ニューヨークに在住し、これまで「ヒップな生活革命」(朝日出版社)、「ピンヒールははかない」(幻冬舎)、「真面目にマリファナの話をしよう」(文藝春秋)などを上梓してきた佐久間裕美子氏による新刊「Weの市民革命」(朝日出版)が発売されました。佐久間氏には昨年4月にアメリカのサプライチェーンの現状について寄稿してもらい(「佐久間裕美子のNYリポート 新型コロナ禍を機にサプライチェーンを再考する」)、コロナ禍で浮き彫りになったサプライチェーンの問題点を的確に解説していただきました。
新刊「Weの市民革命」では、新型コロナやアメリカ大統領選挙によって、社会変革を求める力が消費文化や企業にどんな影響を及ぼしたのかというグローバルな視点から、ニューヨークに暮らす一人の消費者として見た、まわりのコミュニティーの変化、さらには差し迫った地球温暖化や廃棄問題などに関するグローバルな動きと、「自分ごとのサステナビリティ」や「自分はどんな消費者でありたいか」といった一消費者の目線で書かれた環境問題に焦点を当てています。
「消費アクティビズム」の時代が到来
「消費」によって自身のスタンスを表明し、社会の変革を求めて声をあげていくミレニアル世代や、それより若い世代のジェネレーションZに対し、企業側がそれにどう向き合い、これまでの利益重視型から新たな一歩を踏み出そうとしているかの事例は、その流れが強くなってくるであろう今後の日本においても、知っておくべき内容です。
「自分が反対する政治家とつながりのある企業やブランドには不買の姿勢を表明する『ボイコット』と、自分が信じる大義や価値にコミットする企業やブランドには喜んでお金を使う『バイコット』の二本柱からなる、『消費アクティビズム』の時代が到来した」といいます。それをけん引するミレニアム世代は、モチベーションも高く独立精神も強いが、同時に自我も強いため、皮肉を込めて「ミー(Me)」世代と呼ばれていましたが、財力と消費力がある彼らを中心に「消費」を通じた社会運動を先導するようになったといいます。そのあとに続くのはミレニアル世代同様に、社会意識や環境への関心が高く、ミレニアル以上に世界を変えたいというモチベーションと危機感の強いジェネレーションZ世代。彼らは環境、差別、移民問題といった人権問題に対し、「個人の自由より世界全体の人権を重んじ、過去に抑圧されてきた人たちの真の社会的平等追求することが自分たちの『共同責任』」であり、それが「『We』の時代の到来」の背景にあるといいます。
アメリカなどの海外のみならず、日本に目を向けてみても、若者による企業や社会への投げかけは、少しずつ顕著になってきています。つい最近では、女子高生たちがファミリーマートの総菜シリーズ「お母さん食堂」のネーミングを変えてほしいと訴える署名活動を行い話題になっています。お母さんが食事を作るのは当たり前という“無意識の偏見”につながりかねないとしているのです。
SNSの発達であっという間に運動が世界に拡散されていく時代に、企業側はどう変化していくべきなのでしょうか?著書にある「革命が中継されている」という言葉は決して大げさなものではないということを、紹介されている事例を読み進めるうちに理解していきます。
企業の政治的スタンスを表明させる若者のエネルギー
これまで、政治的立場の表明を避ける姿勢を貫くことで政治的立場が違ったり、中立の消費者を遠ざけてしまうリスクを避けてきたりした企業も、若い消費者たちの購買力と発信力が、企業に政治的スタンスを表明させる原動力になっていると言います。加えて、人権問題などの政策の変更により、直接的に影響を受ける従業員や顧客の権利を守るためにもスタンスを表明するようになってきているとしています。事例の一つとして紹介されていたのは、中絶の権利を制限しようとするいくつかの州の運動に対して、大企業から中小のファッション企業までが連名で「(中絶を制限することは)従業員や顧客の健康、独立性、経済的な安定を脅かすもの」とする書簡をニューヨーク・タイムズ紙の全面広告に掲載したという内容でした。
「企業の存在意義は利益を出すことだけではなく、具体的な社会課題の解決、『パーパス(目的)』の達成を目指す企業の方が組織として強く、長期的な成功を実現できる」。そのシフトを促しているのは、主にミレニアル世代の従業員や消費者であり、企業に対する彼らの目線がコロナ禍においてますます厳しくなっている。――彼らの声に柔軟に耳を傾ける企業と、変革に腰の重い企業では、それこそ長期的な成長に差が出るのではと示唆する内容でした。近年、「パーパス・ドリブン(目的に動かされる)」という言葉を耳にすることも増えましたが、目的に向かって邁進する企業が最終的には企業の存在意義を強め、社会に支持され必要とされるのではないでしょうか。
実際に、新たなビジネスのシステムや考え方も生まれています。株主だけでなく、従業員や顧客を含むステークホルダーを大切にしているかといった評価軸に従って、証券の価値が決まる証券取引所、ロングターム証券取引所が2020年9月にオープンしたそうです。四半期ごとの短期の財務諸表で判断する社会システムに替わり、長期的なバリューを創出できるかを重視しており、企業に長期的持続性を求める投資家と、長期的なビジョンを持つ企業とをマッチングすることで、「社会全体に対して責任を負うことへのインセンティブを創出する」というのが特徴です。
自社の事業に関わる全ての人々がステークホルダーである
2000年代になって、「株主へ利益を還元することよりも、『社会全体の利益』を優先する企業形態が登場し、社会や地域全体を自分のコミュニティーとみなし、それを守るための経済活動にコミットする企業が増えてきた」と言います。「従業員、コミュニティー、サプライヤー(物資の供給元)やベンダー(出入りの業者)、顧客、株主といった、自社の事業に関わる全ての人々をステークホルダー(利害関係の保持者)とし、事業に関わる全員の勤務・商業環境を整備したり、フェアな賃金を確保したりするだけでなく、彼らの幸せを実現しようと努めることが組織を強くし、事業の持続性を高める」という考え方です。
調査会社デロイトのミレニアルの動向を分析するリサーチ結果によると、ミレニアル世代は、仕事のやりがいよりもワーク・ライフ・バランスや勤務形態の柔軟性を重要視する一方で、17年以降の結果では、彼らにとって働く企業を決める上で大切なのは、雇用主の経営方針がサステイナブルあるいはエシカルであるか、従業員や顧客を大切にしているか、商品やサービスのクオリティーが良いかといったことであり、経営陣に求めるのは、「競争ではなくコラボレーション、権力闘争ではなく透明性を重んじる企業文化」だと言います。
アクティビストでもある従業員が増えていく中で、今後企業はどのように彼らと向き合い、変革を求める声に耳を傾けるか、それが企業評価、ひいては、社会における企業価値につながっていくのではないかと思います。「社会のプログレスを信じる従業員との良好な関係が、ビジネスとしての成功に必要な要素の一つであることを企業側も理解しつつある」という流れは、ますます加速していきそうです。
佐久間氏はあとがきで、「新時代の『We』は社会全体の集合的な利益だけを追求するものではない。一人ひとりが差別や抑圧を受けずに生きられる世の中を目指し、自分以外の誰かのために、声を上げたり、行動を起こすから『We』なのだ」と締めくくっています。
著書の中ではこのほかにも、アパレル産業のサステナビリティから、佐久間氏がゼロ・ウェウスト(ごみをゼロにすることを目標に廃棄物を減らす取り組み)を実践してみた話まで、住んでいるニューヨークの環境問題を織り交ぜながら、とても分かりやすく書かれています。まだまだここでは書ききれませんので、興味のある方はぜひ手にとってみてください。