ファッション

地元の産業を支え、新たな市場を開拓する若き経営者たちの挑戦 奈良・靴下編【上】

 奈良県にある広陵町、大和高田市はもともと繊維関連企業が多く、靴下やニット製品、履き物(サンダル)の製造が盛んな地域だ。そのほとんどはOEM(他社ブランドの製品を製造すること)で下請け仕事がメインだが、中にはオリジナルブランドの開発を積極的に行い、ブランディングを進めている企業がある。そしてそこには製品にこだわり、これまで市場になかったコンセプトや考え方で挑もうとしている若い経営者たちがいる。

 その奈良県に中小企業向けコンサルティングとして昨年12月に赴任したのが、これまで海外ラグジュアリービジネスに携わり、要職を務めてきた小杉一人・広陵・高田ビジネスサポートセンターKoCo-Bizセンター長だ。小杉センター長が所属する同組織は、自治体と連携して中小企業支援をしており、全国23カ所にオフィスがある。上述のような若き経営者のコンサルティングを担っており、運営費は各自治体と国から拠出されているため、事業者はコンサル費を支払う必要はない。自治体の地域サポートのようなものだ。

 なぜ、小杉センター長はラグジュアリーの世界から単身で奈良に赴任し、若き経営者たちのブランディングを担っているのか?さらに小杉センター長が注目する、伝統を受け継ぎながらも自分たちの世代で新たなマーケットを切り開こうとしている経営者たちを2回にわたって紹介する。今回は、100年続く靴下製造会社、ヤマヤの4代目であり、現在27歳の野村泰嵩・取締役事業部長にこれからの展望を聞いた。

WWD:これまで「セリーヌ(CELINE)」や「フレッド(FRED」での要職から、さらにはソニア リキエル ジャポン社長までラグジュアリービジネスに長らく携わってきた小杉氏が、なぜ国内の地場産業の経営者たちをサポートすることになったのか?

小杉一人・広陵・高田ビジネスサポートセンターKoCo-Bizセンター長(以下、小杉):私が従事してきたラグジュアリービジネスは、政治や経済が不安定な中でも生き延びることができる体力を持った企業も多く、実際に昨年のロックダウン後でも数字は悪くありません。

一方で対極にある国産アパレルの現状は周知のとおり厳しい状況で、特に靴下などの日常消費財に見られるレッグウエア関連は安価な海外製品に押されて苦戦を強いられています。生存競争と言ってしまえばそれまでですが、長きにわたって日本経済を支えてきたアパレル製造業者を何とか救いたいと考えたからです。

プラダジャパンに入社する前は、OEMの仕事に携わっていたことがありました。これまで外資ファッション企業で働いてきた私は、日本の製造業の20年前の当時と比べ、今のショックな状況を目の当たりにするまで、このような考えには至りませんでした。自身のキャリアの集大成としても、少々大げさですが国産アパレル再生の手助けができればと思い、縁あって奈良県にある広陵町、大和高田市が合同開設した地域中小企業向けビジネスコンサルティングの職に就くことになりました。

WWD:普段、センター長としてどんな仕事をしている?

小杉:KoCo-BizではPR戦略や今後の販路選定、ビジネスプランニングのサポートをしています。ブランディングを手伝う立場として、彼らのチャレンジはファッション業界の未来に少なからず影響を与えると感じています。

WWD:小杉氏が注目している企業の一つ、ヤマヤについて聞きたい。

野村泰嵩ヤマヤ取締役事業部長(以下、野村):奈良県広陵町は靴下の町といわれており、農業の副業として栄えました。ヤマヤは1820年に木綿業として創業し、1921年に靴下を作り始め、私はそれから数えて4代目になります。2000年代までは、海外ブランドのライセンスで百貨店での販売が隆盛期でしたが、それ以降、市場は小さくなり、昨年のコロナ禍で、それまで20年以上付き合いのあった大手国内アパレルからの受注もストップしました。

1994年に社長である父親がスタートした自社ブランドもあり、インポートソックスのような表情をしている「ホフマン(HOFFMANN)」と、奈良でモノ作りを行う5社(肌着メーカー、ベビーアイテムメーカー、タオルメーカー等)で共同設立したブランド「オーガニックガーデン(ORGANIC GARDEN)」があります。当社が旗振り役になり設立した協同組合です。当時はまだ「オーガニック」「環境配慮」「エコ」という概念がまだ一般的でなく、「変わったことをしている」と同業者から冷たい目で見られていたというような話も聞いたことがあります。そんな中でも、オーガニックコットンの価値は着実に浸透し、社会的意義や環境負荷という観点からも注目が集まり、今でもたくさんのファンの方に愛されるブランドになっています。

WWD:自身で新たなブランド「ヤハエ(YAHAE)」をスタートさせた理由は?

野村:100年を迎え、また次の100年を向けて新しいことをして、モノ作りの魅力、価値を伝えていかないといけない。私たちのもモノ作りの集大成となるような本当の意味での自社ブランドを立ち上げたいと考え、昨年末に新ブランド「ヤハエ」を立ち上げました。安くて高品質な海外の商品が入ってくる中で、どういう靴下を作ったらよいのか――。すでにある2つのブランドを回していく方が手っ取り早いですが、2ブランドでカバーできないマーケットがあるので、そこを担うブランドを作ろうと思いました。

WWD:小杉センター長から見た「ヤハエ」の魅力は?

小杉:コンセプト、製品品質は高く、海外展開も視野に入れられると感じます。このブランドはオーガニックにこだわり、染色をせずに綿の地色をそのまま生かした製品も多数あります。ビーガン向けの製品開発もあり、社会性にも敏感なモノ作りをしています。

WWD:「ヤハエ」の強みは?

野村:天然繊維を軸とし、染色表現も100%自然由来の糸で編み上げています。ヤクという牛科の動物の糸を使用したシリーズは、色味を表現するために、より原種に近いオーガニック原色綿(茶綿、緑綿)を比率変更して混紡しています。大阪の老舗紡績工場に別注生産を依頼しており、世界中で「ヤハエ」にしか使用されていないオリジナルの糸です。暖かでありながらウールのようにチクチクしない心地よい肌触りと、全て自然の深みのあるカラーが特徴です。

「ガラボウルームソックス」も思い入れのある商品です。「ガラ紡」という紡績方法で作った糸は、手紡ぎのような温かみのある表情が特徴の糸ですが、編み立ては困難です。既存の自社ブランドでも展開はしているのですが、編み立てて商品化し、安定的に生産するのに10年以上の歳月がかかりました。東京・清澄白河にオープンした直営店でテスト販売したところ非常に反響が良く、すぐに完売しました。今までの当社としての取り組みがお客さまに届いたということが嬉しくて、とても勇気をもらいました。「オーガニックガーデン」ではできなかった、肌にやさしい、ナチュラルでないだけではない、デザインやモノとしての完成度としてかっこいいから選んでもらえるブランドに育てたいと思っています。

WWD:「ヤハエ」初の直営店を清澄白河に選んだ理由は?

野村:自分が上京して住んだのが清澄白河で緑が多く、居心地が良かったのがありますが、コーヒーの店も多く「コーヒーが好きな人は靴下が好き」と思っています(笑)。コーヒーは自販機でも買えますし、靴下も量販店で安く購入できますが、コーヒーにこだわる人は、靴下を選ぶときもこだわりがある。不動産屋に飛び込みで入って、たまたま空いていた物件が気に入り、20年11月にオープンしました。

WWD:オリジナルブランドをどのように販売、PR、ブランディングしていこうと考えているのか?

野村:国内のみならず、世界に売っていきたい。国内ECは3月にスタート予定で、海外はしばらく越境ECでカバーし、環境意識の高いオーストラリアや、「ヤハエ」のような靴下がないファッションの本場、フランスでもマーケットを切り開いてみたい。以前からある奈良の直営店「糸季(しき)」では海外の客も増えていたので、その知見も生かしていきます。インスタグラムにはすでにオランダ、スイス、ニュージーランドなどの海外のセレクトショップから問い合わせなども来ており、卸も考えています。

WWD:OEMとオリジナルブランドの理想的な比率は?

野村:これまでやってきたOEMをないがしろにするつもりはなく、知見をOEMに生かしていきながら、自信のあるものにしていき、経営を存続させていく。現在は、楽天、アマゾンに頼らずで、2割以上が直販。「ホフマン」と「糸季」の店舗のオンラインストアも好調でコロナ禍でもむしろプラスでした。

WWD:コンサルティング側として見えている、奈良に限らず地場産業の活性化に必要なことは?

小杉:ラグジュアリーから離れ、日本の地域産業に接して驚いたことは、モノ作りの力はあるが、ブランディング全般(業種にかかわらず、製品にはブランディングが不可欠です)が欠けていることです。どのような製品にも、どこで、誰に、いつ、売るかを計画するものですが、下請け仕事が多い地域産業は構造自体が受け身であり、自社でモノ作りをしても販路を想像することができません。また営業機能が欠けている点も少なからず問題だと感じます。家族経営や小規模経営だと潤沢な資金もなく、営業やマーケティングに投資することができません。地域産業を維持拡大させていくためには人材の確保や融通が必要だと感じます。また、海外進出においては、行政がハードルをもっと下げてくれれば、小さい会社にとっては進出しやすくなると思っています。

WWD:若い経営者たちをコンサルティングして思うことは?

小杉:Z世代は「実行世代」でもある。若い世代は前向きに国、世代を考えています。自分がもうかることではなく、地域やそこに住む人たちに優先順位がある。われわれが若いときよりも刺激になります。アパレル業界は今疲弊しているが、彼らは諦めていないので頼もしい。日本のファションも可能性はある。ボーダーレスでジェンダーレス。未来がファッションを引っ張っていくと期待しています。

WWD:地場産業を今後どのように守り、発展させていきたいか?

野村:働き方、働きがい、そして賃金など、全てが働き手にとって魅力的な状態を作り、県外からも働きたいというオファーが届くような企業になりたいです。地場産業全体としても、成功体験を共有しながら、皆で生き残りたい。当社も含めて、それぞれの企業が事業を行う意義を深く考えて、強みを伸ばしてブランド化していけば、きっとそれぞれに“尖り”が生まれて、競合せずに商売をできるはずだと思っています。

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