2021-22年秋冬メンズ・ファッション・ウイークが終了し、21年春夏オートクチュール・ファッション・ウイーク(1月25〜28日)が開幕しました。コロナ禍での2度目のデジタル開催で、クチュールメゾンはどのような服を、どのような方法で発信するのか、コレクションを長年取材する向千鶴「WWDジャパン」編集長と、ウィメンズブランド担当の大杉真心記者がそれぞれの視点から語り合います。今日は1月25日、26日の2日間の参加ブランドから厳選した7ブランドについて紹介します。
“ムキムキ筋肉ドレス”の「スキャパレリ」
向千鶴「WWDジャパン」編集長(以下、向):オートクチュール・ファッション・ウイークが開幕しました。ライブ配信のコアタイムが日本の夜ですから、仕事や家事が終わって一段落した時間にリラックスして見るのがオススメです。ファンタジー溢れるオートクチュールを通じて多くの方にショートトリップを楽しんでいただきたい。
大杉真心「WWDジャパン」記者(以下、大杉):トップバッターは「スキャパレリ(SCHIAPARELLI)」です。デザイナーのダニエル・ローズベリー(Daniel Roseberry)は、「トム ブラウン(THOM BROWNE)」で経験を積んだアメリカ人デザイナーで、先日の大統領就任式でレディー・ガガ(Lady GaGa)の衣装を担当したことでも話題になりましたね。
向:私は就任式を最後までライブで見て寝不足になった派なのですが、厳重な警備体制下で常に緊張感があった式典の空気をガガは一気に華やかに盛り上げました。特にボリュームのあるスカートの後姿がガガを最高に美しく見せており、 “一世一代の場では、やはりパリのオートクチュールが選ばれるのだな”と思ったけど、そうか、ダニエルはアメリカ人でしたね。納得です。
大杉:今回のテーマは「231 seconds of Haure Couture(オートクチュールの231秒間)」で、3分51秒にコレクションの制作現場やフィッティング風景、撮影、モデルの着用シーンが凝縮されていました。
向:「スキャパレリ」と言えば1920年代にパリで勃興した“超現実”表現のシュールレアリスム。創業者のエルザ・スキャパレリ(Elsa Schiaparelli)は芸術家のサルバドール・ダリ(Salvador Dalí)などと親交が深く、現代的な表現をすれば“ぶっ飛んだ”デザインを世に送り出していました。現代のダニエルはそのDNAをしっかり引き継ぎ、痛快に“ぶっ飛んで”くれましたね。
大杉:序盤からムキムキな筋肉をかたどったコルセットに釘付けに!これ、去年のクリスマスにキム・カーダシアン(Kim Kardashian)のためにデザインしたムキムキドレスの進化系なんですね。「スキャパレリ」といえばDNAにショッキングピンクがありますが、あのイヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)による有名なリボンルックがムキムキに再現されていました(笑)。
向:創業当時に独創的な「スキャパレリ」を支持したパリの上流階級の女性たちの懐の深さや好奇心の強さには脱帽ですが、今の時代にその役割を果たしているのがキムやガガのようなアーティストたち。オートクチュールとショービジネスの関係は密接ですね。奇抜であると同時にクチュールメゾンの技を生かしてどこまでも真面目に美しさを追求し、着る女性をきれいに見せています。
大杉:他にも大振りの茄子のようなゴールジュエリーや、大きな南京錠も迫力がありましたし、聖母像の絵画のように乳を飲む赤ん坊が付いたルックもぶっ飛んでました。今スポットライトが当たっているアメリカ人クチュリエとして、ダニエルは今後も注目していきたいですね。
神々しい「イリス ヴァン ヘルペン」のクリエイション
大杉:前回は不思議な雰囲気の映像作品に挑んだ「イリス ヴァン ヘルペン(IRIS VAN HERPEN)」でしたが、今回はシンプルなランウエイ形式になりましたね。このブランドは3Dプリンターを駆使して、ドレスそのものがSF映画の衣装のように細かく、奇抜なので、全身をしっかり見れる見せ方でよかったと思いました。コクーンに包まれているかのように立体的なケープのドレス、生物のひだのよう広がったスカートなどから、創造性の豊かさを感じます。
向:まるでボディーペインティングかのように身体と一体化したドレスが美しかったです。身体と装飾、身体と服と空間の関係性を追求するその探求心がすごい。服というより、もはやボディーメッセージですね。私、日本に点在する縄文文化の資料館を見て回るのが趣味なのですが、そこで展示されている縄文人の装飾に通じるものがあるな~なんて思いながら見ていました。
大杉:往年のスーパーモデル、ナタリア・ヴォディアノヴァ(Natalia Vodianova)も登場しましたね。羽のような装飾が付いたラストルックは本当に神々しく、気高さを感じてしまいました。細かく見てみるとネイルアートもとても素敵で、これらは日本出身のネイルアーティストの松永英知さんが担当したそう。
「ディオール」のミステリアスで多元的な美しさ
大杉:また1本の映画を見終わったように、惹き込まれてしまいました。前回に引き続き、イタリア人映画監督マッテオ・ガローネ(Matteo Garrone)による映像です。タロットの世界が広がったお城の中で、1人の女性がジェンダーを超えた自分探しの冒険をするという内容で、愚者、節制、女教皇、吊るし人、悪魔などお馴染みのカードのサインたちが登場人物として出てくるのもワクワクしました。
向:インビテーションがズシリとしているから何かと思えばタロットカードそのもの!ショーはそこから始まりました。映像は非常に美しく、非常にミステリアス。以前、「ディオール(DIOR)」のオートクチュールのショーの後に “仮面パーティ”に参加したことがあります。そのときに感じた「仮面をつけていると人は素直に大胆になる」という体験を思い出しました。タロットに導かれることで女性たちがどんどん自分の本心や本年に忠実になってゆく。そんな束の間の解放感を提供してくれた気がします。
大杉:ムッシュ、クリスチャン・ディオール本人も占星術に惹かれていたという話がありますが、アーティスティック・ディレクターのマリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)は「不確実な時代に、ミステリアスで多元的な美しさを探った」という風に語っています。まさにコロナ禍に入ってから「風の時代」についてなどスピリチュアルな話を聞く機会が増えて、占星術関連の書籍も売れているそう。そういった占いへの注目が高まる中、今このような提案をするマリア・グラツィアは本当に時代を捉えているな、と感心してしまいます。
向: 12星座を刺しゅうしたドレスはマリア・グラツィアのお気に入りで今回も登場しましたね。ちなみに「ディオール」には12星座のリングも定番であります。私はマリア・グラツィアへのインタビュー当日に「話のネタに」と思って自分の星座であるおうし座のリングを購入したことがあります。慌てて買ったので実はそれが牡羊座のリングだったというオチつきなのですが……。マリア・グラツィアと大いに盛り上がったからよいのですけどね。
大杉:なんと!SNSのコンテンツでは、実際にマリア・グラツィアをはじめ、アトリエのスタッフたちがタロット占いを受ける姿も紹介していたのも面白かったです。これまで通り、このコレクションに合わせて世界中のアンバサダーたちのスナップがSNSで掲載されていましたが、日本からは新木優子さんが登場していました。
少人数が参列する結婚式のような「シャネル」ショー
向:「シャネル(CHANEL)」は、家族が集う少人数の結婚式をイメージしたそう。花のアーチをくぐってモデルたちがグラン・パレの階段を降りてくる開幕のシーンは、一点の曇りもない幸福感に満ちていました。今こそ「シャネル」にはこうあってほしい。厳しさやシリアスさは「シャネル」には不要です。ザ・ロネッツ(The Ronettes)の「ビー・マイ・ベイビー」のアレンジ曲が胸にしみました。
大杉:無観客ショーと思いきや、ペネロペ・クルス(Penelope Cruz)やマリオン・コティヤール(Marion Cotillard)、リリー・ローズ・デップ(Lily Rose Depp)ら豪華なアンバサダーたちが客席にいましたね。段々に重なったフリルスカート、マクラメ刺繍のロングドレスなどから、紳士服から着想を得た、ウエストコートとパンツのセットアップまで、華やかなパーティの参列客のようなウエアがそろっていました。
向:ロング&リーンの1920年代調が軸にありましたね。それを彩るのは刺しゅうや羽根飾りといったシャネル傘下の工房の仕事です。ヴィルジニーは、「私は常に女性たちが自分のワードローブにどんなアイテムを加えたいのかと考えています」と話していますが、 この顧客に寄り添うヴィルジニー流の「シャネル」がすっかり安定感を得たと思います。
大杉:最後には白馬に乗った花嫁が登場しましたね。この祝福ムードは、カンボン通り31番地のオートクチュール サロンのリニューアルに関連しているとのことです。
ローマから無観客ショーを行った「ヴァレンティノ」
向:「ヴァレンティノ(VALENTINO)」は本拠地のローマにあるコロンナ美術館で無観客ショーを発表しました。映画「ローマの休日」のラスト、アン王女が記者会見を開いたシーンのロケ地で、天井のフレスコ画など会場は見どころ満載です。ローマはイタリアの中でも特別な場所であり、「ヴァレンティノ」はその歴史の中から生まれたことを再確認しますね。パリコレではこの荘厳な光景を見ることはできません。
大杉:前回、巨大ドレスに度肝を抜かれましたが、今回はよりリアルなレイヤードスタイルを楽しむクチュール、という新しい方向性に切り替えてきましたね。クチュールといえば、装飾をたっぷりのせたドレスをイメージしますが、ドレスのオケージョンが減る中でピッチョーリはリアルな世界で着用するクチュールを目指したのではないか、と思いました。スパンコールをのせたタートルネックインナーの上からワンピースを重ね着したり、ふんわりとしたコートドレスがあったりと日常着のようなアイテムばかり。顔一面に金色のグリッターを塗ったメイクも目を引きましたね!また動画では1ルックずつ商品説明と製作者の名前が記載されていて、リスペクトを感じました。
向:どこか着物を思わせる直線的なフォームと鮮やかな色が力強かったです。ところで音楽は、マッシヴ・アタック(Massive Attack)のロバート・デル・ナジャ(Robert Del Naja)が担当です。デル・ナジャってバンクシーの正体か!?なんて噂されたこともある人でしょ?そのデル・ナジャとアーティストのマリオ・クリンゲンマン(Mario Klingemann)が組んだ「ヴァレンティノ」の映像作品が29日に発表されるそうですね。なんと人工知能に「ヴァレンティノ」のオートクチュールのメイキング映像などを3か月間学習させて作ったとか。究極の手仕事であるオートクチュールとAIのコラボレーションだなんて未知でゾクゾクするわ~。楽しみ。
総刺しゅうにうっとりする「ジョルジオ アルマーニ プリヴェ」
向:「ジョルジオ アルマーニ プリヴェ(GIORGIO ARMANI PRIVE)」で特に見てもらいたいのは、ブルーのベルベットの美しさかな。ピークドショルダーのジャケットやドレスに合わせる帽子などいろいろなところに艶のあるブルーのベルベットが使われていて効果的でした。
大杉:今回はデザイナーのジョルジオ・アルマーニが、ミラノへの思いを込めて制作したコレクションだったそうですね。キラキラ輝く総刺しゅうのジャケットとパンツのセットアップからはじまり、素材の美しさにうっとりとしました。歴史的建造物であるオルシーニ宮殿を舞台に、部屋の鏡に反射して、バックスタイルが見える演出も素敵でした。
向:「手入れが行き届いている」という言葉がショーを見ている間、ずっと頭にありました。服のカッティング、モデルの身のこなし、「ジョルジオ アルマーニ ビューティ(GIORGIO ARMANI BEAUTY)」を使っているのであろう肌の質感や指先のネイル、それらはごく自然に見えるけど緻密に計算されているに違いない!外光と鏡の反射の光も考慮して生まれているのでは?と思いました。ショーのバックステージでデザイナーのミスター・アルマーニは自らモデル一人一人のメイクをチェックしますが、その美意識の高さがデジタルコレクションにも表れていますね。
「AZファクトリー」でエルバスがついにカムバック!
向:いよ!待ってました!アルベール・エルバス(Alber Elbaz)がファッションビジネスに戻ってきました。「AZファクトリー(AZ FACTORY)」はコンパニー フィナンシエール リシュモン(COMPAGNIE FINANCIERE RICHEMONT以下、リシュモン)とのジョイントベンチャーによるプレタポルテの新ブランドです。2015年に彼が「ランバン(LANVIN)」を去ったときは「着る服がなくなる」と本気で嘆く女性がたくさんいました。それほどアルベールが作る服は女性にとっての強い味方なのです。私も嬉しいです。
大杉:テレビ番組風のコミカルな演出で、見ていて楽しかったです。それぞれのウエアごとにエルバス本人が作った思いを語っていて、XXXSからXXXXLまで対応するストレッチ素材のドレス、女性一人で着脱が楽なファスナー、ポインテッドスニーカーの“スニーキーパンプス”、ヨガやストレッチができるアクティブウエア、最後には“ハグ”や“キス”の温もりを感じるパジャマまで、おしゃれな通販番組みたいでした(笑)。
向:アルベールはクリエイティブ・ディレクターというより、ファッション・デザイナーなのですよね。ブランドのためにブランディングを請け負うのではなく、女性のために服をデザインし仕立てる人。以前「僕はすべての年代のすべての女性を美しくしたい。彼女たちに尽くすデザイナーなんだ」といった趣旨のことを語っていたのが印象的で、今回のコンセプトもそこにあります。多様性あるモデルキャスティングなどから変わらぬポリシーを見ました。
大杉:最後にはアナ・ウィンター(Anna Wintour)をはじめ、マーク・ジェイコブス(Marc Jacobs)、リック・オウエンス(Rick Owens)、「クロエ(CHLOE)」の新クリエイティブ・ディレクターで注目を集めるガブリエラ・ハースト(Gabriela Hearst)らの声援のコメントがあり、見所も満載。しかも、すぐ買える「シーナウ、バイナウ(SEE NOW, BUY NOW)」形式で、今日から公式サイト、「ネッタポルテ」「ファーフェッチ」で発売しましたね。ドレスは9万~21万円、トップス3万~4万円、スニーカー6万7000円、アクセサリーが3万~9万円と、クチュールと身構えずとも、手に届く価格帯にも驚きがありました。
向:さあ、日本ではどこの店が販売するのでしょうか?ディストリビューターはどこ?記者としては次はそこを追いかけないとね。