ファッション

“隣のパンク兄ちゃん”「キディル」が東雲から初のパリコレ公式参加 不透明な時代に輝く反骨魂

 末安弘明デザイナーの「キディル(KIDILL)」を語るうえで絶対に出てくるキーワードが“パンク”である。1月15日に東京・東雲で行った2021-22年秋冬コレクションのランウエイショーも、稚拙な表現を覚悟でいうならば“超パンク”だった。それもそのはず、このショーは末安デザイナーにとっては初めてパリ・メンズ・ファッション・ウイークの公式スケジュールで発表するという特別なものだから、“超”が付くほど気合が入るのも当たり前。これまでパリで3度行ってきたショーは全て独自開催だったため、44歳の末安デザイナーにとっては遅咲きのメジャーデビューの舞台がここ東雲だったのである。さらに「世界中がコロナウイルスで元気を失っている状況だからこそ、ファッションデザイナーとして強いクリエイションを」という覚悟を服に込めており、ショー序盤からいつも以上に振り切っていた。ミュージシャンの灰野敬二によるノイジーな演奏の中で行われた15分間のショーをカメラ8台を駆使して撮影し、5分の動画に編集してパリメンズの公式サイトで全世界に向けて19日に配信した。

服作りへの確かな手応えと自信

 ロックやパンクの系譜を継ぐ服であることに違いないが、ここ最近の「キディル」はストリートでもなければミュージシャンのスタイルの焼き直しでもなく、完全に唯我独尊。21-22年秋冬は“Desire(欲望)”をテーマに、LAを拠点にするビジュアルアーティストのジェシー・ドラクスラー(Jesse Draxler)によるグラフィックをスーツやニットに盛り盛りに配置し、ファスナーやスタッズも盛り盛りに付け、パンクを軸にアートやカルチャーをゴリゴリとクロスオーバーさせていく。スマートではないかもしれない。だが、独学で服作りを学んできたがゆえの型にはまらない思い切りのよさという強みが生かされていた。「エドウィン(EDWIN)」や「ディッキーズ(DICKIES)」、「ルルムウ(RURUMU:)」などとのコラボレーションも継続。「やっぱりメンズブランドっすから」という理由で強化しているテーラリングも、ストリート風に崩さず真っ向勝負する。末安デザイナーのひょうひょうとしたキャラクターの内側に、現在の服作りに対する手応えと確かな自信が感じられた。

 このつかみどころがないひょうひょうとした性格は、ショー終了後に記者たちがデザイナーを囲んでインタビューする“囲み取材”でも炸裂する。デザイナーが記者に対して「質問の意味がよく分かんないっす」「もっと分かりやすく言ってもらっていいっすか」とストレートに突き返すものの、現場はピリつくどころか和やかムード。「初のパリ公式?つっても東雲にいるので実感なくて」という正直な答えには笑いが起こった。この服と人柄のギャップは狙っているものではなく、おそらく天然。しかし、ファッションに対する愛情と反骨心は人一倍強い。パリメンズ公式参加の可否を決める勝負の面接で、受け答えが「ボロボロに終わった」直後、諦めずに補足の書類を即座に作成して提出。決して簡単ではない審査を何とか通過し、大舞台への切符をもぎ取った。また「服作りができないと俺は死ぬ」と2万以上のフォロワーに向けてSNSで堂々と宣言するなど、愛するファッションやパンクに対しては、とにかく少年のようにピュアで一直線なのだ。

不透明な時代で輝くパンク魂

 唯我独尊の“パンク”なブランド――この響きだけだと、とっつきにくい印象を持つ人も多いだろう。「バンドの音源聴いたことないのにツアーT着てんじゃねえ」的な面倒くさいブランド、デザイナーなのではないかと。しかし「キディル」には“隣の兄ちゃん”のような親しみやすさがある。音楽は詳しくないけどパンクファッションを楽しみたい人と、クセの強い音楽偏愛者の両方の“パンク”を受け入れる温かさがある。そう感じる要因は、ちょっとした隙のある服なのか、スイーツが大好物な末安デザイナーの真っ直ぐな性格なのかは分からない。確かなのは、この裏表のない末安デザイナーの周りに音楽からカルチャー関係まで多くのディープな才人や企業が集まり、「キディル」はそれを力へと変えていったこと。この天然の親しみやすさが、東京のアンダーグラウンドからパリコレにまで押し上げた武器の一つであることは間違いない。

 「いつ潰れるか分かんないっすよマジで」と開店当初に言っていた東京・渋谷の路面店は5年目を迎え、「いつ廃業するか分かんないっすよマジで」と新型コロナウイルスの影響で弱気になっていた1年前から取り扱いアカウントは増えた。現在はドーバー ストリート マーケット(DOVER STREET MARKET)など有力店を含め、国内と海外ともに20で合計40アカウントとなり、パリに出て発表し始めた2年前から10アカウント増えて売り上げもじわじわと伸びている。パリメンズへの公式参加を機に、海外での知名度をさらに広げていきたいのだろう。デジタルでの発表がどう転ぶのかはまだ分からない。しかし先行き不透明な時代には、パンクの反骨精神はより一層輝きを放ってきた。隣のパンク兄ちゃんの挑戦は、まだ始まったばかりだ。

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