サステナビリティ

ステラ・マッカートニーの“葛藤” 業界ルール、素材開発、コミュニケーション設計を語る インタビュー後編

 「ステラ マッカートニー(STELLA McCARTNEY)」はこのほど2021年プレ・フォール・コレクションの公開に合わせてオンラインで各国メディアの個別インタビューに応じた。後編ではステラ・マッカートニーが考える“あったらいい”夢の素材や業界のルールから、適量生産への取り組み、顧客とのコミュニケーション設計、セールについて、そしてこれまでの葛藤などを実直に語った。

WWD:こういう素材があったらいいのに!と思う、夢の素材は何?

ステラ・マッカートニー(以下、ステラ):ラボで作られたレザーや肉があればいいのにと、心から思う。そうすれば、地球温暖化を大幅に軽減できるから。畜産は地球に最も害を与える産業の一つだから。ラボで肉やレザーを作ることができて、手の届く価格で提供できるようになれば、私たちみんな──大勢の人々や動物たちの命が救われる。だから、それが私の夢。夢を現実にするのは難しいし、口で言うほど簡単なことではないけれど、いつかこの夢がかなうといいなと思っている。

WWD:では今、特に力を注いでいる素材開発は?

ステラ:廃棄衣料品から(セルロース)繊維を作るエバニュー(EVRNU)社や、人工ファーの「コバ(KOBA)」を作っているエコペル(ECOPEL)など、さまざまな会社と協業している。「コバ」に関しては、短い毛並みのファーを作ることに成功したので、今後はより長い毛並みのものを開発したいと考えているわ。「ステラ マッカートニー」ではポリ塩化ビニルなど石油ベースの素材は一切使わないので、スパンコールや刺しゅうに使える素材がとても少ないの。特にスパンコールのほとんどには石油が含まれているので、なかなか使えるものがない。だから、常にサプライヤーとよりよい関係を築いたり、サステナブルな生産をするよう人々やサプライヤーに働きかけたりしている。

 現在取り組んでいる中で最も重要なことの一つは、綿花栽培の環境再生型農業の推進よ。これは土壌に着目したもので、地中(サブレイヤー)を壊さず、そこに含まれている二酸化炭素を放出することなく、かつ栄養を地中に戻しながら農業を行う方法のこと。こうした事柄に注力しているけれど、それはまるでファッションと科学が出合ったという感じで、とてもエキサイティングよ。とはいえ、こうして本気で環境保護に取り組んでいるファッションブランドに対して、何らかのインセンティブ(報償)があったらもっといいのにと思うし、せめて規制があればいいのにとも思う。というのも、ここまで本気で取り組んでいるのは今のところ「ステラ」だけだけれど、私たちにできるなら他社でもできるはずだし、そうなったら互いにサポートできるから。

WWD:環境再生型農業は今、とても注目を集めていますね。

ステラ:ほとんどの製造業のコアには農業があり、ファッション産業ももちろんそう。しかもアパレルの生産には広大な土地を必要とするし、化学薬品を大量に使用する。レザーの生産やタンニング、オーガニックではない農業には莫大な量の化学薬品や農薬が使われる。アパレルの生産は環境を破壊する有害な過程であることが多いし、土壌に何を散布するかだけでなく、土壌から何を奪っているのか、またいかに土に栄養を戻すかなどは非常に重要な問題よ。

 例えば、カシミヤ繊維は1頭のヤギからほんの少ししか取れないけれど、需要が高いために農家は飼育する頭数を増やした。すると多くのヤギが放牧されたことから牧草が生えにくくなり、草原での砂漠化が進んでしまった。これは母なる自然に対する敬意を忘れてしまった結果だと思う。再生可能な農業とは、有害な化学薬品や農薬を使用しないだけでなく、土壌を耕したりして分解する際に、地中に含まれている環境に有害なガスを排出しないようにすることなども含まれる。

WWD:1月に開催された英コンデナスト・カレッジ・オブ・ファッション&デザインのレクチャーで「ヴォーグ」のジャーナリストでサステナビリティ・ディレクターであるサラ・モーア(Sarah Mower)さんとの対談で、業界共通のポリシーの必要性を訴えていました。具体的にどういうルールがあるといいと思いますか?

ステラ:まず、税制について考えてほしいと思う。例えば合成皮革の商品を米国に輸出すると、30%以上という多額の関税がかかる。「ステラ」ではこれを商品価格に上乗せしていないので、利益に食い込む形になる。これでは、環境に優しい方法で製造しようという意欲を削いでしまうわ。私は環境保護に熱心に取り組んでいるし、ファッション業界が未来の子どもたちや人類のためによりよい産業であるよう変化を起こしたいと心から思っているので取り組んでいるけれど、税制がこのようでは、環境保護に取り組もうという動機付けにはならないし、むしろペナルティーを与えられているような感じになっている。

 そして、何らかのラベル付けなどでトレーサビリティー(追跡可能性)があるといいのではないかと思う。というのも、毎秒ごとにトラック一杯のファストファッション製品が廃棄されているけれど、その責任が誰にあるのかを知るすべはほとんどないし、誰も責任を取っていない。(ファストファッションのように)3回しか着ていないものを捨てて、またすぐに買うようなビジネスモデルではなく、リセール、レンタル、ビンテージ品などの、従来とは異なる、よりよいビジネスモデルを推進する必要がある。

 しかし残念ながら、現在はそうしたくなるようなインセンティブがない。私は環境保護に取り組むことで金銭的に損をしている状態になっていて、ただ動物を殺してその皮革でバッグを作ったほうがもうかると思う。でも、それって間違っている。そうじゃなくて、(環境に優しいほうがもうかるように)逆であるべきよ。それに、消費者にも“報酬(リワード)”があるべきだと思う。環境保護を意識して商品を購入した消費者には利益があるべきだし、なぜそうじゃないのかなと思っている。

WWD:セールについてどう考えていますか?サステナビリティを実践するには、プロパーで売り切ることが重要になってきます。

ステラ:そうね。「ステラ マッカートニー」では、生産量を減らすこと、そして本当に必要なものや、これはいいと確信したものを生産することにフォーカスしている。つまり、より少ないアイテム数や型数で売り上げを確保できるよう努めている。ファッション業界は信じられないぐらい過剰に生産するけれど、ご存じの通り、私は廃棄物が出ることを何よりも嫌っているので、そうした取り組みをしている。世の中には物が大量にあふれているので、セールは避けられない。でも私にとっては、そうした古い商品にどうやって新たな命を吹き込むか、セールの値下げ品を新商品に負けないぐらい魅力的なものにするにはどうすればいいかを考えることが大切なことなの。

WWD:コミュニケーションについて。パンデミックを機に、顧客向けに“A to Zマニフェスト”を作ったり、“A to Zマニフェスト”のビジュアルをTシャツにしたりするなど、顧客に対してサステナビリティのコミュニケーションの機会が増えています。また、環境フットプリントなども公開されています。

ステラ:以前からEP&L(環境損益計算)は公表していたけれど、最近になって人々がそれを理解して興味を示すようになった。毎年データを蓄積して、社内外でどのように進化したのかを測定している。そうしたデータを見るのはとてもエキサイティングだし、有益で学びがあって励まされる。次のステップをどうするかについての、とてもいいロードマップにもなる。

 “A to Zマニフェスト”は、ロックダウン中に作ったんだけど、素晴らしい友人たちがいて、クリエイティブでいられて、仕事もできるということがいかに幸運なのかに気づいたのがきっかけよ。

 「ステラ」では廃棄物を再生利用していますが、確か9つの異なるコレクションで余った素材などを使って、限定品のドレスを作ったりもした。ファッション業界ではプリントした生地を廃棄したり燃やしてしまったりするブランドが多いけれど、私たちは全て取っておくので、それを有効活用できてとてもうれしかった。それに、限定品ということで、より貴重なものによみがえらせることができたと思う。

 ほかには友人の素晴らしいアーティストたちに連絡して、“A to Z”マニフェストを再解釈してもらうことにした。みんな喜んで引き受けてくれたのは、「ステラ」が(環境問題などの)重要なことに取り組んでいて、その一部として参加したいと思ったからだと思う。ラシード・ジョンソン(Rachid Johnson)は“アカウンタブル(説明責任)のA”、ジェフ・クーンズ(Jeff Koons)は“カインド(思いやり)のK”、シンディ・シャーマン(Cindy Sherman)は“エフォートレス(肩の力を抜いた)のE”などなど、たくさんの素晴らしいアーティストたちが、それぞれテーマに沿った作品を作ってくれた。また、これはまだあまり知られていない新進アーティストをサポートするプラットフォームとしての役割も担っている。こうした若者たちとコラボレーションをするのも、とても大切なことだと思う。

“ファッション業界は、時に自分たちをシリアスに捉えすぎることがある。
だからこそユーモアが大切”

WWD:“A to Zマニフェスト”の社内・社外からの反響は?

ステラ:社内外でとてもよく、ポジティブ。“A to Zマニフェスト”によって、みんな「ステラ」がやっていることや理念について理解を深めてくれたと思うし、理解するためのロードマップにもなった。大きな成果があったから、とてもうれしく思っている。今後もこれに沿っていろいろなことに取り組むので、プロジェクトなどにはそれを象徴するアルファベットが付けられる予定よ。これによってフォーカスが明確になるという利点がある。

WWD:私のお気に入りは“ユーモアのH”です。

ステラ:笑。ユーモアは本当に重要!日本の消費者は「ステラ」がやっていることやその理念を本当に深く理解してくれていて、とてもうれしいし、最も大切に思っている国の一つよ。特に、「ステラ」が持つユーモアや軽やかさをよく分かってくれていると思う。環境保護という非常にシリアスな課題に取り組むに当たって、取っつきやすくしたり理解しやすくしたりするためにも、ユーモアはとても大切なものなの。あんまり深刻に気難しく考えすぎるのもよくないから。

WWD:そうした難しい話題やアジェンダのコミュニケーションに、ユーモアは重要だと思う?

ステラ:もちろん。笑うことは若々しさを保ってくれるし、生き生きさせてくれると思う。ファッション業界は、時に自分たちをシリアスに捉えすぎることがあるし、ややエリート主義のところがあるから、そういう意味でもユーモアは大切ね。誰かと通じ合うための素敵な方法だし、自分はそんなに大した人物じゃないと認識するいい方法でもある。笑って、ハッピーになって、明日を向くことが大切だと思う。

WWD:「ステラ マッカートニー」のターゲットは?

ステラ:実は、特定のターゲット層をはっきりとは設定していない。ファッションに対して(ほかのブランドとは)異なるアプローチをしていて、純粋なゴールや夢、ミッションを掲げているからだと思うけれど、「ステラ マッカートニー」には本当に幅広いタイプの顧客がいる。若い人も年配の人もいるし、動物愛護や環境問題に関心がある人もいれば、ファッションが大好きという人もいる。そのため特定のターゲットは設定せず、明日を担うさまざまな人たちに広くメッセージを届けたいと考えている。「ステラ」のスピリットを受け継いで生かしていくのは、そうした人々だから。

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