ある民族、宗教、文化特有の要素をそのコミュニティーに属さないデザイナーなどが使用した際に、その行為が「文化の盗用」であると問題視する動きがここ数年で顕著になっている。特に北米では、権利の侵害や差別にさらされているコミュニティーの文化を流用することについて、世論が大きく変化していると学者や専門家たちは指摘する。こうした変化がいつ、そしてなぜ起こったのかを正確に解き明かすのは難しく、具体的な解決策もまだ示されていない。しかしファッションの歴史を語る上で、ポール・ポワレ(Paul Poiret)のオリエンタリズムやイヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)の中国やアフリカに着想を得たコレクション、さまざまな文化を織り交ぜたランウエイショーを行ってきたジョン・ガリアーノ(Jhon Galliano)らの功績を無視することはできないのもまた事実だ。そこで、ロンドンのセント・マーチン美術大学でファッション史や理論を教えるキャリー・ブラックマン(Cally Blackman)講師ら5人の学者や専門家たちに問題点やどう対応すべきかについて聞いた。(この記事はWWDジャパン2021年2月1日号からの抜粋です)
WWD:そもそも文化の盗用が問題視されるようになった背景は?
キャリー・ブラックマン=ファッション史家、セント・マーチン美術大学講師(以下、ブラックマン):20世紀後半以降、植民地支配からの脱却に向けた独立闘争によって帝国主義が終息した。その後、権力と支配の不均衡について原因や結果を再評価するポストコロニアル理論が出現したことで、文化の盗用は否定的な観点で見られるようになった。グローバル化した欧米のファッション産業は、その影響下にある文化やコミュニティーに対してほとんど注意を払わない一種の支配的な権力だという見方もあり、先に述べた権力の不均衡の縮図のようにも見える。インターネットによって、こうしたトピックに関する複雑なやり取りが表面化した。
キルステン・スコット(Kirsten Scott)=マランゴーニ学院ロンドン校ファッションデザイン科プログラム・リーダー(以下、スコット):ファッション業界全体で意識改革が進んでおり、現在文化の盗用は環境問題に次いで注目されている。旅行の機会やインターネット、メディアの消費量が増えたことにより、異文化への認知度は高まっている。異文化からインスピレーションを受ける機会が増えたことで、文化の盗用が頻繁に行われるようになった。その結果、豊かで多様性に富んだ大陸や国、社会などがエキゾチック化、ステレオタイプ化されて、軽視されている。学者や専門家たちは異文化を扱う際には敬意を払い、文化を適切に扱っているデザイナーの作品について議論すべきだ。そうした教育は学校だけでなく、ギャラリーや美術館の展覧会においても重要だ。
問題視され始めたのは2000年以降
ヴァレリー・スティール(Valerie Steele)=ニューヨーク州立ファッション工科大学付属FIT美術館ディレクター(以下、スティール):文化の盗用についての議論はここ最近の話で、2000年以前はなかったと思う。かつては比較的自由にやっていた。例えば1999年、FIT美術館で「チャイナ シック:イースト・ミーツ・ウエスト」という展覧会を開催したが、マスコミは特に問題視しなかった。今なら決して容認されない非常に人種差別的な内容だった。
WWD:2015年に米ボストン美術館が、着物を着た妻を描いたクロード・モネ(Claude Monet)の作品の前で、レプリカの着物を試着して記念撮影を行うイベントを実施したところ、SNS上で大きな批判を浴びて中止する事態となったが。
スティール:日本では外国人旅行客も実際に着物を着て街を歩ける機会があるし、写真撮影も可能だ。国によって反応が異なるようで、盗用を問題視する動きはアメリカで始まったと考えられる。学術界に端を発したより曖昧な形のレイシズムや偏見を、さらに一般化した類いのものだ。ファッションが非難されるのは、衣服が個人のアイデンティティーと密接に関わっているためだ。
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