2020年は一時代を築いたファッションデザイナーの訃報が相次いだ年だった。長年エネルギッシュな創作活動を行ってきた山本寛斎さん(享年76)もその一人。文化・芸能からスポーツ界、ビジネス界まで幅広い交流で知られた寛斎さんは、晩年に冒険家・荻田泰永さんと知り合い、一緒に北極圏に行った。荻田さんは子供のような好奇心で行動する寛斎さんの姿が鮮烈だったと振り返る。
北極や南極での単独歩行の冒険で知られる荻田さんが、寛斎さんと初めて会ったのは2018年2月。寛斎さんは極地冒険に強い関心を持っていた。「初対面の私に『僕も北極に行きけますかね?』とおっしゃったんです。(社交辞令で)私にそう話しかける方は多いので、受け流すように『まあ、大丈夫ですよ』と答えました。でも、数カ月後に再会した際、『北極に行くためにタクシーを使わず歩くようにしているんですよ。体力をつけなくちゃね』と言われて……。本気だったんだと驚くとともに、私も大丈夫だと言った手前、後に引けなくなりました」
19年3月、寛斎さんはカナダの北極圏の村に9日ほど滞在した。北極徒歩遠征の前線基地となるイヌイットの村は一年中雪で覆われ、日中でも気温はマイナス20〜30℃になる。寛斎さんは荻田さんがアンバサダーを務めるアウトドアウエア「ポールワーズ(POLEWARDS)」のダウンジャケットにたくさんのワッペンをつけて現地入りした。
寛斎さんは広大な雪原や神秘的なオーロラにはあまり興味を示さなかった。一方でイヌイットの暮らしに興味津々で、着ている民族衣装やブーツに関する質問をイヌイットに矢継ぎ早にし、繰り返しカメラに収めた。特に子供たちと話すのが何より楽しい様子だった。「モノの見方が普通の人とは違う。これが一流のクリエーターの思考なのか」と荻田さんは感じた。
独自性は荻田さんに対する質問にも表れていた。数々の取材を受けてきたが、極地冒険に関して聞かれることはある程度決まっている。だが寛斎さんの質問は初めて聞かれることが多く、改めて自分の冒険を考えるきっかけになった。アムンゼンやスコットが好きだという寛斎さんは、「冒険家」という人種に強い好奇心を持っていたようだった。
冒険家とデザイナー。通常なら交わる機会がない職業の二人が出会うことで互いに刺激を受けた。「寛斎さんは好奇心を原動力にして常に動き回り、あの太陽のような情熱で私を含めた周囲を魅了しました。本当に尊敬できるかっこいい人でした。もっとお話しがしたかった」