昨今、女性が抱える健康問題をテクノロジーで解決するモノやサービス“フェムテック”の新たな生理用品などが登場しているが、従業員の健康を経営的な課題として捉える健康経営として、女性の健康問題に取り組む動きが海外のIT企業を中心に出てきている。「WWDジャパン」は2月8日号では、その最新事情を取り上げた記事「女性を働きやすくする最新福利厚生」を掲載した。ここではフェムテック分野を取材する記者2人が、低用量ピルや卵子凍結に関する福利厚生や、セクシャルウエルネスのトレンドについてそれぞれの視点で語り合った。
【対談参加者】
木村和花「WWDジャパン」記者:2020年に「WWDジャパン」編集部に配属以降、フェムテック分野を担当する20代女性記者。フェムテックの個人向けプロダクトが注目を集める中、企業制度の見直しの必要性を感じ「WWDジャパン」は2月8日号では「女性を働きやすくする最新福利厚生」の記事を執筆。
大杉真心「WWDジャパン」記者:19年からフェムテックを取材する30代女性記者。普段から新しいプロダクトを試し、フェムテックは“生活を楽に、豊かにするもの”だと身をもって体験している。19年春に使い捨ての生理用品を卒業。取材を通して、卵子凍結にも興味を持ち始める。
木村:現代女性の健康問題の解決を目的にする医療コンサルディング会社、ファムメディコ(FEMMES MEDICAUX)の取材で気付きがたくさんありました。女性特有の疾患を対象にした「YOU健診」のセミナーでは、自分の体のことなのに知らないことが多く、自分のリテラシーの低さに驚きました。でもそれは、周りに誰も教えてくれる人がいなかったからだと思います。
大杉:私も「YOU検診」で「女性の死因の第1位は大腸がん」と聞いたのが衝撃で、取材後に初めて大腸内視鏡検査と、経腟超音波検査(エコー)を受けに行ったよ。会社の健康診断は年に1回は受けたいと思っているけど、仕事が忙しいとなかなか行けないことも多い。取材を続ける中で、もっと自分の体と向き合うべきだと思ったよ。
木村:会社の健康診断では、女性特有の疾患に関する検診がカバーされていないことも驚きでした。もっと企業制度を見直す必要性があると感じ、いろいろ調べて見てみると、海外ではグーグルやアップルなどの企業が卵子凍結の費用を福利厚生でサポートする事例や、国内でも低用量ピルの服薬支援もあることを知りました。こういうことを、私たちが普段から取材するファッションやビューティ企業の人たちや、経営者の人たちにももっと伝えたいです。
婦人科に気軽に相談できる環境作りを
木村:私はこれまで婦人科に行く機会があまりなかったのですが、去年からピルを飲み始めたこともあり、気軽にいろんなことを相談できるようになりました。女性向けの健康情報サービス「ルナルナ(LUNA LUNA)」を運営するエムティーアイは、ピルの服薬支援を福利厚生に導入したのですが、社員から「生理周期が整うことでスケジュール管理がしやすくなった」という声もあったと聞きました。まさに私もピルのおかげで仕事のペースを体の状況に合わせて調整できるようになって、これまで“自分でどうにかするもの”だったのが、ちょっと視野を広げてみると助けてくれるサポートがあることに気が付きました。
大杉:私も「ルナルナ」が開催した生理にまつわるトークイベントに出席したときに、婦人科の先生が「PMSや生理痛で困っていたら病気なんです」と説明していて、すごく救われた気持ちになりました。ピルは避妊薬というイメージが強いけど、生理痛やPMSの治療薬として処方されていることを知らない人も多いよね。もっと世の中の理解を深めたいと思ったな。
木村:最近では、生理周期に着目したサプリメントのサブスクリプション(定期購買)のサービスも多く出てきていますね。
大杉:生理痛やPMSの悩みがあるけど、婦人科に行くのは抵抗がある人が気軽に試せるのがいいよね。自分の体に向き合うためのエントリーアイテムになると思うな。
働き盛りの女性の不安を解消する卵子凍結サービス
木村:将来の妊娠に備えて、卵子を保管する卵子凍結に関するサービスも増えていますね。大杉さんはどのように感じましたか?
大杉:これまではまだ自分には関係ないことだと思っていたんだけど、周りにも20代から不妊症で高額の治療している子もいて、少しずつ考えるようになった。選択制だから、“誰でも”ということでもないけど、漠然と「いつか子どもを授かりたい」という思いがある働き盛りの女性には、知って欲しいサービス。今パートナーがいるとか、子どもが欲しいかどうかは関係なく、自分の未来を考えたときの不安を解消するための選択肢としてあったほうがいいなと思う。でも課題は金額面。少子化問題が深刻化しているのにも関わらず、現状は保険がきかず、国からのサポートもないので、個人の女性が数十万円の費用を払い続けるのは負担が大きすぎる。そこを企業がサポートしてくれたらありがたいよね。
木村:妊活・不妊治療・卵子凍結のクリニック検索サイト「婦人科ラボ」を運営するステルラの西史織代表は、当初企業向けのサービスを考えていたそうですが、「実際の企業の反応は厳しかった」と話していました。一般的にはキャリアとライフプランは別物で、企業が積極的にサポートするものではないと思われてきたのだと思います。「卵子凍結して働いてくれ」というメッセージにもなりかねないことを企業は心配しているようです。
大杉:選択的卵子凍結保存サービス「グレイスバンク」を立ち上げた勝見祐幸グレイスグループ代表取締役は、コンサルティングの仕事をされていた時に色々な企業の方と話す中で卵子凍結サポートの重要性について気付いたと話していたね。早速、福利厚生サービスの「ベネフィット・ワン」との提携もスタートさせたね。
木村:「(福利厚生サービスを)提案するべきは人事部ではなく、経営者の方だ」とおっしゃっていたのが印象的でした。勝見代表はすでに企業の経営者層の方とのネットワークがあるから、そこが強みになる。これはフェムテックを広める上で心強いなと思いました。取材の中では「(卵子凍結などの)サポートを企業に求めることには抵抗がある」「女性だけのサポートは不平等じゃないか」という意見があるのも気になりました。
大杉:よりよい未来を作るためには、今まで当たり前に見過ごされてきたことに疑問を呈することが大事だと思う。例えば、生理や卵子凍結について先輩たちが「私たちの時代はそんな支援はなかったから、あなたたちも我慢しなさい」と却下してしまったら、この先なかなか働きやすい世の中へは変わっていかない。日本の企業健診の検査内容が1970年から変わっておらず、現状は男性の健康を検査するための内容であり続けているように、男性中心だったこれまでの仕組みを一旦受け入れて、改善していくときだと思うな。
セクシャルウェルネスの分野がポジティブに発信され始めている
木村:そうですね。最近はセックストイをはじめとするセクシャルウェルネスの話題も増えていますね。
大杉:海外ではセレブリティーが参画しはじめているのが新展開!アメリカのプレジャーテックブランド「ローラ ディカルロ(LORA DICARLO)」は女優でモデルのカーラ・デルヴィーニュ(Cara Delevingne)を共同経営者に迎え、ウーマナイザー(Womanizer)というセックストイブランドはイギリスの歌手リリー・アレン(Lily Allen)とコラボしているよ。あの、映画「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ(Fifty Shades of Grey)」でセンセーションを起こした女優のダコタ・ジョンソン(Dakota Johnson)もセクシャルウェルネスブランド「モード(MAUDE)」をスタートしたし、ファッション界ではクリストファー・ケイン(Christopher Kane)の新ライフスタイルブランド「モアジョイ(MORE JOY)」が “Sex”“Special”などのロゴがプリントされたアパレルや下着、雑貨のほか、セックストイも扱っている。セクシャルウェルネスの分野がポジティブでおしゃれにかつオープンに提案されているのが素敵だと思った。
木村:確かに今まで“話してはいけないこと”と抑圧されてきたことで、本当に必要なサポートやプロダクトの開発の遅れなどいろいろなところで弊害があったと思います。セクシャルウェルネスの話題から女性の体に関する話題をポジティブに捉える雰囲気を作ることで、社会の制度も変わっていけばいいなと思います。
大杉:その中でもネットフリックス(NETFLIX)の影響力は大きいよね。コメディドラマの「セックス・エデュケーション(SEX EDUCATION)」は性教育を楽しく伝えているし、女優のグウィネス・パルトロウ(Gwyneth Paltrow)のライフスタイルブランド「グープ(GOOP)」のドキュメンタリー番組「グウィネス・パルトロウのグープ・ラボ(原題:The goop lab with Gwyneth Paltrow)」では、セックス教育者が登場して「グープ」のスタッフたちがオーガズムを体験するエピソードがある。あと、今注目のドラマ「エミリー、パリへ行く(原題:Emily in Paris)」の第1話では、主人公のエミリーがセックストイを使うシーンがオチになっているよね(笑)。これまでも「セックス・アンド・ザ・シティ(Sex and the City)」みたいな強烈なドラマはあったけど、ネットフリックスでよりグローバルに、若い層も入りやすくなったんじゃないかな。YouTubeでも取り上げられるトピックにもなってきているよね。木村さんは、今後フェムテック市場はどうなっていくと思う?
木村:考えてみたら、「グレイスバンク」の取材で初めてフェムテック分野の男性起業家と話しました。勝見代表も男性にとっては自分ごと化しづらいことも、同じ男性が話すと伝わりやすいことがあるとおっしゃっていて、そういうこともあるだろうなと思いました。当事者ではない人がこの分野に入ることも盛り上がっていくために必要だと思います。
大杉:大事だね。私はもっとフェムテックが当たり前になる気がする。コロナ禍で多くの人が健康や、体と向き合う機会が増えたと思うけど、この健康というキーワードは今後もファッションやビューティ業界とも密接になっていくと思うな。市場が大きくなって健康経営も、セクシャルウェルネスももっとたくさんのプレイヤーが参入してくるだろうし、そういった企業をどんどん取材していきたいね!