2020年4月、ヘアメイクアップアカデミー“SABFA”の校長を後任にバトンタッチし、再び個人的なクリエーション活動に注力できる環境となった原田忠・資生堂トップヘアメイクアップアーティスト。しかし、新たなスタートはコロナ禍のただ中で、思うようなクリエーションができず悶々とした日々が続いたという。そうした状況下で試行錯誤し、たどり着いた“クリエーションの新境地”とは?
WWD:昨年春からの自粛期間中はどのようなことを考え、どういった活動をしてきた?
原田忠・資生堂トップヘアメイクアップアーティスト(以下、原田):僕らヘアメイクアップアーティストの仕事は、目の前に人(モデル)がいないと成り立たない仕事だと思っていたので、接触を避けなければいけない状況下で、クリエーションをどうすれば継続できるか悩んで悶々としていた時期もありました。そこで「今できることは何か」を考え、ユーチューブチャンネルを開設したり、メディアプラットフォーム“ノート”をやり始めたりしました。
WWD:いろいろと試行錯誤した。
原田:そうですね。あと会社に一人で行って、アジアの美容師に向けた教育コンテンツなどを作っていました。試行錯誤しながらも、そうした蓄積をしたり、これまで発信できていなかったコンテンツを発信したり、文章化したりするような取り組みも始めました。動画の見せ方や照明の使い方を工夫していくうちに動画編集のスキルアップがかない、ストーリー立てた文章の書き方も向上しましたね。クリエーションを発信する新たなベースを築くことができて、それらを使って“届けたい人にどう届けるか”を考えるきっかけになりました。
WWD:“コンテンツの蓄積”と“新たな発信ツールの創出”ができた。
原田:その意味では、2020年は例年以上にクリエーションできた年でもありました。ただ、作品作りができていないという点でフラストレーションは溜まっていて、そんな時に「ユニクロ トーキョー」がアーティストとコラボレーションする企画が立ち上がったんです。展示するマネキンにヘアメイクを施すという内容だったのですが、マネキンにヘアメイクをするのは初めての経験でした(笑)。メイクといってもツルンとしたところに目や鼻を描くのはどうかと思ったので、衣装に合わせたペイントを施そうと考えました。「ユニクロ トーキョー」がグローバルな旗艦店ということで、大航海時代の帆船をイメージし、帆船からインスパイアされたアートペイントを施して8体作りました。
WWD:好評だったと聞いている。
原田:評判が良かったので、秋冬のニットのプロモーションの際にコラボ第2弾が実現し、ニットのファッションスタイリングに合わせた編み込みヘアで20体のマネキンを作りました。モデルを起用しなくても作品作りができるという新たな発見があり、個人のアーティストとして企業とのコラボレーションができ、かつ自分の色も出せたという貴重な体験でした。
WWD:「UTme!」(「ユニクロ」が提供している、オリジナルのTシャツやトートバッグを作れるサービス)の取り組みは?️
原田:実は以前から個人的に申請していて、その売り上げを医療従事者に寄付しようと思っていたのですが、コラボする中で「だったらオフィシャルで作りましょう」という話になったんです。Tシャツなどにプリントするモチーフに関して、最初は自分のお気に入りの作品にしようと考えていたのですが、モデルの版権などの問題があり悩んでいたところ、自分の担当プロデューサーから「顔は入れなくて、ヘアだけでもいいんじゃないでしょうか」とアドバイスを受けたんです。それで、以前に作った編み込み作品のヘアの一部分をフォーカスしてピックアップしたり、角度を変えてデフォルメしたりしてモチーフにしたんです。“髪をまとう”というコンセプトで、新鮮なデザインになったと思います。
WWD:斬新でかっこいい。
原田:一般的に、ヘアメイクアーティストの作品というとモデルの写真をイメージしますが、“見方を変えるだけで違ったクリエーションができる”という新たな発見でした。また、普通の作品ではこういうことはできなかったので、これまで“編み込み”にこだわった独自の作品を作ってきた“自分に感謝”という思いもあります。今まで高い熱量で創作してきた作品が、形を変えて息を吹き返すというのはとても面白い経験で、今後の創作の幅も広がりそうです。
WWD:他に取り組んだことは?
原田:10月に行われた“ジャパンキャンサーフォーラム2020”で、がん患者やその家族、医療関係者らに向けたイベント“ラベンダーリング 2020 powered by SHISEIDO”に初めて参加しました。その中の男の整容コーナーで、がん治療の副作用で抜けてしまう眉や、肌のアピアランスケアをテーマに、男性向けメイクのやり方をレクチャーしました。治療をして眉毛が抜けてしまった方の気持ちを考えたら、生えている眉毛の上から描くことは考えられないし説得力もないので、自分の片眉を全剃りしてから眉の描き方を伝えたんです。全剃りして初めて“何もないところから描くのは難しい”と気付きましたね。
WWD:昨年2月には「男の整容本」も作っていた。
原田:がん治療による外見上の変化へのアドバイスをまとめた男性用小冊子ですね。アピアランスケアは、治療による外見の変化をケアすることで、患者さんが仕事や日常生活を前向きに送ることができるようにお手伝いすることです。例えば“ヘアウイッグを使うときにどういったアレンジができるか”などのソフト情報が不足していて、自分にお手伝いできることがまだまだあるので、引き続き注力していきたいです。
WWD:アーティストとのコラボレートも。
原田:以前からアーティストの布袋寅泰さんのヘアイクを、“布袋組”の一員としてサポートしていて、そのつながりでさまざまなアーティストと仕事をする機会が増えました。2月1日の布袋さんのバースデーには、布袋さんのアイコンでもあるギタリズム柄(G柄)をモチーフにしたヘアカラー作品を創作し、プレゼントさせていただきました。G柄のデータを拡大してプリントし、クリアファイルに貼って切り抜き、それを髪に貼ってブリーチして……本当に手の込んだ作業でした(笑)。ほかにも、きゃりーぱみゅぱみゅさんの初春ビジュアル“2021:A Beauty Odyssey(2021年美の旅)”で作ったヘッドピースを、資生堂ビューティ・スクエア内にマネキンを使って展示するなど、立体的な試みにも攻めの姿勢で取り組んでいます。
WWD:クリエーションで今年やりたいことは?️
原田:まだ構想段階ですが、これまでになかったジャンルとのコラボレーションを考えています。例えば作品と音楽の融合とか……。これまで“ビューティカテゴリー”での表現をしてきましたが、「美しい表現はそれ以外にもある」と昨年改めて気付きました。また、自粛期間中に考える時間ができ、考えを実行するエネルギーをためることができました。まだ自粛は続きそうですが、今年も新たなヘアメイクの表現にチャレンジしていきたいです。