「伊藤忠の3冠はもう手の届くところにある」ーー伊藤忠商事の岡藤正広会長兼CEOは2月、大阪市内で一部のメディア限定の記者懇談会で、こう語り始めた。岡藤会長の言う3冠とは純利益、株価、時価総額のこと。伊藤忠は純利益が4000億円(21年3月期通期の見通し)、株価は直近で3383円、時価総額は5兆3616円になる。ライバルであり、長らく総合商社のトップとして君臨してきた三菱商事は純利益が2000億円、株価は3045円、時価総額は4兆5240億円(ともに3月8日の終値)で、3月8日時点では三菱商事を突き放して総合商社の中でトップの数字となる。会社の現在を示す純利益、決算の数字だけでなくトータルの経営成績と言える株価と時価総額。この3冠は、名実ともに総合商社のトップになることを示す。岡藤会長の発言の一部を抜粋する。
岡藤正広会長CEO(以下、岡藤):最後の最後まで何が起こるかわからんけど、この5年間(2015年3月期〜20年3月期)に21年3月期(予想)を加えた税後利益(=純利益)の合計は伊藤忠が2兆3948億円、三菱商事が2兆1771億円。単年度ではなく、複数年度で見れば、すでに当社が上回っている。そう考えると3冠だって、普通に行けば固い。ただ、体力の差は歴然としている。これを今後はキャッチアップしていかないとあかん。
一方、岡藤会長は出身である繊維カンパニーには檄を飛ばす。
岡藤:伊藤忠が生活消費分野を看板として掲げている限り、衣食住の中の衣を担う繊維カンパニーはもっと頑張らなあかん。勝負は来年度以降やな。悪いからって(現場は)パニックになっているかもしらんけど、冷静になって、どこで儲かるんか見極めなあかん。商社は今の時代にあってるのかを常に自問自答しないと。ワシの目から見ても半分くらいは将来的には存在しないようなビジネスモデルもある。
岡藤:子会社であるアパレルの事業会社のトップに会うとかなり厳しいことを言うたってる。でも、それは愛の気持ちや。繊維という看板は絶対に残さなあかん。みんなコロナ禍のことを言い訳にするけど、せやったら先手先手を取らなあかんのや。理由付けをしている人間は成長せえへん。早く予測し、楽観視しないで先手を打つ。
岡藤:でもな、会長になってわかったけど、繊維はホンマに恵まれてるんや。OBが暖かい人たちやから。大阪に来るとよう分かる。今は3冠やなんや言ってるけど、伊藤忠だってほんの20年前には本当につらい時期があった。そんな苦労をしているOBたちが、繊維のOBは今でも頑張れ頑張れって現役の社員や事業のことを、心から暖かく応援してくれはるんや。もちろんお金のためやない。他の総合商社は繊維の看板を降ろしてしまって、残ってるのは伊藤忠だけや。もし繊維の看板がなくなったら、そのOBたちがどんなに悲しむか。だから現役の社員たちはそのことを心に留めて、もっともっとがんばらなあかんのや。
コロナ禍、低迷するアパレル市況の中で活路はをどう拓くべきか。その一つとして顧客起点のマーケティングを挙げる。
岡藤:繊維・ファッションに関しては難しく考えなくてもいい。むしろシンプルや。プロパーで販売し、できるだけ在庫を少なくする。そのために商品と販売の仕組みをどう作り変えるか。今はそれだけを考えればいい。それに繊維の中にも磨けば光る事業やブランドはまだまだある。看板を降ろさず、本体の中に繊維事業を置いているから、情報の量も質も他の商社とは段違いに高いし、業界全体で何かあったら伊藤忠を頼ってくれてもいる。まだ立て直せる目はたくさんあるはずや。
岡藤:これからの商社にとって大事なのは、顧客との接点や。それが新たなビジネスの種になる。他の総合商社を見回しても、これだけの顧客接点を持っている商社ははない。ヤナセだって以前は外車販売やったけど、いまは富裕層との接点を生かして、外車販売以外にも手を広げて、それが非常にうまく行っている。マーケットインとはそーゆうことや。
昨年8月に約5800億円を投じ、完全子会社化したファミリーマートについて、どう見ているのか。小売の中でも最も難易度の高いと言われるコンビニエンスストアを、どう成長軌道に乗せるのか。3月1日付でファミリーマートの新社長に就任した細見研介氏は、岡藤会長の繊維カンパニー時代からの懐刀とも言える存在だ。
岡藤:ファミマは、伊藤忠の虎の子や。「コンビニ」とは思ってへん。膨大な顧客接点を持つ、生活消費分野の最重要拠点やと位置づけている。ファミマに絞って言えば今はまず、日販を上げること。つまりはお客さんにもっと足を運んでもらうこと。それが最優先や。そうすれば自ずと、次の打ち手が見えてくる。
岡藤:彼の持ち味は突破力と(繊維カンパニーで培った)マーケティング力や。繊維でも成功も失敗もいろいろな経験をした。ファミマに行くにあたって、ワシの部屋に飾ってあった「かけふ(か=稼ぐ、け=削る、ふ=防ぐ、岡藤会長が社長就任後に掲げたコーポレートメッセージ)の書を送って、それを持ち込んでいる。相当な覚悟でのぞんでいる。