「CEO特集2021」に登場するファッション企業19社、ビューティ企業28社のリーダーたちの言葉を、デザインやアートの世界で活躍するイノベーターたちはどう読むのか。KESHIKIの石川俊祐氏、アーティストの福原志保氏、コンテクストデザイナーの渡邊康太郎氏にインタビューを読んでもらい、オンラインで感想を語り合ってもらった。3人のユニークな着眼点で企業と社会を展望する。(この記事はWWDジャパン2021年1月25日号からの抜粋です)
WWD:今回のCEOのインタビューから、そんな人たちが今後、活躍できそうな時代の片鱗、変化は感じたか?
PROFILE:(わたなべ・こうたろう)慶應義塾大学SFC卒業。使い手が作り手に、消費者が表現者に変化することを促す「コンテクストデザイン」を掲げ、組織のミッション・ビジョン策定からコアサービス立案、アートプロジェクトまで幅広く活動。主な仕事に「イッセイ ミヤケ」の花と手紙のギフト「FLORIOGRAPHY」、一冊だけの本屋「森岡書店」など。趣味は茶道、茶名は仙康宗達
渡邉:半分だけ感じた(笑)。今回の20年後の未来を聞く企画は純粋に楽しい。でも基本的には、世界は「不確実なカオス」であり、未来は予測できない。よくバタフライ効果で、「ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきが、米テキサス州での竜巻の発生につながる」と言われるが、何が何に影響しているのか、些細な出来事がどういう大きな結果をもたらすかは分からない。それでも、どうにか考えて行動しなければいけない。
福原:みな言っているが、 20年後は考えられない。主因はデジタルと思われてきたが、実は今、底打ちが懸念されている。5Gが広がったら、それ以上何があるのか?という懸念だ。そうなるとデジタルの人間がアナログにひっくり返えるかもしれない。アナログは、実はデジタルよりも情報量が多い。AIやビッグデータばかりが取り沙汰されているが、デジタルは無駄を削っているようで、無駄の取り扱いが分からないだけ。アナログでいう感性や人間の心理なんて全く分かっていない。
WWD:「感性」も今回のキーワードで、それと個性をつなげようとしている。
PROFILE:(ふくはら・しほ)2001年、セントラル・セント・マーチンズのファインアート学士過程を、03年ロイヤル・カレッジ・オブ・アートのインタラクション・デザイン修士課程を修了。同年に、ゲオアク・トレメルとともに英国科学技術芸術基金のパイオニア・アワードを受賞し、バイオプレゼンス社をロンドンで設立。07年から活動拠点を日本に移し、アーティスティック・リサーチ・フレームワークBCLを結成する
WWD:そんな福原さんにとって印象的な人は?
福原:オープンソースを一推ししていたカラーズの橋本宗樹社長だ。同い歳ということもあるが、この人は「思考がインターネット」だと思った。まさに20年前のインターネット的な思考で、「オープンリソースにすれば、みんなが使い始め、気づいたらプラットフォーム化するかもしれない」という思考。アプローチとしてはいいが、そこからどうなるかは今、ネットが抱えている問題でもある。バロックジャパンリミテッドの村井博之社長は、とてもエッジーだった。「本社社員の10%を日本人以外にすることが目標」という。今後そうなるのは確実なのに、日本人の経営者は誰も言わない。村井社長は明確で気持ちいい。日本人が少数派になっていくのは避けられない。怖いのは、反動で閉鎖的になること。CEOが日本人でなければいけない、男性でなければいけない、というのではないにも関わらず、特集に登場するCEOに外国人や女性が少ない。不安に思う。「もともとパンクで、物議を醸してきた会社。もう一度そうしたい」と語るザボディショップジャパンの倉田浩美社長は素敵だ。あと三城ホールディングスの澤田将広社長!
石川:「おいしいチーズケーキが評判の眼鏡屋になっているかもしれない」だっけ?面白いね。
福原:メガネ屋さん、やめちゃうのかって思った(笑)。
石川:でもあり得る。
福原:これくらい自由に話せる人の方が魅力的。個人的にはアダストリアの福田三千男会長兼社長の人柄の良さ、人を信じましょうという姿勢が心地良い。
WWD:アダストリアは、エコシステムのような循環を作ろうとしている。消費者に商品を通じて喜んでもらい、その商品を作る企業は虐げない。閉じた狭い世界になる危険性と表裏一体かもしれないが、あらゆるステークホルダーが誰も損をしない、ポジティブなループを作ろうとしている気概がある。
PROFILE:(いしかわ・しゅんすけ)茨城県生まれ。ロンドン芸術大学Central St. Martins卒業し、パナソニック デザイン カンパニーでプロダクトデザイナーに。2018年からBCG Digital VenturesでHead of Design / Strategic Design Directorとして大企業社内ベンチャー立ち上げに注力、19年、九法崇雄、内倉潤とともにKESIKI設立。Forbes Japan世界で影響力のあるデザイナー39人に選出される
石川:アダストリアの社員は、人付き合いが丁寧。自分たちだけが得しようとか、お金を払った分これだけやってもらおうとか、一切ない。働いている人が楽しそうだ。
WWD:同じようないいシステムを築いているのが、ビューティ業界。ウエラ プロフェッショナルやミルボン、タカラベルモントは、自分たちのお客さまであるサロンを考え、一方でサロンはサロンのお客さまであるエンドユーザーを考える。メーカー→サロン→エンドユーザーというエコシステムをうまく回そうとしている。エコシステムを作ろうとしている企業は、かっこいい。
福原:確かに。アダストリアの福田会長は、「創業者である僕の父は、取引先と社員に約束通りに支払うことの重要性を長年僕に言い続けてきた」と言う。それは当たり前のことなのだが、アメリカやヨーロッパの会社と、日本の会社の大きな違い。アイアの萩島宏社長は「何が大事なのか、困難な時代にどんなメッセージを発信しているのか?」との問いに、「仕事をする上で、相手にとって無理なことを要求しない、できることを要求しよう、というのが一つ。何を根拠に生きていくのか、原理原則をもうけよう」と語っている。古いことだが、こういったことをはっきり言う人が今は少ない。
石川:美意識を持っている。美意識の有無は今後、企業でも個人でもかなり重要なことになるだろう。
渡邉:美意識の有無は、石川さんのパーパスにつながる。これまでの話は、全てがつながっている。企業活動にWhy・How・Whatの三階層があるとき、これは同心円で捉えるとよい。Whyを中心にして、その周辺にHowとWhatの層がある。企業は円の中から外へ向かうコミュニケーションを取らないといけない。パーパスを語るということは、Whyから語ること。内から外に向かうことだ。
福原:先ほど渡邉さんがおっしゃった、「無駄が大事だ」ということにつながる。私はアーティストとしてサイエンスを扱っているが、サイエンスとしては、無駄でしかない手法でやりまくる。Whyに意味があるアートとしてやりたい。なぜ無駄なことをやるのか?と聞かれたら、「自分なりの意味を見い出すため」としか答えようがない。やるしかなく、体験するしかなく、その答えは自分自身が見つけていかなければならない。他の誰かから教えてもらえるものではない。
石川:これを作る意味、美意識が大事だ。たとえば、この土地で商いをしようと思ったら、きれいな土地があって、砂があって、水があって、じゃあ陶器をやろう、ガラスをやろうとなる。自然にWhyを考えている。すると何が違うかというと、できあがったモノのクオリティー、質が変わる。単純にマーケティングやターゲットということではなく、作りたいモノのビジョンが具現化されたものだ。だから感動するものになる。Whyから始めないと、担当者もなぜやっているかが分からないからつまらないだろう。やりがいを感じることができない。DX、DXと突き詰めると結局は、効率化を追求することになる。効率化のその先に何があるのか?
WWD:ビューティ業界は今後、「美と健康」の融合が進むと考えている。20年後は、「健やかに生きることが美しい」という考え方がメジャーになっているだろう。
福原:たとえば、タカラベルモントは「分娩台のある空間も美しく」と言っている。出産経験者の私は、「分娩台が怖いから出産したくない」と言ったぐらいだ。さまざまなライフステージの中で、その人その人の美しさの定義は違う。生まれてから死ぬまでの「健康」を考えるなら、デジタルは本当に役に立つ。一人一人は無尽蔵のデータを持っている。なのにリサーチはものすごく遅れている。資生堂や花王、ポーラ、アルビオンなどは、きっと取り組んでいるはずだ。そこに投資してデジタル化を宣言するのなら、ゲームチェンジャーになれる。もちろん、どこかと組んでやればいい。
WWD:二極化してきている。業務提携や産学連携にも取り組みメーカーを貫く企業と、ファブレスでスピード感を高める企業に分かれてきた。
福原:バイオや健康でデジタル化を極めると、多様な商品が必要になる。小ロット・多品種を究められる体力がある企業はどこなんだろう?
WWD:ファッション業界は、「元気がない」と言われている。提言するとしたら?
石川:ファッション業界はよくも悪くもニューノーマルの影響が出た。「普通」の再定義に立ち返ると、今の季節物の服を買うなどから、自分のライフスタイルを考え、量より質を選ぶ人が増えている。自分軸の質で考えることが増えた。そうすると、企業側は何を考えなければいけないのか。今まで通りに服を売るのではない。「消費者ではない」というところを捉えないといけない。生活者のための豊かな暮らしをどうデザインしていけるのかを考えて事業を組み立て直すことも大事だし、その一方で、言ってることはやっていなければならない。責任範囲が増えたころも外せない。自分の好みや、感覚が明確になっており、それにどう寄り添うブランドになるかを考えないといけない。
WWD:その視点で、インタビューから気になった企業はあったか。
石川:やはり自分のカルチャーをしっかり持っている、SK-Ⅱやアダストリア、三城ホールディングスなど。変化に対して柔軟に考えられている。ビームスも「四方よし」と言っていたが、自分たちの責任範囲を含めて何をしなければならないかを考慮している企業は、今後も成長するのではないか。そのほか、アイア、カラーズ、バロックジャパンリミテッドもそうだ。
福原:自分ごと化していくことがカギになるだろう。社員も、一人一人がやっていることを自分の力で考えて、情報にまどわされず、なぜそれをやるのか?を考えてほしい。売る、売らないでは生き残れない。「SK-Ⅱ」のサンディープ・セスCEOが良いのは、彼自身が多様性の国の出身だからだろう。インド生まれというバックグラウンドを持っているからこそ、彼の言葉には説得力を感じた。地球の運命を彼なら変えてくれるのではないか、そこまで言い切れるのは自分ごと化して考えているからだ。
渡邉:ミルボンの佐藤社長は、「高齢化で移動範囲が狭くなるのは今後も加速していくが、今のコロナ禍でシミュレーションできているのではないか」と言っている。外出自粛で都心のサロンは影響を受けているが、逆に住宅地では影響を受けづらい。美容室は、街のコミュニティーを支えられる潜在力があると思っている。個人的な妄想だが、ビューティやファッションを起点に自律分散型の社会を作る未来がありうると思う。安直だけど、美容室に託児所を兼ねるとどうだろう。「マルタ」という深大寺の住宅地にあるレストランが参考になる。庭で野菜を作り、食品の廃棄物はコンポストで再利用される。食のビフォー・アフターの両方を見ることができ、環境への配慮がある。災害対策の周知もしていて、地域へのメッセージ発信も担っている。ただの私企業的なレストランでも、行政の仕事でもない、プライベートとパブリックの間の「コモンズ」を実践している。ファッションやビューティの人たちも、同様にコモンズを担ったらどうか。美容室やブティックは件数も多く、社会インフラになりうる。花王・カネボウの村上社長がビューティ業界に関して、「欠品を避けるためにたくさん作る悪しき慣例がある」と言っているが、それはファッション業界も同じだ。日本で既製服の需要が自家裁縫を上回ったのは1970年前後。つい数十年前まで、服とは買うものではなく、自ら作るか、カスタムアレンジするものだった。地産地消、自律分散型社会へのシフトは、人々が自らの手を動かし、クリエイティビティーを発揮する機会を取り戻すことにもつながる。
本文から気になる言葉をピックアップ!
【バタフライ効果】
予測不可能な挙動のたとえ。米国の気象学者エドワード・ローレンツが1972年に行った「ブラジルでの蝶のはばたきがテキサスに竜巻を引き起こすか」という講演に由来する。大気の対流が決定論的な微分方程式に従うにもかかわらず、数値計算の精度をいくら向上させても事実上正確に予測できないカオスの性質をもつことを象徴的に表現したものとして知られる。ほんの些細なことが、徐々に大きな現象の引き金につながるという考え。
【オープンソース】
ソフトウェアのソースコード(プログラミング言語で記述された文字列)を商用、非商用の目的を問わず、無償で公開し、誰でも自由に改良・再配布ができるようにしたソフトウェアのこと。それに対して、一般的なソフトウェアはソースコードを公開することはなく、開発者でなければ修正できない。利用料を払えば使用できる。
【チーズケーキ】
三城ホールディングスの澤田将広社長が、「20年後の『パリミキ』をどう予想する?」と聞かれて発した言葉。現在も大阪・アメリカ村店や広島本通店でアーティストのライブを行ったり、郊外の独立店では眼鏡とは無関係のイベントを開催していることから「20年後は店頭で売られる自家製のパンやチーズケーキが評判の眼鏡店になっているかもしれない」と、街のサロンやコミュニティーのような存在になり、日常を豊かにするライフスタイルショップを目指すと発言した。根本となる仕組み、基本的な規則や法則のこと。
【原理原則】
原理は、事象やそれについての認識を成り立たせる、根本となる仕組み。 主として存在や認識に使う原理=主として人間の活動に関係する。原理も原則も、基本的な決まり・規則の意で、重ねることでその意味を強調した言葉。
【分娩台】
今回のCEO特集に登場したタカラベルモントの吉川秀隆会長兼社長の言葉。同社は化粧品や理美容機器などのサロン事業とデンタル、メディカル事業をメインとするが、「美と健康の融合」についての問いに、「われわれの商品は大きく分ければハードと化粧品の2つ。例えばハードでは、赤ちゃんの分娩台を作っている。分娩台がある空間を美しくできれば、妊婦さんが快適に出産できるきっかけになるかもしれない」と話す。ハードを美しくすると快適にすごせる可能性が大きく広がり、分娩台を手掛ける同社は、まさに消費者の快適に一生寄り添う。今後、メディカルの現場に化粧品を卸すことも考えていると述べ、美と健康を行き交う。
【ファブレス】
fab(fabrication facility、つまり「工場」)を持たない会社のこと。 工場を所有せずに製造業としての活動を行う企業を指す造語および、ビジネスモデルである。具体的には、製品の企画設計や開発は行うが、製品製造のための自社工場は持たず、大半を委託。製品はOEM供給を受ける形で調達し、自社ブランドの製品として販売する。ファブレスの形態でも自社工場を所有しているメーカーもあるが、特殊な小規模生産機能などに限定される。
【自律文散型の社会】
英語ではDAO(Decentralized Autonomous Organization)。社会の一人一人が全体を俯瞰する能力を持たないにも関わらず、自律的に判断し動き、結果として秩序を持つこと。DAOには管理者がいないため、組織としてのあらゆる意思決定や実行、ガバナンスは構成員の合意によりあらかじめ定められたルールに従って執行される。