかるでしょう。根本的に必要なことは、製造する靴や服の量を減らしていくこと。つまり、『今履いているスニーカーはもう1年履けるから新しいモノは買わない』という意識が必要」と述べる。
斎藤はこの歴史的分岐点にチャンスを見いだしている。「例えばセールをやめて定価で販売してはいけないのか、年に2回もコレクションが必要なのか、ということを考えるチャンスです。ファッションは“計画的陳腐化”を前提にした産業ですが、果たしてすぐに陳腐化するものをこれからも作っていいのかを考え直した方がいい。だからこそ、大胆な転換に打って出た人がこれからのゲームチェンジャーになれると思います。明らかに大きな問題点があるし、早く動き出せばナンバーワンになれる可能性がある。全く新しいビジネスモデルや洋服の概念を作れるチャンスが来ていると考えると、私たちは希望ある正しい時代に生きていると思いますよ」。
菅付雅信(すがつけ・まさのぶ):編集者、グーテンベルクオーケストラ代表取締役。1964年宮崎県生まれ。「コンポジット」「インビテーション」「エココロ」編集長などを経て、現在は出版物の編集、執筆からコンサルティング&プランニングを手がける。「編集スパルタ塾」を主宰。主な著書に「はじめての編集」「物欲なき世界」「動物と機械から離れて」など。ファッション雑誌とファッション写真を愛してやまない