ファッション

「ワコール」の“3Dスマート&トライ”プロジェクトを率いて成功に導いた篠塚厚子 ランジェリー業界の開拓者vol.1

 新型コロナウイルスの感染拡大は、従来の商品やサービスの在り方に変化をもたらしている。対面のフィッティングを重視してきた下着業界にも影響を及ぼしているのは言うまでもない。ソーシャルディスタンスが重要視される中、接客やサービスにも変化が求められる。この連載では、コロナ禍に先んじて、既成概念に捉われない新領域の商品やサービスを生み出してきた下着業界の開拓者を紹介する。

 第1回は、ワコール(WACOAL)の篠塚厚子・総合企画室イノベーション事業推進部課長だ。わずか5秒で18カ所をセルフで計測できる3DボティースキャナーとAIによる接客を連動させた“3Dスマート&トライ“のプロジェクトを率いて成功へと導いた。2019年にスタートしたこのサービスの導入店舗は現在15店、計測者は累計4万人にも上る。昨年から、そのシステムの提供を通して他企業とも協業し、新たな美のプラットフォーム作りを目指している。

――“3Dスマート&トライ”誕生のきっかけは?

篠塚厚子ワコール総合企画室イノベーション事業推進部課長(以下、篠塚):単発の事業としてではなく、ワコールのオムニチャネル戦略の一環として考えたものだ。16年に、今後デジタルをどのように活用してワコールのビジネスをアップデートするべきか検討が始まり、17年4月にオムニチャネル戦略推進部が発足した。当時、私は育休明けで、自らその部への参画を願い出た。というのも、産休前の15年はグループ会社のピーチ・ジョン(PEACH JOHN)でSNSを活用したブランディングに関わっており、育休中に読んでいた本の影響もあり、次の時代はデジタルが必須と思っていたからだ。オムニチャネル戦略の中では、リアル店舗を今後どうしていくか、未来の顧客体験をどう描くかという課題があり、私の役割はそれを考えることだった。17年7〜10月にかけて1人の客としてワコールの30~40の店舗を訪れて感じたのは、「このままで新しいお客さま、とくに若いお客さまは満足できるのか」ということだった。そのときに、新しい顧客体験が「このようであるといいな」と夢物語のように描いたのが“3Dスマート&トライ”の構想だ。

――具体的なプロジェクトはどのように始まった?

篠塚:17年11月に最高経営会議で、その夢物語を形にしてこういうプロジェクトを始めたいとプレゼンテーションして許可をもらった。そして、その年の12月に次世代ショッププロジェクトが発足。メンバーは10人で、商品企画担当、販売教育担当、人間科学研究所、オムニチャネル戦略推進部から集まった。当初は「3Dスキャナーを使ってAIで接客したい」という構想を話してもメンバーはピンとこなかっただろうし、ポテンシャルをどれだけ感じていたのかは分からなかった。

採寸するだけのポップアップショップに長蛇の列

――手探りのスタートで、このプロジェクトが形になると実感したきっかけは?

篠塚:夢を起点にスタートさせたかったので、はじめは実現できるかどうかは別として「こういう店が欲しい」「こういうサービスが欲しい」というのを書き出すワークショップをした。そこで出た意見をもとに、イメージする店をメンバーに小説として描いてもらった。その小説全てに“楽しい、面白い、すごい”といった言葉が入っていて、「これは形になる」と実感できた。メンバー全員がポジティブであったことが、実現できると思った最大の要因だ。その目処がついてからは実現に向けて、社内公募で集まった若手を中心とした11人のチームを18年5月に発足させた。もちろんハードルはたくさんあり、妥協したくなったり、やめようと思ったことも多々あったが、メンバーに恵まれて実現した。上司が強い意思を持ってリードしてくれたのも助かった。

――そのときプロジェクトチームが目指したゴールとは?

篠塚:「今までワコールの店に行ったことないけれど、このシステムだったらやってみたい」とお客さまに思っていただくことが最初のゴールだった。この新しいサービスをきっかけに、ワコールの店に初めて来たというお客さまが1人でもいれば、というのが最初の思いだ。19年4月に“3Dスマート&トライ”のお披露目となるポップアップストアを表参道ヒルズにオープンした際、からだを採寸するだけのためにお客さまが並んだのを見て、「このサービスを浸透させたい、デジタルを日常に取り込んで役に立てたい」と強く思うようになった。

理想値や平均値を示さないことに共感の声

――お客さまからどんな反応があったか?

篠塚:まず、「ワコールの販売員は優しい」「久しぶりにワコールの商品を着けてみたら本当によかった」というコメントが多かった。われわれが長年培ってきた商品や接客の強みを“3Dスマート&トライ”を通して知ってもらえてとてもうれしい。ワコールの商品や接客に携わる人をリスペクトしている。それぞれの思いを、このシステムを通じてお客さまに伝えられていると思う。あえて理想値や平均値を設定しなかったことに対して、お客さまが共感してくれたのもうれしい。本当はそれら数値と比較してこうした方が良いというアドバイスをした方が商品の売りにはつながるかもしれない。ただ、女性の美に寄り添う企業としては、そうしたくないという強い思いがあり、理想値や平均値を設定しなかった。SNS上で「平均値や理想体型を出さない姿勢が信用できる」という発信を見て思いが伝わっていると実感した。

――次のゴールは?

篠塚:“3Dスマート&トライ”を核に、新たな女性の美のプラットフォームを作りたいと思う。ワコールの経営目標は「世の女性に美しくなってもらうことにより社会に寄与すること」。女性が美しくなる手段は下着に限らず、データをそれぞれの人生を豊かにするために使ってもらうことで事業の拡張にもつながる。今後は、会社の利益を出すということ以上に、豊かな社会の実現のためにどれだけ貢献できるかが重要になってくる。女性がそれぞれの美しさを追求する際に、ワコールが寄り添える存在であることが大切だ。それが、社会が必要とし、貢献できることだと思う。その一歩として、20年4月からイノベーション事業推進部として、“3Dスマート&トライ”を軸に、さまざまな企業と共創しながら、既存のワコールにない価値観を生み出そうとしている。

――そのゴールに向けてのデジタルの役割とは?

篠塚:弊社のデジタルは“全て人が生きる”ということをコンセプトにしている。デジタルは道具であって、人が主役。“3Dスマート&トライ”でデータが出たことで、「もっと説明して欲しい」というお客さまのニーズが生まれている。そして、店頭の販売を担うビューティーアドバイザー(以下、BA)と会話すれば、その知識の豊富さに触れBAに対する認識が変わるはずだ。20年10月にスタートしたアバターを活用した新しい接客システム「アバカウンセリング パルレ」は店頭にいなくても、BAが接客することができ、B Aの価値を生かせることを証明している。デジタルは既成概念、時間、空間を超えて、人の可能性を引き出す。それは豊かな社会や人生の充実につながるので大事にしたい。

川原好恵:ビブレで販売促進、広報、店舗開発などを経て現在フリーランスのエディター・ライター。ランジェリー分野では、海外のランジェリー市場について15年以上定期的に取材を行っており、最新情報をファッション誌や専門誌などに寄稿。ビューティ&ヘルス分野ではアロマテラピーなどの自然療法やネイルファッションに関する実用書をライターとして数多く担当。日本アロマ環境協会認定アロマテラピーアドバイザー。文化服装学院ファッションマーチャンダイジング科出身

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