サステナビリティ

綿花農家の自殺問題に向き合う 創設者がオーガニックコットンプロジェクトの意義を語る

 持続可能なビジネスとは、そのビジネスに携わる全ての人々にとっても持続可能であることが条件だ。サプライチェーンが長く複雑なアパレルビジネスは、業界全体で手を取り合い、生産者の生活向上に貢献する方法を探る必要がある。そのアプローチの一つを実践するのが、インドの綿花農家の支援を行うピース バイ ピース コットンプロジェクト(以下、PBP)だ。

 PBPは2008年に通販大手のフェリシモの通販ブランド「ハコ!」の事業から立ち上がったプロジェクトだ。当時、世界最大の綿花の生産地であるインドでは綿花農家の高い自殺率が問題視されていた。農薬や化学肥料、遺伝子組み換えの種を買うために借金した農家が、それらを適切に使えなかったり、そもそも土地に合わなかったりなどの理由で収穫量が減り、借金を返せずに自殺してしまうという状況が生まれていたのだ。PBPはこの問題を解決するために、インド産のオーガニックコットンを使用した製品に基金をつけて販売し、その基金でインドの綿農家の有機農法への転換支援と、農家の子どもたちの就学・奨学金を支援する。20年3月時点で、総基金額は1億円を超え、有機農法へ転換した農家の件数は11の地域で1万5000世帯以上、復学した子どもの数は2064人、さらに高等教育に進んだ子どもの数は928人を達成した。PBPを立ち上げた葛西龍也一般財団法人PBP代表理事に話を聞いた。

WWD:PBPを立ち上げた背景は?

葛西龍也一般財団法人PBP代表理事(以下、葛西代表理事):最初は私的な動機だったんです。フェリシモの「ハコ!」の事務所を東京に構えるに当たって、家賃を支払うために原価の低い商品を探していて、偶然目に付いたのがホームセンターで売られていた軍手でした。軍手の原料は落ち綿で原料費が安く、右も左もないので効率的に大量生産されていました。これを1双1000円で売れたら家賃が払えるだろうと考え、手に着用するものなので手をつないでコミュニケーションが生まれるようなツールとしての軍手をコンセプトに、商品企画を進めました。加えて、フェリシモが01年の9.11をきっかけに開始したチャリティーTシャツ「ラブ&ピース プロジェクト」に着想を得て、軍手に子どもの未来を支援する基金を付けて販売するアイデアを思いつきました。

WWD:「ラブ&ピース プロジェクト」とは?

葛西代表理事:9.11が理由でニューヨークとアフガニスタンの親を亡くした子どもの支援を目的にしたものです。08年の時点で約20万着のTシャツを販売していました。そこで、フリーペーパー「ディクショナリー(DICTIONARY)」の創刊者で「Tシャツアズメディア」という活動をしていた桑原茂一さんに相談に行きました。桑原さんは僕の話をじーっと聞いた後に「それってオーガニックコットン?」と聞きました。「いや、違います」と答えると、「君は20万枚もTシャツ売って誰かを助けたって言っているけど、その裏でたくさんの農家の人々が死んでいるのを知っているか?」と言うんです。調べていくと、インドの綿農家では綿花を育てるための農薬や化学肥料、遺伝子組み換えの種を買うために借金し、それらが適切に使えなかったり、そもそも土地に合わなかったりして収穫量が減り、借金を返せないプレッシャーに負けて自殺してしまうという状況がありました。インド政府もこれを問題視し、自殺した家族に保証金を渡す制度などを作って対応にあたっていました。

WWD:そうした背景を知る人は少ないかもしれない。

葛西代表理事:補償金目当てに亡くなってしまう人もいて、年間3万人ほど亡くなっているというのです。僕はチャリティーTシャツを作って、どこかの誰かを救った気になっていたけど、その裏では原料を作る人を殺していたかもしれない。この頃は日本にファストファッションが上陸した年でもありました。これから安い服がたくさん販売されていく時代の流れと、農家の自殺問題を重ね合わせるとゾッとしましたね。何とかしなければ、と思いました。そこで、インドのオーガニックコットンを使った商品に基金を付けて販売し、農家の有機農法への転換を支援して、そこから取れるオーガニックコットンを使ってまた服を作る循環の仕組みを思い付きました。軍手を作るコンセプトは残っていたので、オーガニックコットンで日本製の軍手を作ることになりました。1000円で売りましたが、その頃には原価率の話はどこかに行っていましたね(笑)。

WWD:軍手はどのくらい売れた?

葛西代表理事:10年5月末の時点で1万8770双販売し、軍手以外のオーガニックコットン商品の販売も含めて660万円の基金が集まっていました。

サステナビリティは短期的な計画では取り組めない

WWD:現地の寄付先はどのように探した?

葛西代表理事:最初は集めた基金を、オーガニックコットンを販売する人に渡せば完結するだろうと安易に考えていました。しかし、アパレルビジネスは想像していたより複雑でした。農家の人々は綿花からタネを取り除く作業をするジン工場に綿花を持ち込んで現金を得ますが、当時はジン工場がお金を渡す代わりに農薬を渡すケースが多くありました。08年の10月に初めてインドに行き、現地のジン工場に話しに行くとサックスブルーのシャツを第三ボタンまで開けて金色のネックレス、金色のブレスレットをつけた明らかに怪しいインド人の男性たちが「俺らに任せてくれたら大丈夫」って言うんです。絶対嘘だと思いましたね(笑)。この頃になってやっと、サプライチェーンでは買う立場の人が売る立場の人より強いことに気が付きました。

WWD:つまり農家は一番弱い立場に置かれている。

葛西代表理事:そうです。綿を農家から買う立場の人に任せてはどうなるか分からないと思い、第三者機関を探そうとジャイカ(JICA)のインド事務所を尋ねると、有機栽培への支援に取り組むNPO団体の情報をくれました。その中の一つが現在のパートナーである現地NPOのチェトナ・オーガニックでした。チェトナ・オーガニックは元国連の食料政策事務局で働いていたインド人が母国の課題を解決したいという思いで立ち上げ、インド有数の貧困地帯であるオリッサ州の小規模農家の有機農法への転換を支援していました。どうせ支援するなら、一番困っているところにと思い、10年4月にはオリッサ州に視察に行き、契約締結を決めました。

WWD:有機農法の支援以外にも、農家の子どもたちの就学を支援しようと思った理由は?

葛西代表理事:ジャイカで話をしている時に、貧困地帯の農家では多くの場合、児童労働が行われていて、子どもたちが学校に行かずに働いていることを教えてもらいました。そこでプロジェクトの参加条件として児童労働を禁止すること、現地の子どもたちの奨学と復学支援、高等教育への奨学金を支援することを決めました。

WWD:17年には一般財団法人化した。現在の法人参加企業の数は?

葛西代表理事:豊島やヤギなど法人会員は6社です。19年に展示会を開催して以降、参加ブランドも増えています。この課題は僕たちだけで取り組むものではなく、参画企業それぞれができることを実践してもらいたい。ヤギはインド最大のオーガニックコットンの紡績工場であるナハール社と連携して、オーガニックコットンの原糸に基金をつけて購入する「ヤーンプロジェクト」や種の購入を支援する「シードプロジェクト」を提案してくれています。

サステナビリティとは人が良い未来を描ける環境

WWD:今後の目標は?

葛西代表理事:共感してくれるお客さんやブランドを増やすことです。基金の金額は100円から選べますが、店頭でほかの商品と並んで値段だけを見たときに100円の違いは大きいのだと思います。きちんと目的を伝えるための手段として、来年には購入者がアプリを通して支援先を選択できるシステムもローンチ予定です。昨今、サステナビリティやSDGsへの取り組みを開始する企業は多く見受けます。しかし、短期的な取り組みでは意味がありません。農家の支援も基本的には3年計画なので、「今年はサステナビリティに取り組むけど、来年は分かりません」と言うようなところと取り組むのは難しい。しっかりと腰を据えて頑張ろうとしている人たちと協力していきたいです。

WWD:これまでに1万5000世帯以上の有機農法への転換を支援してきた。この成果をどう見る?

葛西代表理事:振り返れば何もないところからよくやったなと思いますが、1万5000世帯を背負っているって重たいんです。これからどうやってアパレルや消費者の皆さまに伝えていくか――その課題の方が大きい。ただ、昨年現地に行った時にうれしいことがありました。僕に照れ臭そうに話しかけてくれたインド人の男性が、実はPBPの奨学金で大学へ行き、政治学を学び、今はオリッサ州政府の農業担当の役人として働いていると言うんです。実は奨学金を支援すると決断したときに、あなたは子どもが村から去ることを手伝っていると言われたこともありました。それでも、学びたいのに学べないのはおかしいと思って始めました。しかし、最近はちゃんと村に戻って来るケースがあるんです。その男性はきちんと勉強して、自分で物事を決められる立場になった。少なくともその人の人生には何か影響与えられたかもしれない。彼のように主体的に行動を起こしてくれている人が出てきたのは社会にとって大きな変化となります。サステナブルというと、さまざまな捉え方がありますが、僕は人を軸に考えます。変化を起こせるのは人だからです。人々が自分にとって良い未来を描ける環境を作っていくことが僕にとってのサステナビリティです。

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