海外製のファストファッションやSPA(製造小売業)アパレルの台頭により、国内の繊維産地は衰退の一途にある。そのような中、産地では若い人材が中心となって新たなビジネスチャンスを生み出そうとする取り組みが生まれている。
2020-21年秋冬シーズン、ゴールドウインの新作アパレルコレクションでチェック柄ウールを使ったコレクション8点がラインアップされた。見て、触って上質と分かるこの生地の主原料は再生羊毛。毛織物の産地・尾州(愛知県尾張西部地域から岐阜県西濃地域)で織られたものだ。
同地域で半世紀以上前から伝統的に作られてきたリサイクルウール生地“毛七”(けしち)。このテキスタイルへの注目度が今、国内のアパレルメーカーなどの間でじわじわと高まっている。読んで字の如く、ウールが70%、残り30%がナイロンやポリエステルなどの合成繊維で組成される混紡素材。国内に流通する古着のセーターを厳選して原料とし、尾州に残る旧型の織機でゆっくり織ることで、一般的なリサイクル素材と一線を画す質感を実現している。19年夏、現地の毛織物卸業・大鹿(愛知県一宮市、大鹿晃裕社長)が自社のリサイクルウールを“毛七”として正式に商標権を取得。若手社員チームが中心となったブランディングの努力により、取引高は2.5倍に跳ね上がっている。
“毛七”は、尾州の織物の歴史とともに一帯に根付いてきた「文化」でもある。同地域では、木曽三川の水源や豊かな土壌に恵まれ、奈良時代から繊維産業が栄えた。1940年代になると、軍服生産などの戦時特需を追い風に、織物産地として世界的に名を馳せた。一方で生産拡大とともに、製造のプロセスで生まれる端切れや落ち綿なども増えた。それを「もったいない」という日本人的精神で再利用すべく“毛七”は生まれ、主に一般庶民のための普及品に使われてきた。
近年では安価な外国産製品に押され、尾州の毛織物業は衰退の一途をたどってきた。サステナブル意識の高まりを追い風に、“毛七”にスポットライトを当てることで復興につなげようと動き出したのが大鹿の若手社員たちだ。チームの陣頭指揮を執るのが32歳の彦坂雄大さん。毛七の品質を実現する上では、膨大な古着の山の中から良質なウール生地を見極める“目”であったり、裁断により古着を原料化とした後に紡績、織布する作業の“腕”であったりと、さまざまな職人技がキモになる。そこで彦坂さんは「尾州の再生ウールは他にない歴史、モノ作りの背景こそが強み」と分析し、「これを若い自分たちのセンスで発信できれば、市場で差別化できる」と考えた。
彦坂さんらはすぐさま“毛七”のホームページ制作に着手。モノづくりをテーマに、原料の選別や生地を織るプロセスにフォーカスした記事コンテンツやブログを設置し、オウンドメディア化を進めた。さらに生地メーカーにはめずらしく、ビジュアルにこだわった「生地カタログ」も作成。すると取引の問い合わせも増え、国内デザイナーズブランドの2021年春夏の新作でも“毛七”が使われることに決まった。
「全く新しいことにチャレンジするには膨大な時間と資金が必要だ。発想の転換で、尾州ならではの歴史やモノづくりの背景といった、『すでにあるもの』を強みにしていきたい」と彦坂さんは話す。尾州を苦境に追いやってきたSPAアパレル商品の普及も、“毛七”の生産においては追い風になっているという。彼らの企業努力で、良質なウール100%の古着が市場に流れ込むようになったためだ。「エシカルやサステイナブルという言葉が流行語のように使われるようになったが、尾州にはウールを貴重な資源として当たり前に大切にしてきた文化がある。これからは自分たちがバトンを受け、先人が当たり前にやってきたことが世界で再び評価されるよう努力していきたい」。