「ダブレット(DOUBLET)」は、2021-22年秋冬コレクションを1月23日にパリ・メンズ ・コレクションの公式スケジュールで発表した。「パリメンズ出禁になるかもしれない……」ショー終了後に井野将之デザイナーが肩を落とした理由は、奇想天外なショーに挑んだためだった。
コレクションはデジタルでの発表がアナウンスされていたが、当日はメディア関係者を中心に約20人が発表会場に招待され、横浜・綱島駅から徒歩約40分のスクラップ工場に集まった。天候はあいにくの雨で底冷えの寒さ。ショー本番まで10分となってもなかなか開場せず、期待と不安が入り乱れる。ようやく開いたゲートの先には、車やロッカー、プレハブが並び、パワーショベルとともに真っ赤なライトに照らされていた。まるでディストピア映画のようなムードに浸る間もなく、ショーはすぐに開幕した。
冒頭から「何かおかしい」
冒頭で井野デザイナーが一瞬登場して挨拶し、妙な動きで去っていく。その後モデルたちが一斉に現れて紙吹雪が舞うなど、序盤からフィナーレのように盛大な演出に来場客もスマートフォンを慌てて取り出す。「何かおかしい」という違和感が確信に変わったのは、1人目のモデルが登場したときだろう。19-20年秋冬の巨大なチェスターコートに21年春夏のクマキャップを手にしたモデルが後ろ向きにウオーキングする。コートを脱ぎ捨てると、あの“キラシール”を彷彿とさせるギラギラのトップスに“魔驚ピエロ”というキャラクターが現れた。ほかのモデルも後ろ向きで続々と客席の前を通過し、途中で1人目が脱ぎ捨てたコートにほかのモデルがつまずいたり、スリッパ風のシューズが後ろ歩きのため脱げたりというハプニングも起こったが、それが演出なのかも分からないままショーは終了。直後に会場が暗転してショーの映像が逆再生され、順行のランウエイショーに見えるという種明かしが行われた。本来はこの“順行風”映像をパリメンズでライブ配信する予定だったが、回線トラブルでオンタイムでの配信ができなかった。これが井野デザイナーが肩を落としていた理由だった。
ほとんどがリサイクル素材
この逆行ショーの着想源は、クリストファー・ノーラン(Christopher Nolan)による映画「テネット(TENET)」。同作品の順行と逆行が入り乱れるストーリーを今季のテーマ“タイム・アフター・タイム”に絡め、パンデミックによって沈んだ世界の“再生”を願ったポジティブなメッセージが盛り込まれている。例えばブルーのコートはペットボトルからリサイクルしたフェイクファーだし、工場の余剰生地を糸に割いてネップ感の残るジャケットにアップサイクルしたり、定番のシルクデニムの在庫をパッチワークして新たなシルエットのジーンズを仕立てたりと、生地のほとんどはリサイクル素材を使用している。食用ヒツジの毛を使ったコートや「スイコック(SUICOKE)」とのコラボレーションシューズにはヒツジのマペットを付け、サボテンの繊維を30%使ったブルゾンは全面サボテン柄に、コートのポケットに入った動物のぬいぐるみはモデル着用のソックスから作られるなど、ファンシーな見た目に反して一点一点が実は深い。またノスタルジックなクリエイションも特徴だ。ロンパースをスーツにアレンジしたウエアや、幼少期に憧れたキャラクターシューズを彷彿とさせるフリンジ付きスニーカーには“魔女っ子ダブ”や“服飾戦隊ダブレンジャー”が描かれている。悪ふざけスレスレのキャラがいつも以上に豊富な一方、刺しゅうを何重にも重ねた代名詞的なテクニックは封印した。
昭和の「もったいない」を受け継ぐ
このリサイクルとノスタルジックという2つの“再生”は、昭和時代の井野少年の思い出が原点だという。「新しいインプットが難しい状況なのであれば、自分の原点こそほかにはないオリジナリティーなのではないかと。だから昔の写真からヒントを得て、それらを現代風に解釈しています。リサイクルも昭和の“もったいない”の考えなんですよ。大人からよく言われたので」。井野デザイナーが「サステナビリティ」とひと言も口にしなかったのは、ともすれば難解でシリアスになりがちな環境問題に対し、「ダブレット」らしい楽しさや親しみやすさ、ハッピーなクリエイションでも向き合えることを証明したかった、ファッションデザイナーとしての意地なのかもしれない。
井野デザイナーの“再生”への願いやリアルとデジタルの融合を目指した演出などを盛りに盛り込んだ結果、今回もファッションショーという枠組みを超えた壮大なエンターテインメントとなった。映像では、ボコボコにスクラップされた車やロッカーは元の姿へと戻り、モデルはぎこちない動きながらも確かに前進している。前向きな逆行で、未来に向けて歩みを進めているのだ。雨に降られたり、回線不良でライブ配信できなかったり、余裕だったはずのスケジュールが結局パツパツで開場が遅れたりとトラブル続きだったが、同ブランドのパタンナーの村上高士はドタバタのショー直前にこう言って笑った。「これが『ダブレット』ですから」。