黒河内真衣子がデザインする「マメ クロゴウチ(MAME KUROGOUCHI以下、マメ)」が、2021-22年秋冬コレクションを映像と写真で発表した。前シーズンに続き、パリ・ファッション・ウイークの公式スケジュール上でのデジタル発表だ。「映像での発表になったことで、海外のジャーナリストなどにもモノ作りの背景をじっくり伝える時間を取ることができている。映像発表だからこそ、ファッションだけでなく、アートなどの関係者にも見てもらえているという手応えもある」と黒河内は話す。コロナ禍でデジタルでの発表を余儀なくされたからこそ、その中でできることをしっかりつかんでいる。
21-22年秋冬のテーマは“窓”。「マメ」では1年を通して同じテーマを追っていくため21年春夏と同じテーマだが、前シーズンが窓から差し込む昼間の光というイメージだったのに対し、今シーズンは静ひつな夜の月明かりと、それが作り出す影が着想源だ。「コロナ禍になってから、歩いてアトリエに来られるように家を引っ越した。それまで使っていたカーテンが合わなくなったのでブラインドに変えたところ、ある夜目覚めたら月の光がブラインドを通して差し込み、部屋中をストライプに染めていた」という黒河内の体験から始まったストーリーだ。
板締め絞りやマーブルプリントで“影の揺らぎ”を表現
直線的なストライプと、「影がソファやベッドに伸びて曲がっていく様子」を表現したという曲線を、織りや染め、プリーツ加工、プリントなど、手の込んださまざまな技法で形にしていく。日本各地の産地を巡り、職人と一緒になって表現を探していくのが「マメ」のモノ作りだが、「今季はコロナ禍で京都の工場にしか実際に行くことはできなかった」と残念がる。そんな制限された中で生まれたものの1つが、京都の板締め絞りによるストライプ模様だ。プリーツ状に畳んだ布を木の枠に挟み、枠からはみ出た部分のみを染めると、プリーツの折り山部分のみが染まる。それを、プリーツがドレープ状にたわむドレスやブラウスに仕立てた。板締め絞りによって「(濃淡の)揺らぎがある、潤んだようなストライプになる。自分の見た月明かりと影のイメージを求めて、職人さんと何度も試行錯誤した」。
これまでの「マメ」にはあまりなかった、ダイナミックな総柄のプリントも企画している。フランスのラグジュアリーメゾンの生産も手掛けているという京都の染め工場と組んで、マーブル模様のプリント地を作った。一見デジタルプリントかのような柄だが、よく見るとゆがみやブレがあるのが特徴。黒河内の手描きの原画をもとに、染料の混じった粘土を幾重にも重ねて、マーブル模様の版を作っていくという特殊な技法でプリントしているのだという。
ほかにも、通常はネクタイに使う目の詰まったシルクのジャカード織りや、形にするのが非常に難しいという曲線のプリーツ加工、ニットの編み地などで、さまざまな直線や曲線を表現。「職人さんとはオンラインでの打ち合わせももちろん行っているが、今シーズンは改めて顔を合わせて一緒に仕事ができるということの喜びを感じた。日本はモノ作りがとても豊か。数時間移動すれば、さまざまな産地に行けるというのはとても幸せなことだと思う」と話す。
着やすい服とドレスの両軸の提案がバイヤーからも好評
家の中で過ごす時間が増えたこともあり、リラックス感のあるアイテムも出している。例えば先ほどのマーブルプリントでは、布帛のドレスとともに、ジャージーのロングワンピースも作った。「ジャージーなどの着やすい素材のアイテムを先シーズン出したところ、卸先の反応がよかった。一方でドレスも安定的に売れている。選択肢をそろえて、(バイヤーや客が)選べるようにすることが大事だと考えるようになった」という。アイウエアやブーツ、ソックスアクセサリーなど、小物雑貨を充実した点もポイントだ。
映像を手掛けたのは、前シーズンに続き奥山由之。鏡や窓を思わせる枠がいくつも置かれた空間をモデルが行き交い、夢と現実が混ざりあって迷い込んでいくような感覚で、ちょっとフューチャリスティックなムードも漂う。「どのように鏡を配置して、どれくらいの広さの空間ならこの表現ができるのかを、小さな鏡やミニチュアの模型などを並べながら映像チームが検証していた」と制作の裏側を話す。
もともと、日常の中にあるさまざまな美しさを着想源にして、デザインを進めていくのが黒河内の持ち味だ。コロナ禍であらゆる人の生活が変わったことで、「この1年で誰しもが、これまで日常の中で見落としていた美しさに気付くことがあったんじゃないかと思う。作られた美術品を見ることももちろんいいけれど、身の周りの中で自分だけが気付いた美しさに出合えるというのも豊かなこと。忙しいとなかなかそういうことに気付けない」と改めて話す。コロナ禍で業界を取り巻く目まぐるしいスピードは一度止まったが、「ノーマルな状況に戻ったらまた忙しくなると思う。だからこそ、今しか見られない美しいものを見たいし、ノーマルに戻ったとしてもファッション業界のスピードには飲み込まれたくない。自分のペースを見付けていきたい」と続ける。